第4話 ふくしゅう

 美柑みかんの義母が亡くなったらしい。

 葬式会場へ向かうと、白黒の垂れ幕が垂らされ、お坊さんにより、木魚がポコポコ鳴らされていた。やって来た喪服の人々が、黙々と正座をする。一家で交流のあった、林子りんこの家族も呼ばれていた。

 林子はお経に上の空だった。とにかく気が重い。林子自身が知らない、自分についての一番重大な秘密を、誰も教えてくれない。

 誰かのいい秘密さえあれば、わらしべで教えてもらえるのに。

 そんなことを考え会場をうろうろしていたら、物陰から聞こえる、シクシク泣き声に気づいた。

 のぞきこむと、ママ友の美柑が、猫背で座りこみ、泣きじゃくっていた。美柑の夫が、その背をさすっている。

 

「あんまり自分を責めるなよ」

「ごめんなさい。ごめんなさい。お義母かあさんごめんなさい」

 

 林子は何気なしに声をかけた。

 

「おばあちゃん残念だったね」

 

 美柑の肩が跳ねあがった。泣き腫らした目で、林子を見上げてくる。

 

「……知ってるの?」

 

 不審さがこもった問いに、少々たじろいだ。

 

「なにを?」

 

 質問を質問で返した。だって本当になにも知らないから。

 美柑はホッとしたように、

 

「なんでもない」

  

 引っかかる。

 美柑には隠し事がある。おそらく、義母の関係で。

 

 

 


 ポンポンポンと、坊主が木魚を叩く。退屈な念仏の途中、美柑は耐えられないといったように口を押さえ、座敷から出て行った。

 襖からのぞけば、美柑は廊下で泣いていた。

 林子は美柑のそばに寄る。

 

「ねぇ美柑、何か隠してるんじゃない?」

 

 美柑は答えないものの、泣き方が穏やかになった。

 

「辛いことあったらなんでも言ってよ。話せば楽になるかもよ」

 

 聞いてみたい。友達の秘密。林子は秘密がほしい。それも人が右往左往するような、とびっきり大きなヤツ。

 美柑は首を振った。よほど話せない出来事らしい。

 でもくじけずに、もうひと押ししてみる。

 

「誰にも言わないから。私たち友だちじゃん」

 

 美柑は顔をあげた。

 

「本当に誰にも言わない?」

「うん」

「本当に本当に?」

「うんうん。絶対」

  

 重ねられた念押しに、大きく大きくうなずいた。すると美柑は、ようやく話をしてくれた。林子が長く友人として築いてきた信用も、担保になっていたのだろう。

  

  

 

 公園に集まったママ友集団が、おしゃべりに花を咲かせる。

 

「美柑ちゃん最近ずっと元気ないね」

「なにがあったんだろう。知ってる人いる?」

「さぁ」

 

 意気揚々と、林子は乗りこんだ。

 

「教えてあげようか?」

 

 ママ友たちの期待を帯びた視線を浴びる。

 

「りんごちゃん、美柑について知ってるの?」

「教えて教えて」

「いいけど、わらしべね」

「うん、いいよ」

 

 一呼吸おいてから、話を始めようとした。が、ほんの少し息が詰まった。いざという段で、さすがに後ろめたさを感じた。

 美柑は自分を信用して、秘密を教えてくれた。裏切るマネをしてもいいのだろうか?

 でも、それでもどうしても、引き換えに聞きたいことがあるんだ。

 

「……美柑の家のおばあちゃんが亡くなったじゃない?」

「うんうん」

「それはね、美柑が間違えて塩分の多いおかずをあげたからだったんだって」

 

 「ええ?」と、波にも似たどよめきが広がる。

 快感と罪悪感で、膝が小さく震えた。

 

「美柑ちゃんが殺したってこと?」

「殺人犯じゃん」

 

 心の中で謝った。

 美柑ごめん。

  

「わらしべだよ。聞きたいことがあるんだけど、みんなが言ってる私の秘密ってなに?」

 

 

 

 買い物帰りの美柑は、帰り道の橋で、林子が泣きじゃくっているのを見かけた。

 びっくりして駆け寄る。

 

「どうしたの?」

 

 林子は泣き声で、

 

