揃える

 近頃どうにも来客が多い。春風の乙女や芽吹きの神、北風の司や淡雪の織り手、いずれも受け持ちの忙しい時期を過ぎて、手が空いているから構いに来たのだという。誰も彼もゆきが目当てで、しかもたつみの不在を狙ってやってくる。辛抱強く聞き出したところ、仲良しの風神、〈燕送り〉の差し金だと判明した。

 天上のひとびとは人の都合などおかまいなしで、手に手に各々の得意を持って幸を巻き込む。一緒になって縫い物をして、機織りをして、がらんとして寂しかった幸の間には見事な品が積み上がっていった。

 目の醒めるような若葉色の帯。霜降る朝を思わせる白縹の単衣。しゃらりと鳴る藤のかんざしに、冴え冴えとした白銀の帯留め。一体いつ纏えばいいのだろうと困ってしまうほど。山の神と森の神の使いが運んできてくれた行李にみんなおさめて、覗き込んでは感嘆のため息をついている。

 今日も今日とて、芽吹きの神の草を編む手わざに見入っていると、ひゅうと弓なりの風がそばをすり抜けた。

 こんな風を起こすのは、燕送りしかいない。

 ずいと立ち上がって梢を見上げると、案の定のししっ鼻がこちらを向いて笑っていた。

「どうだい首尾は」

「どうもこうも、どなたもみんな良くしてくれて、恐ろしいくらいだわ」

「へえ」

「なんと、心外だな」

 凛々しくも優美な芽吹きの神が、眉を上げて骨ばった長い腕を組む。幸は慌てて「違うんです」ととりなした。

「べつに気にしとらん」

「はは! おたわむれだな」

 神々の気まぐれに、むうとむくれて見せる幸。その顔を見て、燕送りはほどけるように笑う。

「ほんと、いろんな顔するようになったなあ」

「そう?」

「うん。はじめのうち、顔が痛いって言ってたろう」

 ほんとうにそうだった。社ではすましてばかりしていたから、はじめは顔の動かし方がわからなかった。自分にもいろいろな心の動きがあって、つられて顔も動くものだと、慣れない頬の痛みをもって知った。

 心にさざなみのひとつも立たないように。変えようのない暮らしのなかで変化を知れば、時の長さは苦しさと同じだから。そうして無意識のうちに自分を封じていたのだ。

「あちこち駆け回った甲斐があるってもんだぜ」

「やっぱりあなたのしわざね」

「へっへ」

 本当に嬉しそうに笑うから憎めない。そして、彼はいつも大事なことを何でもないことのように言うのだ。

「俺のお役目もそろそろ終わりだからさ。幸がお嫁入りする前に、できることはしてやろうと思ってさ」

 これに幸は絶句した。

「どういうこと」

「え、龍神の旦那と一緒になるんじゃないのかい」

「そうじゃなくて」

 えーとえーと。幸は己が何に驚いたのか、努めて冷静に掬い上げた。

「お役目が終わりって言った」

「そう、もう長くないよ。寂しくないと言ったら嘘になるが」

 手元でくるくる回るのは、幸が繕ったあの団扇。幸のまわりで青葉がくるくると舞う。破れたあとなど一切ない、ずっときれいなものだって持っているのに、もっぱらこればかりを使っている。

「下っぱの、不意の生まれだからこんなもんさ。まあ、もうちょい粘るからとっとと祝言挙げてくれよ」

「なにを勝手に決めてるのよう」

 悲しいやら寂しいやら恥ずかしいやらで、幸はもうぐちゃぐちゃだ。地団駄を踏みながら下へ降りてくるように言い、有無を言わさず団扇を取り上げ、びっくり顔のままの燕送りをぎゅうと抱きしめた。

「そんなことなら、走り回ってないでもっと一緒にいてよ」

「なんだそりゃあ」

 大口をあけて笑う風神の目尻に涙がにじむ。成り行きを見守っていた芽吹きの神は、目を細めてふたつの頭をぽんと撫でた。

 幸の行李のなかには、嫁入り道具の一式が、もうほとんど揃っている。

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