第29話 揃える

 恒樹は弱い風に目を細め、心の中で「冴えている」とひとりごちた。花火は西の河川敷で打ち上げられるらしい。会場付近は当然混雑するだろうし、地元でもないので穴場のあてもない。岩中と幌田に案を求めたところ、あれこれ言い合って結論は出なかったものの、最後は「健闘を祈る」と口をそろえられた。その帰りに目にとまったのが、東口の駅前にある百貨店の立体駐車場だった。


 車は両手で数えるほどしかなく、何組かの先客が西側のフェンスにへばりついている。そこに並ぶのは気が進まず、東側のフェンス沿いに陣取った。九洞のトートバッグとフェンスがぶつかって小さく音を立てた。


 最初の一発が上がったのは予定の時刻を十分近く過ぎた頃だった。先客の子どもがフェンスに取りついて声をあげる。白い花が想像よりも小さく開き、遠雷に似た響きが伝わってくる。今さらながら音が苦手ではないかと九洞に目をやれば、何を気にする風でもなく空を見つめる横顔があった。


「私が読んだ小説に、花火が人の生のようだという台詞がありました」


 何発かが打ち上がり、光の輪が立て続けに宙へ投げられる。


「なんとなく分かる気がします。花火ほど一瞬ではありませんが、わたしから見れば人間の一生は確かに短いですから」


 広がる煙を裂き、もったいぶるように一つきりが打ち上げられる。先客の誰かが「大きいぞ」と叫んだ。


「そっか。こないだそう言ってたもんね。百年後は僕は死んでるけど、九洞さんはたぶん生きてる」


 寿命の話をしたのは霊園に行く前であり、だとすれば出会った次の日のはずだった。それから二週間しか経っていないのが嘘のように思えた。


 特大と思われた一発は音も光もなく終わったようだった。土星やニコニコマークを模したものが上がった後、大きくも小さくもない菊がいくつも花開く。


「そういえばさ、勉強に役立ちそうなことは見つかった? えっと――死生学」

「はい」


 九洞が深くうなずいた。


「想像していたよりもたくさん」

「本当?」

「はい」


 穏やかな微笑がさらにほころぶ。その顔に釘づけになった。まぶしそうで少し困ったようにも見える、三年前の夏に見たきりの笑みだった。


「あなたに会えたことも、あなたがホストだったことも、とても嬉しく思っています」


 打ち上げは最初の山場に入ったのか、間断なく響く音が、先客たちの歓声とともに風に運ばれてくる。視界の端に色とりどりの光が弾けては消える。


「ありがとうございました、日ヶ士さん」


 いつもより少し高い声で九洞が言った。そして恒樹が口を開くより早く、穏やかな微笑を取り戻した。


「もう充分見ました。遅くなってしまうので、そろそろ戻りましょう」


 一拍おいて「え?」と尋ねた時、九洞はすでにエレベーターに向かいはじめていた。そのシャツの背中へ、恒樹は九洞ではない名前を投げかけた。ざらついた小さな声に返事はなかった。

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