足元がぐらりと揺らいで、音波がどぉんと追いかけてきた。さらに飛び来る光の矢がひいふうみっつ、たつみのまわりで人形の像を結ぶ。

 ぱちぱちと勢いよく火花を散らす小さな者たちは雷の子。いわば巽の眷属である。

「ぬしさま、たいへんです」

「やれやれ、またこの時期か」

 このあたりは山嶺が連なって列島を東西に二分しており、神々も二派に分かれている。峰々のどこが境目なのかはっきりと取り決めたわけではないので、季節の変わり目になるとかならず縄張り争いをはじめる者どもがいるのだ。

「今度はなんだ」

「相撲です、さきほどまでは下々の小競り合いでしたが、大一番がいましがた」

「すぐ行く」

 腰を上げつつゆきを見やり、不安顔をみとめてにやりと笑った。

「なあに、いつものことだ。屋根の上で見物するか、幸には面白いかもしれん」

「えっ」

 目を丸くする幸を片腕で抱え込み、巽はひと飛びで屋根に降り立つ。

「行ってくる」

 念のため、と幸に龍面を渡すと、巽は身を翻して青龍に転じ、一目散に宙を泳いでいった。

 さて。遠く視線を向けた先、いつもは幾層にも連なる天上界の様子が見通せるはずのところに、大きな山がふたつ。眉をひそめた幸が見ていると、いずれもじりじりと形や位置を変えており、さらによく見ると目鼻と手足があることがわかった。

 西の風神、東の風神。その親玉どうしが睨み合って次の手をはかっている。さらにまわりを、大小いろとりどりの者たちが取り囲む。みな面白がって囃し立てているのだ。

 青龍が突っ込むと群衆がさっと割れ、無秩序のなかにわずかな秩序ができあがった。

 頭をもたげ、長い身体を縦に起こす。巽の喉から吹きすさぶ風のような音が漏れた。高く長く。尾を引く響きは、ただの喧嘩を神事に変える。

「行司がきたぞ」

「いよいよだ」

 話し声にはっと見回すと、今いる屋根の上はすっかり桟敷席の有様で、幸は慌てて手にした龍面で顔を隠した。

 居並ぶ見物客のなかには、馴染みの風神も雷の子らも顔を揃えている。目立たぬようそっと〈燕送り〉のそばに寄ると、彼は笑って幸の場所を空けてくれた。

「勝負としても面白いが、このぶつかり合いで雹が降るんだ。それが楽しみでな」

「ひょう?」

 間もなく、山と山がどおんとぶつかり、ぎりぎりと押し合いがはじまった。そこから湯気のような靄が立ち、力が拮抗するほどに広くあたりを覆い尽くす。そのうちあちこちからばらばらと音がしはじめ、風雲の童たちが衣を広げて乱れ飛んだ。降ってくるものを袖で受け止め、どこかひとところへ集めている。

 やがて、小さな雹を集めに集めた大きな氷の塊が出来上がった。

 現れたのは山の神だ。大勝負の真っ最中の東西風神に負けず劣らぬ巨躯を誇り、その満面の笑みの迫力たるや、こちらまで笑ってしまうほどすさまじい。

 力持ちの山の神、大きな手を固く握りしめ、振り上げた拳で氷を砕く!

 星を割るような音とともに、氷塊が粉々に砕けて降り注いだ。

「かき氷だっ」

 勝負に見入っていたはずの者たちが、めいめいの器を持って我先に駆けていく。揺れようがなにしようがおかまいなしだ。盛った氷に森の神秘蔵の蜜酒をかけたら、それはもう極上の氷菓。

 鼻に抜ける清涼なかおり、喉をうるおすまろやかな甘味、臓腑に染みる酒の滋味。幸も一緒になって楽しんでいると、ひときわ大きな雷があたりをつんざいた。

「勝負あったな」

 みな花より団子で、大相撲の行方を見届ける者はごくわずか。冷たい甘さを飲み下しながら、ひと仕事終えた巽にも早く食べさせてやりたいと思う幸なのだった。

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