「聞かなきゃよかった。知らなきゃよかった」

 

 なんのことか、大体察した。

 

「自分の秘密、聞いちゃったんだね?」

 

 林子はこくこくうなずいた。

 美柑は慰めの言葉を呟く。

 

「ひどいよね。ひどすぎて私、りんごに伝えられなかった」

「どうして? 誰がこんなこと……」

「知りたい?」

「誰がやったか知ってるの?」

「うん。でも知らないほうがいいとは思う」

 

 林子は泣きながらすがってくる。

 

「お願い。教えて。わらしべで。私なんでも教えるから」

 

 そこまで知りたいなら、仕方ない。

 耳打ちしたら、林子は目をカッと開いた。まばたきひとつせず、全身を小刻みに震わせている。顔色は蒼白だった。

 美柑は満足だった。

 自分の復讐が終わったから。

     

     

 

 重大な秘密を聞き、林子はほうほうの体で自宅へ戻った。

 苺杏いあは寝かせたが、自分は目が冴えて眠れない。涙も止まらない。

 そのうち玄関のドアが開く音がして、疲れたような夫が入った。

 

「ただいま」

 

 テーブルに突っ伏し、泣いている林子を見て、夫は血相を変え、

 

「どうしたの?」

 

 ネクタイを外しながら駆け寄った。

 次いで、テーブルの上に置かれた、林子の名前が書かれた離婚届に、目を丸くした。

 林子は思う。

 もっと驚け。もっと傷つけ。自分のショックを思いしればいい。

 声を低くして、夫への恨みをぶつける。

 

「……私、あなたを信じられない」

「は? なんのこと?」

「どうしてこんなことしたの?」

「……? なんのこと?」

 

 とぼける夫に、スマホを見せつけた。

 画面に映った動画に、腰を抜かしている。なにせ、林子の卑猥な動画が再生されていたものだから。

 動画のタイトルは、『金欲しさにAV出演の主婦 りんご』。

 林子は泣きじゃくるほかなかった。

 まさか一番信頼していた夫が、こんな動画を撮って、世界中に拡散していたなんて。

 夫は首を振った。

 

「俺じゃないよ」

 

 往生際が悪い。

 

「警察にも相談したから」

「落ち着いて。俺じゃない。多分合成だよ。ほら、ディープなんとかってやつ」

「言い訳しないで。私もう……」

 

 スマホを壁に投げつけ、勢いのままベランダへ飛び出した。

 子供の顔が浮かぶ。親の顔も、友達の顔も。

 彼らに一生顔向けできない。生きていたくない。終わらせよう。

 夫が声をあげるまもなく、林子はベランダから飛び降りた。

 夜風が肌を擦ったら、激しい痛みが全身を襲った。



  

 SNSのママ友の秘密わらしべグループに、メッセージが飛び交っていた。

 

りんご自殺したらしいよ。AV拡散してるの気づいちゃったんだって


ディープフェイクってすごいね。ほんとにりんごが動いてるみたいだった。柏ちゃんのパパへの依頼料は高かったけど

 

言われたくない秘密をみんなにバラした報いだよ。ざまあwww

 

でもなんで旦那捕まったの?

 

りんごが思い込みで警察に通報したらしい。美柑が嘘教えたんだって

 

おばあちゃんの秘密をみんなにバラしたの激おこだったもんね

 

つーか最近美柑うざくない?

 

美柑の『秘密』みんなでわらしべしよう!

 

いいね。楽しそう。じゃあ私からいくね。美柑は実はこの前……

 


 幼稚園はすっかり変わった。

 先生も、迎えに来ている親たちも、身なりよく大人しくしていた。無難な話しかせず、笑い声も立てない。

 みんな人目が怖かった。だって下手を打てば、わらしべのネタにされるから。



 遊んでいる子供のほうは、無邪気におしゃべりをしている。

 

「ひみつわらしべしよう」

「じゃあわたしから。ひみつわらしべをはやらせたの、りんごっていう人なの。その人みんなからふくしゅうされて死んじゃったんだって」

「そんなの知ってるよ。ひみつわらしべはあきちゃった。べつのあそびしよう」

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秘密わらしべ Meg @MegMiki34

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