[10-2]焼き鳥は塩レモン味で


 獣にしても鳥にしても、野生の生き物を食材とする場合に重要なのは下処理だ。命を奪えばその時点で生命と精霊の巡りが失われるので、処理は早いほうがいい。

 手間が掛かる上に汚れを避けられないが、ヴェルクもミスティアも作業を嫌がらず、狩ったその場できっちり処理を施してきたようだ。料理人としては即調理へ移れるので、ありがたいことである。

 よく太ったヤマドリを丁寧に解体し、可食部位ごとに調理台へ並べていく。大型の獣と違い、多少大きめでも鳥をさばくのは簡単であっという間だ。慣れているダズリーにとっては何てことのない作業だが、ヒナとミスティアが真剣な表情で手元を覗き込んでくるのはいかがなものか。この二人、どちらも狩人娘なのである。


「ダズ、さすがだな……手慣れてる」

「うん、てなれてるですの」

「ま、料理人だからな。おめの感想ありがとよ」


 素直な賛辞にはいつになっても慣れない。照れ隠しにおざなりな返答をし、残った鳥のガラを保存用の袋に包んで冷蔵室へしまう。白雪狼がひょこりと顔を出したので、一撫でして雪山の近くに包みを置いた。

 白狼の形をしてはいるが、精霊は基本的に食事を必要としない。特に関心もなさそうな素振りで、白雪狼は雪山へ潜り込んでいった。凍らせておけば日持ちするので、また別の機会に出汁取りか何かに利用するつもりである。

 

「さ、お嬢さんがた、手伝ってもらおうか」

「おじょうさん……?」

「うん!」


 ダズリーが滅多に口にしない単語にヒナは首を傾げるが、ミスティアは言われ慣れているのが見事に聞き流した。さすが資産家の妹だと感心しつつもわざわざ補足することではないので、ダズリーは構わず指示を加える。


「ヒナは、肉を適当な大きさに切ってくれ。俺もよくわからねぇがヤキトリサイズによろしくな。ミスティアはこっちの細いねぎ微塵みじん切りにしてくれ」

「かしこまります」

「葱なの? うん、わかった」


 袖をたくし上げてたすきを掛けてから神妙な顔つきでペティナイフを手に取る狐少女と、不思議そうに葱を手に取る戦乙女。和国のイザカヤで供される代表的な御菜おかずを、和国民ではなくヤキトリを食べたこともない料理人が主導しながら作る、という状況の滑稽こっけいさに、ダズリーは段々楽しくなってきた。

 和国独自の調味料は手元にないが、焼いたヤマドリの味なら想像できる。葱もわりとよく使う薬味だ。長年の経験と勘を信じ、味付けは塩とレモンにしようと考える。

 二人に下準備を任せ、ダズリーは可食部である内臓をボウルに移して酒と塩をみ込んだ。一羽分の量などたかが知れており全員に行き渡るほどはないが、美味な珍味なので無駄にしたくない。一旦手を洗い、次にヒナが切り終えた肉も同じく酒と塩で揉む。そのタイミングで厨房の戸が開き、大柄な人影がぬっと入ってきた。


「何か手伝うか?」


 砦リーダーであり、ミスティアの想い人でもあるヴェルクの登場である。しかしヒナにとってはいまだに怖い相手のようで、銀色の尻尾が落ち着きなく小刻みに動き出した。仕方ないのでダズリーは気を回し、ヒナを調理台の端に行かせて自分が間に立つようにする。

 どちらも仲間同士なのに盾にならねばいけないのも可笑しな話だが、魔族の子供が強面の人間を怖がるのも理解できるので、仕方がない。


「さてさて、肉のほうはこの串に刺して並べていくぞ。ヴェルクも手伝え」


 怪訝けげんそうに眉を寄せるリーダーも呼びつけて、手順を説明してゆく。細い竹串に、肉切れと輪切わぎりの葱を交互に刺すのだ。内臓部位は少ないので、串一つに一種類ずつ。鳥の皮も少しあるので、こちらは葱を挟まず串に刺してゆく。

 細かな作業はヒナもミスティアも得意とするところだ。若い娘が真剣な目つきで肉片を串刺しにしているさまに異様さを覚えたのか、ヴェルクはしばし然としていた。怪しむような紫色の目がダズリーを見、低い声が異議を申し立てる。


「なんでこんな、鳥の餌みたいに細かく……」

「やきとり、ですよ!」


 すかさず横槍を入れたのはヒナだ。細い眉をよせて目を険しくしているので、愛する故郷の文化にけちをつけられたと思ったのだろうか。一方ミスティアは喜色を満面にたたえ、長葱ながねぎをヴェルクの目の前に突き出した。


