ひまわり

 うっかり封じ込められた風やいかづちの子らは、置かれた状況に気づくなり大暴れをはじめた。雨の乙女が紡いだ覆いはそれくらいではびくともせず、かれらを抱え込んだ雲は天へ天へと膨らみ続ける。しかし子どもというのはぱたりと力尽きるもので、あるときを境にまっさかさまに落っこちていった。雨の乙女があとを追い、地上は豪雨に見舞われる。

 さんざん暴れまわり、水流に揉まれた子どもたち。それでも姿を保っていられたもののみが乙女たちに導かれ、天へ還ることを許されるのだった。

 かくも厳しい生存競争が、風雲を司る者なら誰もが通過せねばならぬ、まさに登竜門である。

 このお膳立てをするのもたつみのお役目だ。次から次から雲を立ち上げ、童たちをそそのかすのはたしかに楽しい。かれらの成長を見守るのもやぶさかではない。ただ、こうも続くとさすがに堪えて、しばし暇を乞うことにした。

 山肌をすべり下りると、拓けた野が広がっている。このあたりの気性は穏やかだ。巽は淡く雲をまといながら、悠々と宙に身をくねらせる。まだらに影の落ちた緑に、煌めき注ぐ天気雨。しばらく忙しくしていたので、こうして気ままに泳ぐのは久しぶりだ。

 どこへ向かうともなく揺蕩っていると、ふと強い視線を感じた。地上から矢のように降り注ぎ、巽はたまらずその身をよじる。

 俺を振り向かせるとはどれほどのものか、身体をひとめぐりさせて覗き込んでみると、そこは一面のひまわり畑であった。

 満開である。花弁のまばゆさもさることながら、こちらを見上げるまなざしの黒々とした力強さに身震いがした。どことなく既視感があって、巽はその場でぐるぐると渦を巻く。

 三周ほどしたところで、心当たりがあまりに身近にあることに気づいた。

「ゆき」

 思わず声に出て、吐息は新たな雲の子を生んだ。

 すこしずつ、様子が変わっていることには気づいていた。子どもはいつか手を離れるもの。それは人も神もおなじで、だからこそ、巽はゆきが離れていくことを恐れた。

 子どもだと思っていたから。

 いまともにあるのは、いっときの気まぐれに違いないから。

 だがどうだろう、幸のまなざしは日に日に強くなっていく。ひとりぼっちの寄る辺なさは影を潜め、意志を持って巽を映すようになった。

 幸の瞳は力の鏡。ものを言わず、しかしなみなみと雄弁に光る。思えば、里に帰りたいなんて一度も言ったことはなかった。ただその瞳だけが、巽に真実を示していたのだ。

 ちょうどいま目が合っている、たくさんのひまわりのように。

(こっちじゃない)

 交わすべき相手はただひとり。巽が起こした風に、そよぐひまわりが「そうだそうだ」と音を立てる。

 幸はきっと、巽の帰りを心待ちにしているだろう。

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