リレー12

 そこは奇妙な場所であった。

 塔ではあるらしく、筒状に壁がそびえている。

 だが階段は無く、壁は何が付けられているでも、何が描かれているでもない。

 ただただ、巨大な筒をのみ、形成している。

 入り口も出口も無い。

 まったくもって、奇妙な場所であった。


 塔の近くにはおおよそ何も無かった。そのため塔の近くを通る人は誰もいないようだった。

 塔から数km離れたところには、一つの古びたレストランがあった。

 レストランの周りにも同様に何もない。

 ただ、レストランには一日に何人か客が来ていた。


 何でこんなところにレストランがあるのだろう。私は不思議に思い、そこに入ってみた。


 レストランの中は静かだった。玄関扉から見て左手に厨房、右手には大きな窓がある。壁は落ち着いた色合いの赤っぽいレンガで、客席と厨房を仕切る壁は窓から差し込む日光によって周囲より明るく照らされている。適当な近くの席に座って窓の外を眺めると、あの奇妙な塔が見えた。少し待ってみてもウエイターが来る気配はない。そういえば他の客もいなかった。かすかに不安な気持ちが湧き上がり、店の中を見渡すと、暖炉の上に置かれた黒電話が目に入った。古い家にならよくあるタイプの黒電話だが、こんなレストランにどうして黒電話が…?不思議に思い、席を立って近づいてみた。


 じりりりん。唐突に、電話が鳴る。眼前の黒電話が、店内をけたたましい音で覆う。

「これは取ってはいけない」という、本能的に覚えた直感に反し、体は受話器に手を伸ばし、取り上げ、そして耳に持ってゆく。

「これを」「聞いたのなら」

 不自然に途中で変わる声。その声はこう続けた。

「貴方は」「塔の上の景色を」「知り得ねばならぬ」

 電話は切れた。

 この電話はきっと、ずっと鳴っていた。私がその存在に気付く前から、ずっと。

 私を探していた。どうしてか、そう確信した。


 席に戻ろうと思って歩き出すと、風が強く吹きつけてきたのを感じ、思わず目を閉じる。レストランの中にいたはずなのに、どうして急にこんな風が吹いてきたのだろう。心なしか、空気も薄くなっている気がする。何とか目を開けると、そこは塔の頂上だった。私が本当にそこにいるのか、そこにいるように感じているのかはわからないが。端に寄って見下ろすと、さっきまで私がいたレストランが小さく見えた。その周りには、本当に何もないらしい。ふと気になって、反対側を見下ろした。

 そこには、目を見張るような綺麗な光景が広がっていた。咲き誇る無数の花々に、笑顔で溢れる人々。私は、どうして今までこちら側の光景を知らなかったのだろう。電話の声の主は、きっと私にこの景色を見せたかったのだ。

 いつの間にか、私は再びレストランの席についていた。状況を飲み込んですぐ、私は店を出て駆け出した。


 まとわりつくように生い茂っている草木をがむしゃらにかきわけて走っているうちに、小高い丘にたどりついた。はっとして振り返り、レストランのあった方を見てみると、まだそこにそれはまるで百年前からそこにあったかのような姿で静かにたたずんでいた。「先程とはまるで様子が違うじゃないか。僕は何かに化かされたのか?」と僕は戸惑いながらも、塔の頂上で見た景色に思いを馳せる。僕はレストランにいたであろう誰かに向かってお辞儀して、その場を立ち去った。もうじき空に星が浮かぶ。塔は今この時も誰かの来訪を心待ちにしているのだろうか。

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2022年度 名大祭 リレー小説 名古屋大学文芸サークル @nagoyaunibungei

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