「ヴェルクもやろうよ! 肉の間に切った葱を挟むんだって!」

「葱? なんで葱限定……」


 ヒナには大層怖がられるが、ヴェルクは見た目ほど恐ろしい人物ではない。女性陣の勢いに押されて困惑気味に眉をひそめつつも、長葱を受け取っている。

 ダズリーとしても、なぜなのかを説明できるわけではないのだ。イザカヤ短編の各エピソード文末に簡単なレシピが記してあるので、それを参考にしただけである。間に挟んで焼くことこそ和国文化らしさなのだろう、と勝手に思っている。

 串刺し作業員が三人になったので任せ、先程ミスティアが刻んだ細葱に砂糖と塩、レモンと香味油を入れて混ぜ合わせてゆく。シンプルな味を好む者もいるかもしれないので胡椒も備え、それからオーブンの火蜥蜴ひとかげを呼び出した。


 厨房には鍋やフライパンを掛ける焜炉こんろとは別に、あぶり焼きができる煉瓦れんが製の竈門かまども置いてある。そこに鉄板を敷き金網を乗せ、火蜥蜴たちに加熱を頼んだ。赤煉瓦の上で三匹が連なり陽気に踊る姿はいつ見ても微笑ましい。

 適度に温度が上がったタイミングで、串に刺した肉を金網へ並べてゆく。火蜥蜴たちも金網の上へ移動し、大きく輪を描いて踊りながら回り始めた。小さな肉なので、火が通るまでさほど時間はかからない。染み出したあぶらがじゅうじゅうと音を立て、肉の焼ける芳ばしい匂いが充満してゆく。


「すごいね! いい匂いがする!」

「おにく、すごくおいしそう!」


 興奮して翼をぱたつかせているミスティアと、ヴェルクの存在も忘れて尻尾を膨らませるヒナ。どちらも目が爛々らんらんと輝いていて、さながら猛禽と猛獣だ。少々引き気味の我らがリーダーは、自主的にヒナから距離を取っているようだ。

 火蜥蜴たちも料理人の助手は慣れたもので、脂が滴り焦げ目がつき始めた串から順に尻尾の先を巻き付けて取り上げ、ダズリーに渡してくる。それを皿に並べ、熱いうちに塩レモンソースつまりタレを絡めれば完成だ。

 

「ダズ、食べてもいい?」

「いいけど、まだ熱いからな、気をつけろよ。肉の串は一本ずつな?」


 獲物を獲ってきた狩人たちを差し置き手を伸ばす食いしんぼう娘に注意を喚起してから、ダズリーは試食のために一本を手にして、すぐ鉄板の元へ戻った。串はまだあるので、食べながら焼くにしても目は離せない。


「すごくいい香りがする! ヴェルクも食べて食べてっ」

「お、おぅ。勢いよく突き出すんじゃねぇよ」


 はしゃぐミスティアにヤキトリ串を押し付けられ、ヴェルクは戸惑い気味にヒナを見ているが、当人は肉に夢中なのか珍しく怖がる素振りを見せなかった。なぜか各自が串を一本ずつ持ち、三人で火蜥蜴たちのように輪になっている。

 料理人としてはやはり、食した時の反応が気になるものだ。さりげなく観察していれば、若者三人はまたもなぜか一斉に、ヤキトリへかぶりついた。


「すっぱい!? おいしー!」

「うわぁー美味しい! 脂が甘いっ」

「うん、すげぇ美味い。ネギ、合うな」


 本来のヤキトリは甘塩あまじょっぱい味のタレを使うらしいので、ヒナの口に合うか案じていたが、杞憂きゆうで済んだようだ。一口目で驚いたように毛を逆立てたあと、ぶわっと膨らませたまませわしく揺れる尻尾を見ていれば、彼女の喜びようが伝わってきて胸が温かくなる。

 ヤマドリの適度に締まった肉質と上品な風味にレモンの酸味が染み渡り、ほのかな塩味が脂の甘みを引き立てていた。端が焦げて増した香ばしさが、肉の旨味を一層味わい深くしているようでもある。

 美味しい物は、人を童心に返らせるものだ。共に食卓を囲めば、互いに信頼も芽生えるという。これで少しはリーダーへの苦手意識も減るといいと思いながら、ダズリーはヤキトリを噛み締めつつ本で読んだ情景をゆっくり思い巡らせてみた。


 仕事帰り、馴染みの店へ立ち寄って酒を飲みながらヤキトリをつまみ、店主としっとりした会話を楽しむ。故国ではもう叶わなくなってしまったささやかな日常も、和国でならまだ再現可能なのだろうか。

 ほろ酔い気分で土産を包んでもらい家路につき、明かりの灯った家の扉を開ければ――。


 その先は、想像するのをやめにする。

 叶わなかった過去よりも、今は、望む未来を得るために。


 うかうかしていると、小さな肉片はあっという間に黒焦げだ。第一弾を食べ終えた若者たちに味付けを任せることにして、ダズリーは雑念を振り払い、火蜥蜴たちと一緒に焼き上げ作業へ専念した。




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