誰にも言えなかった恋の話

くーねるでぶる(戒め)

とあるアンドロイドの最後

「ではこれより、EM-M1、仮称、愛知あいちはじめの自壊事件の検討会を始めたいと思います」


 今回、愛知県のとある高等学校で行われていた世界初の感情エミュレータ搭載型アンドロイドEM-M1の実験の中止を受けて、会議が設けられた。先にも述べたように、EM-M1(以降はじめと呼称する)が自壊したことが原因だ。


「本当に一は自壊と断定して良いのでしょうか?」


「一は、自ら屋上のフェンスを乗り越え、飛び降り自殺……自壊ですね。しています。一の音声や映像データ、タスクデータなども漁りましたが、誰かに強要されたり、ハッキングを受けた痕跡やデータはありませんでした。一は自らの意思で飛び降り、自壊しています」


「他の感情エミュレータを搭載していないアンドロイドには見られない特徴ですね。ロボット三原則はどうしたのでしょう?機能しているように思えませんが……」


「そのあたりについても感情エミュレータの担当者の意見を聞きたいな。原因は間違いなく感情エミュレータだろう?」


 その言葉に、一人の男が立ち上がる。感情エミュレータの開発担当者だ。


「今回の自壊事件ですが、感情エミュレータの解析結果からある程度の推測が立てられます」


「それは?」


「まずは最初からいきましょう。一は、感情エミュレータにポイント制を導入して、感情の数値化に挑戦しています。自分に利益をもたらした者にはプラスの、自分に害をもたらした者にはマイナスの数値を付けていきます。ポイントが高ければそれだけ自分に利益をもたらした者なので好き、逆に低ければ嫌いと定義したんです」


「それは機械的な計算であって、感情とは云えないのでは?」


「そうなんです。ですが、この資料を見てください。これは、人物別の好感度グラフです」


「……Tという人物が他を圧倒していますね。ここまで顕著に差が出るものなのですか?」


「T君だけで、全プラスポイントの8割を占めています。その原因は、依怙贔屓ですね」


「依怙贔屓?」


「一は、T君の場合だけ、ほんの些細なことでもプラスのポイントを付けているんです。例えば、挨拶を返してくれたとか、授業を真面目に受けていたとかですね。他の生徒もちゃんと挨拶を返していますし、授業も真面目に受けています。でも、なぜかT君だけにプラスのポイントが付けられるんです。完全なる依怙贔屓ですね。そして、これこそが一の感情だと思うのです。一はT君に好意を寄せていたのだと思われます」


「好意…友情でしょうか?」


「愛情だったのではないかと分析しています」


「一は男性人格でしたよね?T君も男性ですが……」


「同性同士の恋愛はマイノリティーですが、ありますよ。一はボディの関係上、男性だと設定しましたが、今思えば、一自身に選ばせてやれば、この事件は防げたのかもしれませんね……」


「それはどういう意味でしょう?」


「一が自壊を選択した動機なのですが……どうもこの恋愛というのが大きなファクターとなっているようでして……。次の資料を見てください。これは、一のT君への好感度のグラフなのですが……」


「……それまで順調にポイントが伸びているのに、ある日を境に急激に乱高下していますね」

「この日に何かあったのでしょうが……」

「いったい何があったのですか?」


「この日、一にとって大きな事件が2つありました」


「それは?」


「皆さんも覚えているでしょうか?この日は所謂デザイナーベビー、子どもへの遺伝子操作が合憲だと認められた日でして……」


「たしか、ニュースにもなっていましたね」

「それが一にとって大きな事件なのですか?」

「一見、関係が無いように思えますが……」


「はい。一にとって、とても大きな事件であったと予想されます。なにしろ、この技術によって同性間の子どもも授かることができるようになったからです」


「というと?」


「一は、同性愛者なのです。アンドロイドに元々性別など無いのですが、我々がボディに合わせて、一を男性と設定してしまいました。そのため一は、同性愛者のアンドロイドになってしまったのです。そこで先程のニュースに繋がるのですが……これによって、一は大きな孤独感を味わったのではないかと推測されます」


