File.4 あなたに会いにきたもの

#1 身バレは突然に

 暦は六月を迎えた。

 来たる梅雨へ向けてじわじわと湿気が増し始め、膚を掴まれるようなじめっとした不快感がなんとも憂鬱な今日この頃。

 俺はアパートの部屋の中心に立ち、ぐるりと室内を見回した。


 中央にあるのは、いつも適当飯を食べているアイボリーのローテーブル。

 その正面にはテレビ台があって、その上に小さな液晶テレビ。DVDやゲームの類いは整頓して棚の中に入れた。

 テレビ台の右側には、パソコンや教科書の並ぶデスク。正直ちょっとごちゃごちゃしている。

 掃き出し窓があって、それから壁に沿うようにベッド。布団はちゃんと畳んだ。枕元には、実はでかいチンアナゴの抱き枕がある。去年の誕生日に千鳥がくれたやつだ。

 正面に戻って、テレビ台左側には色々なものがブチ込まれているカラーボックス。漫画とか、身だしなみを整えるものとか、心ばかりのアクセサリーとか。

 その他もろもろが全てぶち込まれて魔窟になっているクローゼットは、開けない。開けてはならない。誰も開けてはならぬ……。


 正直、胸を張れるほどきれいな部屋ではないのだが、まあよかろう。

 掃除が間に合ってヨカッター、と額にかいた汗をぬぐうフリだけしたところでインターホンが鳴った。


「お、来たな」


 今日は、叶野主催のたこ焼きパーティーなのである。


 巽がある日つぶやいた「大阪の人はみんなたこ焼き器持っとるってほんとか」という疑問に、大阪人の叶野と千鳥がニヤニヤしながらうなずき、あれよあれよという間にたこパが決定したのだ。

 ちなみに、さすがに大阪府民が全員たこ焼き器を持っているというのは嘘だと思うが、俺のリサーチ的にはかなりの保有率であることは慥かだ。なんと、あの古瀬邸にも存在するのである。


「いらっしゃーい」


 ドアを開けると、最寄り駅で合流してやってきたいつものメンツが買い物袋片手に笑った。


「会場設営ご苦労! きれいになったか?」

「全部クローゼットにぶち込んだから大丈夫」

「全然大丈夫じゃねぇー」


 唯一この部屋を訪れたことのある千鳥がけらけら笑いながら上がり込む。後ろからやってきた叶野と巽は物珍しそうに部屋を眺めながらやってきた。


 手際と面倒見と段取りのいい千鳥が我が物顔で廊下のキッチンに立つので、残る三人はたこ焼き器をセットしたり千鳥の指示通りに生地を準備したりとこまごま働く。巽も料理ができると知ると叶野は「なんやねんそのギャップずるいわ!」とぎゃんぎゃん騒いだ。


「あり。綾ー、サラダ油どこやっけ?」

「下の棚開けたとこ」

「下……あ、あった。うわ全然減ってへんやんけ」

「あ、それについては言い訳が。どっちかっていうとごま油を使うほうが多いからです!」

「おうおう、聞いてもないのに言い訳するやん」

「千鳥の顔が怒ってた」


 と、キッチンに立つ千鳥からサラダ油と食材を受け取ると、この様子をじいいぃぃっと凝視していた叶野が神妙な顔になる。


「あのさぁ間宮、秋津、ずっと気になっててんけど……」

「うん」

「どした」

「二人ってさ、『あやとちどり』やんな?」


 しゃこしゃこしゃこ、と巽が生地を混ぜ合わせる音が響いた。

 ややあって巽が首を傾げる。


「なに言ってんだ叶野。間宮は千鳥で秋津は綾人だろ」

「ちゃうねん巽!」

「何がちゃうんだよ」

「ゲーム実況でそういう二人組おんねん。大学入学して知り合ったときはなんも気付いてへんかってんけど、改めて考えてみたら間宮は千鳥で秋津は綾ちゃんやねん! こないだ久々に新作上がってたの見たら千鳥が『大学入学した』とか『綾と同じ学科』とか言うしそもそも声が二人と一緒やし!」


