#2 叶野がまた変なの憑けてる
突然の身バレを含めて色々とバタついたたこパから数日が経つ。
三人でひたすら焼いて食べて焼いて食べて片付けて、そして俺たちは力尽きた。床に三人で雑魚寝した翌朝、巽と解散した俺と千鳥は間宮家へ向かい、泊まりがけで動画の撮影をした。土日のあいだ叶野からの連絡は特になく、代わりと言ってはなんだが巽から古瀬邸でもたこ焼きをしたという写メがきた。教わったたこ焼きの腕前を早速師匠に披露しているあたり、巽は呆れるほど勤勉で忠実な弟子だ。元ヤンのくせに。
週が明けて月曜、火曜と、叶野は大学に来なかった。
一応グループラインに連絡は来ているのだが詳細は不明だ。今朝は『昼から行くわ!』と連絡があったが、昼休みに入ってもいつもの大講義室に顔を見せない。一体何があったのか訊ねたい気持ちはあるけども、まだ出会って三か月も経たない付き合いでどこまで踏み込んでいいのやら。
まあ来ると言っているのだし顔を見てから考えよう……などと考えながら焼きそばパンの袋を開けると、隣で彩り豊かな自作弁当を広げた千鳥が「あ」と声を上げた。
「そういや二人とも、昨日のツイッターの騒ぎ、知ってるか?」
「なんかあったっけ?」
「ツイッターやってねぇ」
昨日は師匠宅に呼び出されて晩ごはん(巽特製・煮込みハンバーグ~にんじんのグラッセを添えて~)に舌鼓を打ったあと、山を越えて奈良県の心霊スポットに連行されたのでツイッターを見る余裕はなかった。あの人は本当に全く、平日の夜だというのに容赦がない。
ちなみに巽はガラケーユーザーだ。
昨夏の事故で携帯が壊れてから新調したが、スマホに必要性を感じなかったらしい。携帯電話は電話とメールができて、写真が撮れて目覚ましがついていればいいのだと平然と言い放つやつである。従ってSNS全般も手を出していない、潔い男だ。
「なんかな、うちの大学の本キャンで飛び降りがあったんやて」
「本キャンで? いつ」
「穏やかじゃねぇな」
眉を寄せた巽が、生協の弁当の唐揚げをもぐもぐしながら、千鳥が見せてくれたスマホの画面を覗き込む。
表示されていたのは、関連ツイートをまとめたページだった。
「最初の『十一号館から人が飛び降りた』ってツイートの時間からすると、四コマ目の最中やな」
「四コマ目って俺ら授業受けてたじゃん。飛び降りなんてあったら救急車も来るし、サイレンが聞こえないわけ……」
そこまで返したところで、あれ、と気付いた。
十一号館で、飛び降り……。なんだか先月辺りにもこんなキーワードを聞いた気がするぞ。ちらと横目に巽を窺うと、兄弟子もこっちを一瞥して目だけで肯いた。
『十一号館から女の人が飛び降りた!』
『ユキ大で飛び降りがあったんだって』
『俺も見た、女の人が十一号館の六階から落ちた』
『ユキ大で飛び降り自殺あったってまじ? でも全然そんな騒ぎなくない?』
『女の人が十一号館からとびおりたって』
『掃除のおばちゃんが飛び降りたんだって』
『飛び降りとかデマでしょ。救急車も来てないしさ』
『十一号館前通りかかったけどなんもなかったよ』
『本当にあったの?』
『結局なんだったの?』
──あれ、毎年この時期によく目撃されるんだよ。上回生も教授たちも多くが承知している。新入生が驚いて騒ぎになるたびに、ああ今年もやってるなぁって感慨深くなるんだよね。
──そんな夏の甲子園みたいな扱いなんですか、アレ……。
先月のやりとりを思い出して、俺はすんっと真顔になった。そうだそうだ、そうだった。
千鳥はまとめページを眺めながら眉を寄せている。
「なんか気味悪いよなぁ。まあ、サイレンの音も大学からの発表もねぇし、やっぱデマだったのかもしれへんけど。それにしたってタチ悪いし」
飛び降りがあった、という事実はない。
だが確実にデマだという結論も出ない。
……多分、飛び降りを目撃したとツイートしている人たちは、慥かに視たんだろう。普段から視える体質でない人でも、なんらかの条件が合致すれば可能性はある。
巽はしれっとつぶやいた。
「幽霊でも飛び降りたんじゃねぇの」
「巽が真顔で言うと洒落になんねぇー!」
千鳥はけらけら笑いながらスマホを閉じ、本日もつやつやな自作の卵焼きを口に放り込んだ。
俺と巽はハハハと乾いた笑みを浮かべていた。だって洒落じゃないし……。
それにしても、ここまで大事になる幽霊というのもまた不思議な話だ。
そりゃもちろん心霊スポットなんてものは『不特定多数の人が』『同じようなものを視た』から心霊スポットになるのだが、こうも白昼堂々と『十一号館の六階から飛び降りる女』が大々的に目撃されるのは珍しい。
師匠は先日、世の中には社会的弱者の霊が多いという話をしていた。
女性や子どもが不遇の目に遭って命を落としたことに対する同情心、そして社会的罪悪感が恐怖と結びついて幽霊を作るのだ、という話。この場合、心霊スポットには端緒となる事件や事故の噂、または事実があって、訪れる人間はその情報を事前に仕入れていないといけない。
しかしどうもこのパターンと、十一号館六階の女とは結びつかないような気がする。
ただそこに『現象』があって、通りかかる人々に問答無用で見せつけているような──『現象の強さ』みたいなものを感じるなぁ。
もそもそと焼きそばパンを頬張りながらそんなことを考えていると、千鳥が大講義室の入口付近を見て「あ!」と腰を浮かせた。
「叶野ー! 来たか!」
「来たで~」と叶野は人目を憚ることなくブンブン右手を振っている。今日も顔がいい。
昼飯は途中で済ましてきたらしく、叶野は空けてあった巽の隣に着席するなりぐったりと項垂れた。
「叶野、こないだ大丈夫だったか?」
「おー。まあ平気。すまんな秋津、たこ焼き器はまた取りに行くわ」
「うん。どうせならまたやろうな」
そこで俺は、唐揚げ弁当を食べていた巽の箸先から唐揚げがぼとりと落っこちたのを目撃した。
しかも落ちたことにも気付いていない。
重ための前髪の隙間から覗く三白眼は、叶野を凝視している。
俺は知っている。兄弟子がこういう驚き方をするときは大抵、視界に彼岸のものが現れているのだ。それにしたってまた叶野?──と先程やってきたばかりの友人に目を向けて、俺もまた動きを止めた。
これは、驚くというか。
なんて反応したらいいのかわからん、というか。
「なぁ次回たこパいつやる? お前らいつ暇なん」
もうすでに第二回たこパをやる気満々な叶野の横に、何やら毛玉がまとわりついている……。
もふもふ、もふもふ、と揺れる毛玉。
「毛玉……」
「秋津なんか言ったかー?」
「いやなんも」
……どっからどう見ても毛玉である。
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