[10-3]いつか、一緒に故郷へ
和国は元々、龍が
皮肉にも、海賊に
戦乱の絶えぬ大陸では国家の興亡も激しく、和国と安定した国交を持つのは
実際にはヒナのように海賊の手で大陸に連れてこられた者や、様々な理由で大陸に来たのち特定の国家に帰化した者の子孫などもおり、特に
故郷を治めるミカドとやらを敬愛し、和国の料理に似せた品を作ってやれば目を輝かせ、ガフティと和国の風習について意気投合する。これほど故郷を愛している少女が、身寄りもなく同胞もいない異国の地で言語を学び、こちらに馴染もうとしているのだ。その心にあるのは、もはや故郷へ戻る手立てなどないという
少なくとも
無心に串肉を焼きながらつらつらと思考を巡らせば、
名案を思いついたとの自覚とは裏腹に、胸の奥が切なく
今さら彼女のいない日常に戻ったとして、どう生きていけばいいのだろう。そう思う反面で、仕事に追われる日々に心はすぐ順応するのだとも、経験から知っている。
『自分のココロを押し
「おぅあ!?」
不意に耳の奥へ
「
『わたくし、呼ばれて飛び出す恋の鳥でございマス。皆さまごきげんよう。熱く恋心を燃やしておりマスか?』
ヴェルクが
中位精霊の声は鼓膜を通して伝わる肉声の場合と、意識に直接入ってくる場合がある。あの一言は明らかに、ダズリーのみへ届けられた言葉だった。ヒナの前で自分の心情を
「どしたの、ダズ。おねつあるですの?」
「ないないない、
勘の良い少女に先程までの余計な思考を悟られたくなくて、ダズリーはぶっきら棒に言うと片手を振った。ヒナは
「えへへ、ダズ、ありがとですの。なつかし、うれしい」
「お、……おぅ」
いつもと変わらぬ
心を押し潰す、など。
分不相応の想いを育ててどうするというのか。
年齢ばかりか、種族が異なるゆえに寿命も大きく違ってくる。それだけでなく、この場所はいつ戦火に呑まれてもおかしくない隠れ家だ。若く美しい娘を非業の運命に巻き込むわけにはいかない。いや、巻き込まれて欲しくはないのだ。
深く黙考していたせいで、ダズリーの顔はしかめっ面になっていたのだろう。狐少女の顔から微笑みが引き、揺れる薄荷色が気遣わしげに自分を見ていると気がつく。
「ダズ、ひとりでやかせて、ごめんなさい」
「んなっ……俺は料理人だぜ。おまえさんたちが嬉しそうに食ってる姿を見てるだけで、十分なんだよ」
思いもよらぬ心配をされていたことに自分の至らなさを痛感させられつつ、笑顔を曇らせてしまった詫びにと焼き立ての一本を手渡した。表情は変わらぬものの、大きな狐耳がぴこんと動いたことにひっそり安堵する。
食えよ、という言葉の代わりに口をついたのは「でも」という逆接だった。
「な、いつか一緒に本場のヤキトリを食いに行こうぜ」
言ってしまった、という思い半分、言っておかねば、という意識が半分。心にしまい切れなかった一言がどんな葛藤を経てこぼれ落ちたかまでは、悟られることもあるまい。
実現できるにしても、口約束で終わるとしても。
自分はやはり、ヒナと一緒に和国へ行ってみたいと望んでいるのだ。
少しの沈黙を揺らすのは、
少女は薄荷色の目を瞬かせてから、破顔一笑した。その眩しい笑顔に料理人は、彼女の内にある愛郷心の深さを思う。なぜか悪い気はしなかった。
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