〈閑話〉彼方の故郷へ祈りを

[chat 4]生誕祭と金色カステラ・前編


 僕の故郷は大陸の月方側に位置する、和国と呼ばれる島国だ。

 大陸共通語コモンを勉強して知ったのだけど、大陸にある国はどこも大抵、王様が最上位にいて国全体を支配しているらしい。故郷と全然違うスタイルに、最初はびっくりして全然イメージがわかなかった。今もたぶん、あまり理解していないと思う。


 僕の故郷で最上位におわすのは、みかど麒麟きりんという特別な存在で、とても慈悲深く立派なお方だ。普段は皇宮こうぐうの奥深くで僕ら和国民のために祈りを捧げながら民の暮らしを見守っておられ、大きなお祭りや式典があるときに姿を現してくださる。

 淡い金色に輝く髪と、遠くからでもわかる地面から浮いたお姿。

 ひとめ見れば無病息災、どんな遠くに在っても皇宮の方角へ祈りを捧げれば、光の加護を与えていただけるんだ。


 帝の誕生日には、特別な生誕祭が行われる。毎年巡る誕生日の中でも数字が重なる年は特別なもので、国全体が大きなお祭りに沸くことになる。

 七十七なづな寿の祝いのとき、僕はまだ故郷で師匠と一緒だった。師匠が作った最中もなかと黄色い胡蝶蘭こちょうらんを飾ってお祝いし、帝と師匠の長寿を願ったものだった。あれから十一年、数え間違いでなければ今年は八十八やそは寿だったはず。故郷ではきっと大きなお祭りが開かれているんだろうな、って思ったら、少し寂しくなった。

 ダズに話せば、祝いのお菓子を作ってくれるかもしれないけど、僕のつたな共通語コモンでわかりやすく説明できる自信がなくて。ダズは優しいから一緒に考えてくれるだろうけど、最近は夜遅くまで和国語の本を読んでいるようだから、これ以上負担をかけたくないとも思う。

 ダズが和国の風習だったり料理だったりを知ろうとしているのは、僕のためだ。でも、そのたびぎる寂しげな目に、何か悲しいことを思い出しているんじゃないかって心配になるんだ。


 僕は皇宮の方角と思われる窓から空をあおぎ、両手を合わせて一礼をする。故郷と同じ仕方で帝の慶事をお祝いできないのは、少し寂しい気がするけど、帝はきっと遠い地にいる僕たちみたいな民のためにも祈ってくださっているはず、だもの。

 深呼吸して気持ちを切り替えたら、厨房ちゅうぼうに行こう。朝ごはんの片付けが終わってなければ手伝いたいし、一人で砦内をうろうろするのはまだ怖いっていうのもある。


 この時間だとミストもフェリアも砦内の用事をしているはず。一人の時にはなるべく人間のひとと鉢合わせないよう、気配を殺して厨房へ向かう。珍しくダズが廊下に出ていてガフティ隊長と話をしていた。

 二人が僕に気付いたのかこっちを見る。ダズはあまり表情を変えず、無精髭が散った顎を手で撫でていたけど、隊長は短めの眉をくいっと上げて、にやりとした笑みを浮かべた。


「よォ、ヒナちゃん。一緒に八十八やそは祝いやるかィ?」


 え、と思わず聞き返す。

 隊長の今は亡き友人が和国の人だったのは知ってたけど、まさか八十八やそは寿のお祝いについて言われるとは思ってなかった。もしかしたら、故郷と同じ仕方でお祝いができるかもしれない?

 気づけば尻尾が上がっていた。胸をどきどきさせながら僕は二人のほうへ駆け寄る。


「たいちょー、やそはじゅのお祝い、しってるですの!」

「こいつの持ち主だった相棒ダチが、前に言ってたんだよなァ。数字が揃うミカドの誕生日は、繁栄と無病息災を祈っていつもより大きく祝うんだろ? 今年の今日が八十八やそは、次の巡りは十一年後で九十九つくもだっけか。奴の代わりに、俺が祝ってやろうと思ってよォ」


 隊長はいつも腰に、立派な和刀をいている。ご友人の形見というそれをすごく大事にしているのがうかがえて、大の仲良しだったんだろうと思う。

 会う機会はなかったけれど、そのご友人が故郷を離れても和国の風習を守り続けていたことが嬉しかった。帝を想う心は一緒だったんだなって。


「うれしい! みかど、ずっと遠いですけど、ヒナのおいのりとどくかな……」

「今日はよく晴れてるからイケるだろよゥ、『の鏡と空の道はどこからだって見える』からなァ」

「うん、よかった」


 隊長の口から故郷のことわざが語られるのも、嬉しい。気づけば僕の尻尾は波立つ心に合わせ大きく揺れていて、隊長やダズに心の内が丸わかりだということに少し恥ずかしくなった。だって、隊長もダズも僕の尻尾を見て笑って――、あれ?


 ダズは普段からしかめっ面なことも多くて、にこにこ笑うタイプではないけど、今日は一段と眉間にしわを寄せてる。なんか、あまり機嫌が良くないみたい。

 楽しげだった隊長の顔が引き締まる。彼は、百人隊長をしていただけあってすごく察しがいいんだ。僕の心配を見抜いたに違いなかった。自然、僕と隊長の目はダズへ向く。

 できるならダズにも、帝の八十八やそは寿を一緒に祝ってほしい。でも大陸の人は帝ではなく、精霊王とか種族の王様をあがめるようだから、僕たちの感覚を奇妙に思うこともだんだんわかってきている。

 ダズがあまり帝を良く思っていないとしても、僕が頼れるのはダズしかいないんだ。隊長は料理はできるけどお菓子は作れないし、僕も作れない。

 毎日忙しいダズを煩わせて、本当にごめんなさい。

 そのぶんも誠心誠意をこめて、僕はダズの長寿繁栄を願うから。


「ッちゅーことで、黄金こがね色の菓子を作ってくんねェか、ダズ」

「あまい、ふわふわっ、きんいろの! おねがいダズ」


 意を決して口にしたお願いは見事に隊長と被ってしまったけど、ダズの眉間に刻まれていた皺が少しだけ緩んだ気がした。





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