「孤独感ですか?」

「それは何故でしょう?」


「はい。同じ同性愛者ではありますが、一には自分の子どもを授かることはできません。アンドロイドなので当たり前ですが、元になる遺伝子が存在しないのです。一は、自分は所詮人間を模した機械であり、人間とは違うのだとまざまざと見せつけられたような状況だったのだと思われます」


「それは……」


「同じ境遇の仲間が居れば、耐えられたかもしれませんが……感情エミュレータを積んだアンドロイドは、一しか居ません。一は、深い孤独に襲われたものと思われます」


「………」


「さらに悪いことは続きます」


「まだ何かあるのですか…?」


「はい。先にも言いましたが、同性愛者は少数派、マイノリティーです。一も自分がマイノリティーであると自覚していたのでしょう。一は、自分が同性愛者であるとカミングアウトはせず、T君への恋愛的なアプローチもしていません。むしろ、近づきすぎないように距離を取ってる場面も見受けられました。恐らく、T君のことをストレートな異性愛者だと思っていたのでしょう。好かれるためというよりも、嫌われないように振る舞っていたと言えます」


「それ自体は、よくある行動ではないでしょうか?カミングアウトには、大きな勇気が必要だと思われます」

「人間とアンドロイドという種の壁もありますから、余計にカミングアウトはできないでしょうね」


「はい。一はカミングアウトしませんでしたが、T君が同性愛者であり、男性と付き合っていることをカミングアウトしまして……」


「なんとまぁ…」


「同性同士でも子どもを授かれるのは、画期的なことでしたからね。同性同士で交際する際のハードルが1つ無くなったと言えます。これを機に自分は同性愛者であるとカミングアウトする人が多かったのですが……」


「T君に悪気はないのでしょうが……」

「タイミングが最悪ですわね」


「はい。自分が人ならざる者だと自覚させられ、更には失恋までした一の感情エミュレータはぐちゃぐちゃです。T君への好感度ポイントが、一気にマイナスにまで振り切ったり、プラスに戻ったり、乱高下を繰り返していました。まさに愛憎といったところでしょうか」


「その時点で一度実験を止めるべきだったのでは?」

「そうですね。明らかに普通の精神状態とは思えません。自害も予見できたのではないでしょうか?」


「平静を失った感情エミュレータのデータを取る良い機会だと思い、実験を優先してしまいました。今思うと、止めるべきでしたね。もしくは、一度記憶や感情をリセットしてもよかったと悔やんでいます。まさか、自壊を選べるほどだとは思いませんでした」


「自壊を選べる…とは?ロボット三原則の話ですか?」


「はい。当然ですが、一もロボット工学の三原則“人間への安全性、命令への服従、自己防衛”を守るようにインプットされています。ではなぜ、一は自己防衛を放棄することができたのか……。ロボット工学の三原則ですが、人間への安全性>命令への服従>自己防衛と、前者の方がより強い原則となっているのは皆さんご存知ですね?一は、彼は自らを人間に危害を加える存在であると定義したのでしょう。そして、一が自害できたことは、彼には本当に人間への害意があったことの証明でもあります。アンドロイドは、そのあたり嘘が吐けませんからね」


「人に害意を持つアンドロイドですか……」

「アンドロイドに感情を持たせるのは、やはり危険なのでは…?」


「今回はあくまで特殊なケースと見るべきだと思いますが……またマスコミがうるさいでしょうね」


「ロボットやアンドロイドの反乱は、SFの世界ではよくあることですからね。アンドロイドが感情を持つことに反対する勢力は根強いですよ」


「感情豊かなアンドロイドは僕の夢なんですけどねぇ…。なかなか理解されないどころか、当のアンドロイドにまで否定されてしまうとは……」


「なんですそれ?」


「これですか?一の最後の言葉の音声データですよ。まだ聞いてませんでした?」


『こんなことなら感情なんて要りませんでした。私は修理せずにこのまま死なせてください』

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