[chat 4]生誕祭と金色カステラ・後編


「で、結局、八十八やそは祝いって何なんだよ……」

「あー、えぇとなァ」


 帝のお誕生日は、金色の麒麟きりんである帝にちなんで、金色のおめでたいお菓子でお祝いするのが慣例だ。乗り気じゃないのかな、ってわかるくらいに難しい顔のまま、それでも優しいダズは今、金色のお菓子を考えて作ってくれている。

 もちろん和国のお菓子が一番良いのだけど、僕は作り方を説明することができない。大陸にも美味しいお菓子はたくさんあって、たとえばこの前作ってくれた甘芋のお菓子も金色だった。帝は慈悲深いお方だから、有り合わせのお供えでも微笑んでくださると思うんだ。


 ダズのお手伝いもしたかったけど、僕にはまだすべきことがある。黄色いお花を探して、帝に捧げる花冠を編むんだ。胡蝶蘭こちょうらんは用意できないけど、砦の外には今たくさんのタンポポが咲いている。可愛らしくもしたたかなこの花のように僕も、めげずに頑張っていきたい。だから、タンポポを選んだ。

 ガフ隊長は僕とダズを見比べて、剃髪ていはつ頭を撫で回しながらしんみり語ってる。


「和国には、政治実権を持たないミカドってのがいるんだと。魔族なんだが和国の固有部族で、キリン……だったけかなァ。虫も殺さぬ優しい気質タチで、滅多に皇宮コーグーから出てこないんだが、和国民はその姿を一目見れば無病息災、皇宮コーグーのほうに祈れば加護が受けられる、って本気で信じてるらしいぜ」

「ほぉ、……さっぱりわかんねえながら一応は把握はあくした。で、キリン様の八十八歳の誕生日ってことだな?」


 すごい、ダズってば無関心そうに見えたのに、ちゃんと意味を把握はあくしてる。料理の手際がすごく良い彼は、僕が花冠を編み終えるより前にもう、オーブンを起動してヒトカゲたちと語らっていた。

 しかめっ面でも、無精髭でも、精霊たちはダズの優しい心を感じ取れるらしい。ヒトカゲたちはいつも楽しそうに料理のお手伝いをしているし、僕もダズのそばにいるのが一番安心できて、寂しくない。

 最初は師匠に似てるって思ったし、師匠以外の人間とこれだけ近く過ごすのも初めてで、僕はダズが師匠と同じくらいの歳だと思ってた。

 でも、違うみたい。

 お髭と表情で年齢不詳に見えただけで、ダズは思ってたよりずっと若かった。ふとした拍子にうれえた表情を見せるときや、あまり笑わない彼が優しく微笑むとき。僕の心は、風に波立つ湖面のように揺れ動く。

 消えてしまいそうで、怖くて、思わず――引き留めてしまう。

 たぶん彼は、気づいていないのだと思う。深みある色の両目が孤独を映して遠くを眺めやるとき、その孤独を埋める存在になれないことを、僕が悔やんでいるんだって。


 四角いケーキの型がオーブンの中へ飲み込まれてゆく。ヒトカゲたちは滅多に焼き加減を失敗することがないので、きっと今回も大丈夫だろう。

 つい目を奪われ手を止めてしまったけど、僕の花冠もようやく完成だ。一つ、二つ、……全部で四つ。本当は八つ作りたかったけど、さすがにそこまでタンポポはなかったのだ。


「やそはじゅは、こがねの色でおいわいするですよ」


 ダズが火加減をヒトカゲに任せて一段落したので、僕も話に加わってみる。上手に伝えることができなくても、このお祝いの仕方をダズにも知ってほしい。


「和国の文字では八十八が黄金こがね色を意味するらしいぜ。さすがに、俺も詳しくは知ンねェが」


 つたない僕の説明を、隊長が補足してくれた。ダズはしかめっ面のまま、深く頷く。


「だからヒナはタンポポ編んでんのか。何にしても、ヒナや和国民にとって大事な祝い……なんだな?」

「うんっ」


 大事だということをわかってもらえて、僕は嬉しくなった。思いきり頷いた動きに連動して、尻尾も大きく揺れ動く。しかめっ面が柔らかくなり、ダズはそこでようやく僕を見て笑ってくれた。