 おおお……。

 俺と千鳥は顔を見合わせた。


 実際叶野の言うような二人組として活動しはじめてから、こうして特定されるのは初めてだったのだ。千鳥はへにゃっと笑って「まっさか叶野が視聴者さんとはなぁ」と肩を竦める。


「まあ名前そのままだし、ばれるときはばれるか」

「なんか恥ずいわ」


 巽だけが、しゃこしゃこしゃこ、と生地を混ぜ合わせながら頭にはてなを浮かべていた。




 俺、秋津綾人は高校生の頃、やんごとない事情があって実家から電車で一時間半かかる遠方の学校に通っていた。

 間宮千鳥は高校に入ってできた最初の友人で、コミュニケーション能力に長けた光属性の圧倒的オカンである。もともとパソコンが得意でゲームも好きだった千鳥は高校一年のある日、「ゲーム実況やろうぜ!」とピカピカの笑顔で持ちかけてきた。


 もともとゲーム実況に興味があったが、自室で独り言を言いながらゲームをすると家族に心配されかねない──というので、当時あまり実家に居たがらなかった俺を巻き込んだのである。


 貯めてあったお年玉や誕生日プレゼントを使って機材を準備し、男子高校生二人がホラーゲームをメインに実況する日々が始まった。大学受験や俺の引っ越しなどを理由に一時休止していたが、ようやく新生活も落ち着いてきたので、先日から活動を再開しているところなのだ。完全に趣味だし、知名度は高くないが、有難いことに固定の視聴者はそれなりにいる。


「巽は動画とか観る?」


 やれあの実況は泣いただの、やれあのゲームはお薦めだの、盛り上がる千鳥と叶野に聞こえないようこちらも内緒話をしている。


「キャンプとか料理とかたまに。それにしても秋津がホラーゲームなぁ……」

「フリー配布のホラゲが大流行りしてた頃だったからさ」

「大丈夫なんか」

「不思議なことに千鳥の家には寄ってこないんだよなぁ。あいつが光属性すぎて近付けないのかも」


 ローテーブルの上ではたこ焼き器がフル稼働しており、大阪府民二人が甲斐甲斐しく世話を焼いていた。おかげで京都府民(俺)と香川県民(巽)はさっきからひたすらたこ焼きを食べている。


 たこパというだけあって、大阪府民が用意した具材は多岐に渡った。

 定番のタコにはじまり、揚げ玉、ソーセージ、キャンディチーズ、ブロッコリー、餅、キムチに沢庵。鰹節も青ノリもネギもたっぷり用意して、味付けはソースとマヨネーズと味ぽん。美味い。どれも普通に美味い。うむ、いいな、たこパ。


「……間宮には話してんのか?」

「いや。なんにも」


 出会ったのは高校一年の入学式で、さすがに「幽霊視えるんだ~」などとあけっぴろげに言う歳は過ぎていた。高校三年間は極力視ない・聞かない・近付かないの三原則を貫き通したため、なんやかんやで打ち明けないまま今に至る。打ち明ける必要性のあるような問題も起きなかったのだ。


 いつかバレるのかな。

 別に、千鳥だし、「へーそうなん?」くらいでサラッと流されそうな気もするのだけど。

 ……まあ今じゃなくてもいっか。

 という日々を繰り返して早三年───


「……えっ」


 ふとそんな声に視線を送ると、叶野がスマホを見て硬直していた。

 ハンサムな顔面を蒼白にさせ、色素の薄い両目を見開き、唇を戦慄かせる。やがて我に返ったように立ち上がると、「悪い俺、帰るわ」とボディバッグを肩に掛けた。


「叶野、どうした?」

「すまーん! 姉貴から呼び出しかかってん! たこ焼き器そのまま使ってな。また今度返してくれ!」

「ああそれはわかったけど。駅まで行ける?」

「ヘーキ! ほんまゴメンな」


 叶野は慌ただしく部屋を出ていった。

 なんとなく心配になって、サンダルを引っ掛けアパートの廊下に出る。


「気をつけて帰るんだぞー。また月曜日な!」

「おう!」


 ばたばたと急いで駅方面へ駆けて行く叶野の後ろ姿が角を曲がって、見えなくなるまで見送った。あまりよい報せではなかったんだろうなと、叶野の蒼褪めた表情を思い返しながら。

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