花火

 目の前で光が炸裂して、爆音が腹に響いた。初めて見る打ち上げ花火がまさか目の高さになるとは思わず、ゆきは開いた口がふさがらない。傍らの人も若干引き気味だ。水に属するものだから、火薬の火は苦手らしい。

「華やかといえば華やかだが、おそろしいことを考えたもんだな」

「魔を祓うともいうけれど」

「これでは俺たちまで退散する羽目になるぞ」

「ふふ」

 幸を天上に連れ帰った龍神は、いまは若者の姿をとり隣で胡座をかいている。硬くひやりとした鱗の感触は記憶に新しいものの、幸はいまだに半信半疑だ。びりびりと逆立った龍神の髪を見て、あれは髪の毛なのか鬣なのかと首をひねる。

「本当に空の上なのねえ」

「まだ言ってる」

 花火はいよいよ終盤らしく、連続で打ち上がることヤケクソのごとし。

「やかましい」

「静かなのもあるけど」

「静かなの?」

 まだ幼かった頃、唯一触らせてもらえたのが線香花火だった。そのことを話すと何やら物思いに沈み、おとなしく花火を見つめる龍神の瞳に色とりどりの光が映った。


 数日後、どこからくすねてきたのか龍神は線香花火の束を差し出した。

「やるか?」

「いいけど、どうやって火をつけるの」

「ああ」

 こすり合わせた龍神の指先に小さな雷が起きて、火花の蕾はやがて牡丹と開く。幸は目を丸くしながら手渡された火を受け取った。

「本当に神様なのね」

「まだ言ってる」

「だって」

 食い下がる幸に、龍神は急にふてくされた顔をした。

「それより、いい加減名前を呼んでくれてもいいんじゃないか」

「え?」

 なんでそんなこと、と口に出しかけて、たしかに今まで一度も呼んでいなかったことに気づく。ここに来てからはとくに、他の者と出会うことなく二人だったから呼ぶ必要もなかったのだ。

たつみ?」

「はあい」

 嬉しそうに目を細める龍神が可笑しくて、ぶれた幸の手からあっさり火の玉が落ちた。機嫌をよくした巽が今度はふたりぶん電光を散らしてくれて、しばらく並んで小さな花を楽しんだのだった。

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