なみなみ

 天上にも夏祭りはある。というより、初夏から秋にかけて下界でさまざまな祭りが催されるため大量の酒が奉納されており、飲みたがりがなにかしら理由をつけて宴をひらくのである。

 今晩の名目は山開きと暑気祓い。酩酊した幾柱もの神々によって、地上はきっと荒れた天気になるだろう。

「私も行ってみたい」

「いや、頼むから大人しくしていてくれ」

 目を爛々と輝かせるゆきに、たつみは今しも頭を抱えるところである。

「かといって柱に縛りつけることはしたくないし」

「そんなことを考えてたの」

「……言うことをきくか」

「きく」

「誰とも口をきくなよ」

「えっ、わ、わかった」

 果たしてどこまで信用できたものか。しかし巽は幸には甘い。結局、一切言葉を発しないことと面をつけることを条件に、幸の同席を許したのだった。


「連れがいるとは珍しい」

 薄朱の衣に枝角つきの面。狐面に似た形だが、肌には鱗を模した凹凸が刻まれている。

「返事は身振りでな」

 巽の念押しに、龍面がこくりと頷いた。緊張半分、好奇心半分。なにせ幸にとって、その他大勢として祭りに参加するのは初めてのことなのだ。

 本日の主催は山の神。山と川は不可分だから、巽の席はかなり上座に用意された。膳の前にすすむあいだに、巽は親しい者を巧みに巻き込んでいく。

 神だろうが酔っ払ったら何をするかわからない。せめて味方になってくれそうな面々で周りをを固めておこうという腹積もりだ。

 山開きを祝い、まず大柄な山の神が、優美な森の神が舞う。促されて立ち上がった巽は、風神の首根っこをつかんで自分の席に強引に据えた。

「なにをする」

「幸を頼んだぞ」

 舞台に進み出て、舞をひとさし。川のせせらぎに雨が注ぎ、荒々しい激流となって海を目指す。巽の舞には物語があり、幸は言葉も忘れて魅入られた。

 そのあいだに、幸の盃をなみなみと満たしたのは誰あろう風神である。

「せっかく来たんだ、すこしくらい呑んでもばちは当たらん」

 神の舞を目の当たりにした幸の中に、巽が示した水の流れが滔々と流れている。手元で揺れるやわらかな水面がとても近いものに感じて、幸は思い切って盃に口をつけた。

 甘い甘い、神の水。

 喉にかすかな熱がともり、すうと落ちていった腹のあたりに沁み渡った。

(おいしい)

 危うく口に出すところだった。祭事で口にしたことはあったが、これほど甘く感じたことはなかった。幸が軽い心地を楽しんでいる間にも、風神は喜々として酒を注いだ。

「おい、なにしてる」

 鉄砲水の前触れのような低い響きに、風神の手がびくりと止まった。ぱしゃんとこぼれた雫を見下ろし、幸はただもったいない、と思う。

 黙って席を空けた風神に代わって、巽は幸に覆いかぶさるようにして腰を下ろした。この様子を見て、周囲の神々がどっと沸く。

「なんだ、祝言か?」

「みずくさいのう、なぜ早く言わん」

「我々をそばに集めたのはこういうことか」

 すでに出来上がっていて収拾がつかなくなっている。楽しくなった幸はふふふと笑い、かたや巽は一気に酔いが醒めて開いた口が塞がらない。慌てて否定してからはっとして幸の顔色を窺い、脇に抱えてそのまま姿を消した。


 のちに、非礼を詫びに山の神を訪ねたところ「仲良くな」とおおらかに笑い飛ばされ、巽は帰ってくるその足で風神に八つ当たりしに行った。

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