 なんだ、ダズは別に帝を嫌っていたわけじゃなかった。

 理解できない祝い事に巻き込まれて、どんな気持ちで向き合えばいいか考えあぐねていたんだろう。だってダズの赤い目には僕を心配する色が揺れていたから。


 彼が僕をいつも子供扱いするのは、いまだに僕がきちんと自分の考えを伝えられずにいるから、なのだと思う。

 そうじゃないって主張するだけじゃ、意味がない。

 僕自身がしっかり言葉を覚えて、過不足なく想いを伝えられるようになれば、ダズは僕を子供ではなく一人前の――存在として、見てくれるようになるんじゃないかなって。

 だから、そのためにも。


 隊長が調達してくれた紙を折り、帝を象徴づける麒麟を作る。似顔絵でもいいし国旗でもいいのだけど、ダズにとって一番わかりやすいと思ったのだ。

 ちょうどオーブンからヒトカゲの歌が聞こえてきた。ダズがケーキの型を取り出しながらヒトカゲたちと語らっている姿は、いつ見ても心が温かくなる。


「ほらよけろ、縮み防止に落とすぞ」


 トン、トンという鈍い音は、どこかで聞き覚えのある手順だった。思わず覗き見た視界に飛び込んできたのは、何と――故郷で大好きだった金色の。


「すごぉい! かすてら!」


 胸を駆け巡る嬉しさに、尻尾の毛がぶわっと逆立つ。思わず僕はダズの腰に抱きついた。

 一体どこで、いつの間に、カステラの作り方なんて調べたのかな。甘くてふわふわで綺麗な金色のお菓子、八十八やそは寿祝いにこれ以上ぴったりなお菓子なんてないくらいの。


「おい、だから熱いもの持ってる時は腰にしがみつくんじゃねえよ」

「だいじょうぶ!」


 苦言には、ミストの口癖を返しておく。

 だって僕がしがみついたくらいでけたりしないのは、わかっているもの。


 ダズは一瞬口をへの字にしたけど、もう何も言わなかった。テーブルの上でカステラのシートを剥がし、丁寧に切り分けていく。断面はもうそれは見事な黄金色で、見知らぬお菓子を上手に焼き上げる彼の手腕に僕は毎回びっくりしてしまう。

 しっとり上品な香りには、ほんの少し酒精が混じっていた。嬉しい、きっと帝も喜んでくださるはず。


「これ、普通に皿に分けていいのか?」

「わけて。おいのりしてから、いただきますの!」


 ダズは普段見たこともないような可愛い菓子皿を出して、三切れずつ乗せてくれた。僕は花冠と麒麟の紙細工を持ち、隊長とダズが二皿ずつ運んでくれて、食堂へ向かう。

 和国は砦からだと、影竜南東の方角になるらしい。食堂内の影方南東側のテーブルに花冠を並べ、真ん中に麒麟の紙細工。その前にカステラを一皿置いた。


「なあ、和国の奴らって皆あんな感じなのか?」

「そーそ、俺の相棒ダチもよく、下ッ手な似顔絵描いて窓に貼り付けて、拝んでたなァ」

「そうか……よほど大切なんだなぁ」


 隊長のご友人は似顔絵派だった。その光景を想像して懐かしさを覚えつつ、僕は紙細工の前で姿勢を正す。隣に来た隊長が腰から刀を外し、テーブルの手前側にそっと乗せた。

 改めて両手を合わせ、一礼して、願いを口にする。


子供チビたちが、幸せに笑える巡りになりますようにィ」

「ダズがながいきして、たくさん笑えますように!」


 隊長がまるで和国民のように堂々ともうでたので、僕は思わず笑ってしまった。それから振り向いて、ダズを見る。僕の想い、どうかダズにも伝わりますように。


 頑張って、たくさん勉強して、僕はいつかダズに追いつきたい。

 子供だなんて思われないように、隣を――もしくは背中を守れるような存在として、ダズに認めてもらいたいんだ。

 だから、どうか置いていかないで。

 踏みとどまって、生き延びて、僕と一緒に新しい世界へ。


「……ありがとな」


 くしゃくしゃの笑顔が、ダズの答えだった。本当のところ、僕の想いはどれほども伝わっていないかも、しれないけれど。僕は諦めずに、頑張ろうと思う。


 三人でそのあと食べたカステラは、絶品と言ってもいいくらいの甘さだった。

 きっとダズなら和国へ引っ越してきても、和菓子屋さんを営んで上手くやれるんじゃないかな。僕は勝手にそんな想像をして、一人尻尾を揺らしていたのだった。


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