戦乙女の恋愛相談
[9-1]恋の鳥と春告鳥
内陸に位置し、温暖湿潤な気候に原生の森という相乗効果もあって、ダグラ迷い森は年中湿度が高い地域である。それでも精霊が多く住んでいるためか精霊力の巡りはよく、晴天の日には塔の周りを
ヒナと一緒に朝食の片付けをしていたダズリーはふと、何かに呼ばれた気がして食堂の窓へ目を向けた。石壁を切り抜いただけの窓は今の時間、
森の涼が香る風に吹き
「……ん? 生き物、か?」
違和感のある光景に、ダズリーはあまり良くない目を
夜桜工房の奥方に春色のワンピースを贈られて以来、少女の装いは以前とだいぶ違っている。
少女はそんな料理人の心境を知ってか知らずか、変わらぬ態度で接してくる。それが一層ダズリーの困惑を加速させるのだった。
「何かいる、です?」
「おぅ。見てくるか」
自分の内側にそう言い聞かせ、ダズリーは
「ヒナも、いっしょにいくです」
やわらかく、二の腕を掴まれて心臓が跳ねた。動揺を悟られぬよう
「ヒナは、テーブルを拭いといてくれると助かるぜ」
「いきだおれかも、だもの」
「ここに危険な奴は近づけねぇだろ」
「はんげき、されるかもですの!」
強めに言い返され、思わず息を詰めた。狐の少女は耳を
彼自身は気にしていない、むしろ忘れ去っていた出会い頭の事故を、ヒナは今でも気にしていたのだと知る。照れも気まずさも忘れて、思わず手を出し少女のベレー帽に触れた。
「何だよ、おまえさん……俺を引っ掻いたこと、まだ気にしてたのか」
「ダズ、いたかったもの……」
「子供に引っ掻かれたくらい、大したことじゃねぇぜ」
気にするな、の意を込めて頭を撫でてやれば、ヒナは綺麗につった眉をますます寄せて、小さく
「ダズ、またヒナを子供あつかいするぅ」
低められた声は強い感情を
『お嬢さん、恋煩いですネ。わたくしの羽をあげまショウ。恋愛成就の御守りデスよ』
その瞬間、場に何とも形容し
聞き慣れた、軽快な足音が近づいてくる。食堂の扉を勢いよく開けて入ってきたのは、ラベンダー色の翼を広げた砦の戦乙女、ミスティアだ。
「ダズ、ヒナ!
場の空気を壊してくれた上に謎の鳥の正体を看破してくれた春告鳥に、ダズリーは心の中で感謝する。ちらと様子を
炎翼鳥といえば代表的な炎の中位精霊だが、その羽根に恋愛成就の効用があるなどという話は聞いたことがない。いや、炎魔法に短時間だけ相手を魅了する魔法があった気もするので、あながち根拠のない話でもないのだろうか。
「えんよく、ちょう?」
「そうだよ。炎の中位精霊で、癒しと精神作用の魔力を持ってるの。炎翼鳥さん、どこからきたの?」
『そう、わたくしは恋の鳥なのデス。この羽には恋愛成就のご利益があるのデスよ。お腹がすきましたので、甘い恋心を感じさせて頂こうかとやって参りマシタ』
「こいの、とり……」
ヒナが気まずそうに視線と尻尾を揺らしたが、ミスティアはその言葉に何を思ったか、背の翼を大きく広げて炎翼鳥に詰め寄った。
「そうなの!? あの、炎翼鳥さん。良かったら、ぼくと……握手、してほしいの」
『アナタは恋の病デスね。握手といわずに、わたくしの羽根をむしって御守りとすれば良いのです。さあ、遠慮せずドウゾ!』
「羽根をむしるだなんて、そんなことはできないよ……」
精霊の中でも特に中位のものたちは、人間に近い感情を持っているという。ダズリーは黙ってヒナの側までゆき、少女の肩で羽毛を膨らませ胸を張る鳥を両手で抱えた。そして逃げられる前にミスティアの肩へ乗せる。
元より精霊は人族の感情に敏感だ。中位精霊ともなれば、表層に浮かんだ意識を読み取ることもできるらしい。当然、ミスティアが恋心を抱く相手も筒抜けである。
「さ、ヒナ。さっさと洗い物終わらせてしまおうぜ」
「うん」
「待って」
自称恋の鳥のせいでヒナとの間に生じた気まずさがミスティアの乱入で
「ほぅ、凄いじゃねぇか。山葡萄の穴場でもあったのか?」
「そうなの。でもこれ野生種だから、完熟はしてるけど酸っぱみも強いと思うんだ。それでね、実は厨房とオーブンを使わせて欲しくって」
籠を掲げて中身を見せつつ、ミスティアはどこか必死さを感じさせる表情でダズリーを見上げる。他人のこととなれば意図を察し、ダズリーの口元には思わず笑みが上った。
「もちろん、構わねぇぜ。大量に作るのでもないだろうし、材料も好きに使えばいい」
「ほんと!? ありがとうダズ!」
濃青の両目が大きく見開かれ、頬が上気して翼が広がってゆく。嬉しそうなミスティアの肩で炎翼鳥もまた、冠羽と胸の羽毛をふんわり膨らませ翼を広げていた。その所作はどこか得意げにも見える。
『わたくしも手伝って差し上げまショウ。胃袋をツカムのはプロセスの基本デスね』
「炎翼鳥さんも手伝ってくれるの? わかった、ぼく頑張る!」
ダズリーとしても、必要があれば手伝うつもりはあったのだが――。
炎翼鳥と一緒に張り切って材料やら道具やらを準備し始めたミスティアは、勝手知ったる厨房といった様子で手慣れている。これなら、任せておいて大丈夫だろう。
「ダズ、あとかたづけ、がんばろうです」
「そうだな、何か聞かれたら手を貸してやるか」
料理はともかく恋の駆け引きに関しては料理人の出る幕などない。いそいそとエプロンを身につけて流し台に立つヒナを眩しく思いながら、ダズリーも片付けの続きに取り掛かるのだった。
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