終章 空気読め! ~その二~


          ☆


 いつ雨が降るかも判らないのに、家路を行く足がいつもより遅いのは、家に帰れば美咲みさきと向かい合って話さなければならないと判っているからだった。きのうの葉月とエローダーの戦いや、重信自身の人間離れした身体能力を目撃された以上、ごまかし通すことは無理だと判っている。“機構”について打ち明けるのもやむなしと、霧華から許可も取っている。ただ、何をどう話したらいいか、まずどこから説明すればいいか、そこがまとまらなかった。重信がずっと無言なせいで、隣を行く美咲も表情が硬い。

 しかし奇妙なことに、最寄り駅から自宅までこうして美咲と並んで歩いている時間が、重信の心を妙に浮き立たせていた。

 美咲を怒らせないようにするにはどういえばいいか、どんなことを口にしたら美咲を失望させてしまうか、それをあれこれ考えるのは――エローダーの戦いよりも――緊張する。この世界に戻ってきてから、日常の多くのことを効率第一で迷うことなく行動できる今の重信にとって、そうしたポジティブな不確定要素がとても好ましく感じられるのかもしれない。

「さもなければ――」

 重信は顎に手を当て、声に出してひとりごちた。

「えっ?」

 重信の呟きに、美咲がはっと顔を上げる。

「何かいった、のぶくん?」

「……そうだな、たぶんそうなんだ」

「え? な、何が……?」

「田宮くん」

 重信は立ち止まり、美咲を見下ろした。

「いろいろと説明するのは家に戻ってからにするつもりだが、まず大前提としてきみに理解しておいてもらいたいことがある」

「な、何かな……?」

「おれはきみのことが好きだ。たぶん。いや、おそらく」

「――――」

 重信の言葉に、美咲は目を丸くした。

「一応いいそえておくが、これはいわゆる親子や兄弟間の家族愛や友人同士の友愛といったたぐいのものではなく、ストレートに男女間の愛という意味の――」

「ああああああああ!」

 重信のセリフをさえぎるように、いきなり美咲は自分の両手で耳をふさぎ、目をぎゅっとつぶってわめいた。

「どうした、田宮くん? まさか何かの発作か?」

「じゃなくて! 違う! 違うでしょ!」

「何が違う? 何だ? おれはちゃんと説明しているつもりだが――」

「そういうことを! そういうふうに! 淡々というのが何より間違ってる!」

 ふたたび重信をさえぎった美咲は、顔を真っ赤にして説明した。

「こっ、ふ、ふつうは愛の告白って、もっとTPOとかを考えて、それっぽい空気を作ってからするものでしょ!? 少なくともそんな、ふっと思いついたからまず説明しておこう、みたいなテンションでするものじゃないし、さらにいうならそれをこうして女の子にいちいち解説させるのも大きな間違いだから!」

「…………」

 一気呵成にあふれ出てきた美咲の言葉をじっと聞いていた重信は、自分がさっそく致命的なミスを犯したのだということに気づいた。要するに美咲は、重信が想定していたよりももっとロマンチックな告白がお好みだったのだろう。

 赤い顔でぷるぷると小さく震えている美咲に、重信はやや小さな声で尋ねた。

「……田宮くん。おれは、告白の時に迂闊に凝った演出をしすぎると、逆に女性にひかれるという話をどこかで聞いたことがある。だからあえてあっさり事実だけを告げたんだが、具体的にどこがよくなかったんだ?」

「極端! 極端なの、考え方が!」

「……極端?」

「女性がドンビキする演出って、白いタキシードに薔薇の花束持って現れるとか、サプライズにフラッシュモブやらかすとか、そういうののことでしょ! それは極端な例なの! もしかしたらそういうのが好きな人もいるかもだけど、たぶんだいたいの女の子は、それなりにはシチュエーションに凝ってもらいたいものなの! 少なくともわたしはそうなの!」

「む、難しいな……」

 冗談抜きにエローダーを始末するほうが楽かもしれない。重信は眉間に寄ったしわを押さえ、深く溜息をついた。

「……すまなかった、田宮くん。おれの予習不足だ」

「いや、予習っていうか……その考え方もずれてるっていうか――」

 重信の溜息に合わせ、美咲も大きく嘆息し、それから気が抜けたような小さな笑みを浮かべた。

「……いいよ。のぶくんが完璧なリサーチしてそつのない告白とかしたら、むしろそっちのほうが驚きすぎて叫んじゃう」

「だが、田宮くんはそのほうがよかったんだろう?」

「考えてみたら、さっきの告白のほうがのぶくんらしいし、うん。悪くないと思う。のぶくん前とくらべて変わったって思ってたけど、結局、のぶくんはのぶくんだって気がしたし」

「そういってもらえると、おれの自責の念も多少は薄れるが……」

「それで……その、のぶくんのさっきの告白を前提にして、これからわたしに何を話してくれるの?」

「だから、それは家に戻ってからだ。事情を知らない人間に聞かれると、こちらの正気を疑われかねない内容だからな」

「そんな話を聞かされるんだ……まあ、きのうあんなの見せられたんだから、覚悟はしてるけど……」

「意外に面白いかもしれないぞ? まず、話の導入部でおれの両親が死ぬ」

「え……? その話、ホントに面白い、の――?」

 絶句する美咲がおかしくて、重信は少女の背中を押して歩き出した。

「――ただこれだけは約束できる。おれは絶対にきみを死なせたりはしない」

「えっ? えっ?」

「それこそこの世界が滅びるその日まで、おれがきみを守り通してみせる」

「お、重い……さらっといってるけど重いよね、それ――」

 美咲がどこか困惑気味の笑みを浮かべる理由が、重信にはよく判らない。好きな男にかならず守ってやるといわれれば、ふつうは喜ぶような気がするのだが、美咲がこんな反応をするということは、やはり重信の感覚はまだどこかおかしいのだろう。

 ただ、それも美咲といっしょにこの世界ですごすうちに、いずれ本来あるべき姿に戻っていくに違いない。長い異世界での放浪の間に狂った重信の感覚を、美咲がきっともとに戻してくれる。

 何より、数えきれない修羅場や絶望を経験して摩耗しきった重信の感性に、人間らしい新鮮な喜びや切なさ、いい換えるなら好ましい刺激をあたえてくれるものは、もはやこの世界に田宮美咲しかいないのである。

                                 ――完――

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異世界帰還兵症候群につき絶賛恋愛リハビリ中。 第一部 GWは終わった 嬉野秋彦 @A-Ureshino

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