第8話 さらさら

「シ?」

「生きると死ぬ、の死です」

「ああ」

「わたしは地球でいう大学生のような身分で、自分で学費を払って機関で勉強しています。地球だけというより、色々な星での死の扱われ方を調べています」

「ええと……哲学とか倫理みたいな感じですか?」

「そうですね、少なくとも医学よりは近いと思います。死生学、タナトロジーと呼ばれる分野の方がもっと近いです」

「シセイガク、ですか。すいません、不勉強で……」


 九洞が首を横に振る。


「わたしの星でも、文学や経済学に比べれば確かに知られていません。ただ、有名でなくても必要とされているのも事実です」

「九洞さんの星の方々も寿命があるんですか?」

「はい」

「どのくらいなんですか?」

「人間よりもかなり長いです。長いからといって、いいことばかりでもありませんが」

「それは確かにそうだと思います。健康なまま死ねたらいいですけど、病気になって、自分の思ったように動けなくなったり、大切な人を忘れたりするかもしれないと思うと――」

「恐ろしい、ですか?」

「そうですね。恐ろしい、怖いです」

「死ぬこと自体ではなく、自分の思うように生きられなくなるのが怖い」

「いや、死ぬことも怖いですね。死んだらどうなるんだろうとか、あの世はどうなってるんだろうとか」

「なるほど。死後のことを知りたいと思いますか?」

「知っておいた方が、安心できるというか覚悟を決められそうですね。でも、知ったら知ったでもっと怖くなりそうです。知らなくて不安で怖いのと、知ってしまって怖くなるのと、どっちがいいんですかね。どっちも嫌だな……でも、どっちにしても、死ぬなら一瞬で済むのが一番だと思います」

「巨大な兵器で消し飛ぶ、みたいな」

「物騒ですけどそんな感じですね。心臓や血管の病気とかでも」

ですね――ああ、すみません。生死や宗教に関わる話は避けた方がいいと聞いていたのに」

「いや、気にしてないですよ。僕が話すのはほとんど僕個人の意見で、どれだけ偏っているかは分かりませんけど、それでも九洞さんの勉強の役に立つなら」

「ありがとうございます。ですが、いくら死について勉強しているとはいえ、お礼にぽっくり死なせる気はさらさらないので……すみません、安心してください」


 ぽっくりという言葉の響きと意味があまりにマッチしていて、そして「すみません」と「安心してください」があまりにミスマッチで、思わず少し笑ってしまった。九洞も「ふふ」と小さく声を立てた。


 ある場所が思い浮かんだのは洗い物の途中のことだった。経路を調べてみると乗り換えは一回、最寄駅からは歩いて十分で着きそうだった。スマホから目を離して九洞に呼びかける。


「明日、東京に行ってみませんか」

「東京……この国の中心部ですか?」

「はい。九洞さんの勉強に関係あるかもしれないところがあって……これ」


 適当な画像を選んで見せる。九洞の目が光った。


「お墓ですね」

「そうです。有名な大きい霊園で、歴史上の人物の墓もたくさんあるみたいです。ちゃんと案内できるかは分からないけど、行ってみますか?」

「ですが、せっかくのお休みなのに」

「いや、気にしないでください」


 恒樹は苦笑した。


「土日はいつも寝てるだけなので、外に出た方がいいんです」

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