第7話 天の川
「念のためお伝えしますが」
九洞が無数の水滴に曇るグラスを机に置いた。
「朝の喫茶店の件について、わたしは何も思っていません。いや、怒ったり幻滅したりはしていない、と言った方が正しいです」
恒樹はうなだれるように頭を下げる。
「すいません。同じ日本人――というか地球人として申し訳ないです」
「日ヶ士さんが謝ることはありませんよ。何を代表するわけでもないですし……八十億人のなかの一人、それだけです。あのお店の方も同じです。多くの人間がいれば、それだけ色々な考えがあるはずです」
「そう言っていただけると……なんというか、ありがたいです」
「ついでに、少しわたしの星の話をしてもいいですか?」
惣菜の並ぶ机から視線を浮かす。
「わたしは天の川銀河ではない、他銀河にある星から来ました」
タギンガ、と恒樹は口に出した。
「小さくて、これといった特徴もないところです。それでも様々な規模で意見がぶつかります。一つの銀河に何千億もの恒星があり、その何割かに生命が暮らし、いくつもの共同体や宗教があると思えば、多少の意見の違いには鈍感になってきます―よくも悪くもですが。わたしの星でも、星を開くと決まった時はかなり混乱がありましたが、今はなんとかやっています。なので地球もきっと大丈夫だと思います」
「そうだといいですね。本当に」
「あと……日ヶ士さんが家にあげてくださった時、とても嬉しかったです。受け入れていただけた気がして」
唐揚げの衣がのどにつかえ、麦茶で流し込む。
「ホストはかなり慎重に選ばれているそうですし、行ってみたら追い払われたという話は聞きませんが、やはり少しは緊張していましたから」
「それは」
衣のかすが残っている気がして咳払いをする。
「それは、わざわざ来たのに追い返すのはどうかと思いますよ」
「優しいですね」
キューの目を細めて九洞が微笑んだ。
「……あの、九洞さん」
「はい」
「一つ聞いてもいいですか?」
「なんでしょう」
「九洞さんはどうして地球に来ようと思ったんですか?」
「ああ、まだお話ししていませんでしたね。元々地球という星は知っていて興味があったんです。それで渡航者の募集が始まったので応募してみました。倍率も高いし、当たるとは思っていなかったんですが、忘れた頃に当選の知らせが届いてびっくりしました」
「へえ、運がいいですね」
「そうですね。そこから何年か訓練や講習があって、ようやく来ることができました」
「地球以外の星には行ったことがあるんですか?」
「いえ、異星は今回が初めてです。なので周りには心配されました」
「勇気がありますね。僕は海外にも行ったことがなくて……。それで、地球のどんなところに興味があるんですか?」
「シ、です」
イントネーションからしてポエムのことではなさそうだった。
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