魔導具職人と春色ワンピ
[8-1]厨房の危機
ダグラ森砦の
厨房の主力、革命軍の胃袋を養う
それでも今まで不具合なく動いていたのは、オーブンに
だがこの
調理用機械の扱い方は知っていても、不具合箇所を見分けられるわけではない。精霊が見えて意思疎通できても、彼らの調子が良いかどうかは判断できない。無力感に打ちひしがれるダズリーを心配したミスティアが厨房へ連れてきた助っ人は、精霊使いである兄のローウェルだった。
「なるほど、これはオーブンの不具合だね。火蜥蜴たちはしょんぼりしてるけど、調子が悪いわけではないから安心して」
「兄さん、治せる?」
「精霊の不調だったら何とかできるけど、機械のほうは専門外かな……」
息を止めるかのごとく真剣に兄妹のやり取りを観察していたヒナの尻尾が、しおしおと下がって床を掃き始めた。心から落ち込む狐っこの様子を見て、ダズリーはつい苦笑する。
「オーブン、いきかえらない……?」
「まだ死んでねぇだろ。でも、どうなんだろうな。買い換えにしても修理にしても、伝手がねぇと無理だよな」
「そだよね」
耳も尻尾も下がり切ったヒナを慰めるように、火蜥蜴たちがヒナの肩や頭上に乗ってきた。言葉が通じなくても一緒の時間を過ごしていれば、互いに気持ちを通わせられるようになるのだろう。
食事とおやつのバリエーションが減ったことだけでなく、オーブンが修理可能かという点もヒナは気にしている。ローウェルは商売人なので買い換えとなれば人脈を当てにできるかもしれないが、このオーブンは火蜥蜴たちの
しかし、それを聞けば彼は「技師には信頼できる伝手がなくて」と困った顔をした。確かに、隠れ家でもある砦に招いて修理してもらうとなれば信頼性が何より重要となる。加えて腕も良い技術者となると――。
ダズリーの頭の中で思考がまとまりそうになっていたところで、勢いよく厨房の扉が開いた。へたり切っていたヒナの尻尾が途端にぶわっと太くなったので、相当驚いたようだ。
重苦しい空気を吹き飛ばす勢いで入ってきたのは、先日から砦入りしたアライグマ獣人の姉妹、キアラとティアラだ。オーブンの周りに集まるダズリーたちを見て、二人が口々に話し出す。
「失礼しますね。フェリアちゃんに、年代物のオーブンが壊れたとの話を聞きまして」
「ちょっと見せて見せて。あー、これ、相当古いけどいいやつだね」
この二人、工業都市の職業訓練校を卒業していたはずだ。二人で目配せし合いながら調整つまみを上げ下げする様子を観察していたヒナの尻尾が、期待を表すようにじわじわと上がり始める。
「なおせるですの?」
「あたしたちは薬学部だったから魔法工学は専門じゃないけど、直せる友人がいるよ」
「皆様もご存知の夜桜工房、あちらに問い合わせると良いですよ。紹介していただけると思います」
残念ながら今すぐにとはいかないようだが、朗報だ。ミスティアが兄と顔を見合わせ、大きく頷いていった。
「ヴェルクがナイフを買ってきてくれた工房だよね。ぼく、ヴェルクに話してくる!」
風のように飛び出して行ったミスティアを見送っていると、姉妹が小声で話しているのが聞こえてくる。いつかのように目が
「ロア一人で森は抜けられないだろうし、リリーも来るかもな」
「そうしたら旦那様も一緒にくるわね。まぁ、嬉しい、作業の間は私、壁になって二人を見守ることにするわ」
「あたしは天井になって……」
ヒナがすっと後退り、ダズリーを盾にするように背後へ隠れた。
見知らぬ訪問者への予感に警戒したのか、姉妹の会話に引いたのか定かではないが、ダズリーとしても革命軍へ武器を
***
作り置きのクッキーは昨夜で尽き、今日は朝から厨房の片付けと整理整頓に追われて、ダズリーにはおやつを作る余裕がなかった。食事は種類が少なくおやつも抜きで、食いしんぼう娘も流石にへこたれている。
砦を訪れた三人――正確には女性二人とアライグマ姉妹は顔を合わせて
「ああ、ここの調整盤がイカれちゃってるのかも。一番使う部分って一番触るから、魔法文字がすり減って誤作動起こしたりするんだよ」
「この部品は
狼獣人のロベリアは青紫色の獣耳とふさふさの尻尾を
彼女の側で桜色の耳としなやかな尻尾を揺らしながら熱心にメモを取る猫獣人の女性が、夜桜工房のメルリリアだ。愛らしい顔立ちと白基調のロングワンピース姿は清楚な印象を与えるが、その
砦の厨房は一般家庭と比べ物にならない広さがあるとはいえ、人が集まれるような場所でもない。壁や天井になると話していたアライグマ姉妹たちも、作業の邪魔になると思ったのか早々に自分らの持ち場へと戻って行った。
作業の様子を見守るのはダズリーとヒナ、そして夜桜工房の鍛治師アッシュである。メルリリアの夫である彼は黒獅子の獣人で、ダズリーから見てもかなり大柄な、厚みのある筋肉質体型だ。アライグマ姉妹が言っていた通り、妻のメルリリアとはだいぶ体格差がある。
無口な男だが、不思議と近づきにくさはなかった。邪魔にならないよう気を遣ってか、厨房の隅に立って作業の様子を見守っている。ヒナも彼のことは怖くないようで、隠れることもなくお気に入りの椅子に乗って膝を抱えていた。
ただ待つだけの時間は長い。女性技師二人が熱心に作業をしているので迷ったが、ダズリーは手空きの二人に声を掛けることにした。
「アッシュ、珈琲でも淹れようか? ヒナも、カフェオレ作ってやるから元気出せ」
「そうだな、もらおうか。大丈夫だ、今日の夕方には間に合うさ」
「…………ん」
ダズリーがヒナのため小鍋にミルクを入れて温めていると、アッシュは壁際から近づいてきてヒナの隣に座った。低い声で話す内容までは聞き取れないが、鞘に入った刃物をテーブルに乗せているところからして自分の作品を見せているのだろう。ヒナも素直に聞き入っているようだ。
落ち着いた大人の男に見える彼は実のところ、ヴェルクよりもずっと若い。メルリリアとはまだ新婚らしいのに浮ついたところがないのは、二人が深い信頼で結ばれているからだろうか。妻帯者であることに安心感を覚える自分を
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