[7-2]お土産サボテンでふわふわ卵とじ


 シャイルが以前住んでいたというエレーオル国は、人間の王を戴く国家だが国民は多種族混合である。翼族や獣人のみならず、魔族であっても人いを犯していなければ居住と就職が許される数少ない国家だったのだ。

 しかし三年ほど前に人いの魔族と犯罪集団がつるんで起こした事件の影響で、国内では魔族に対する排斥運動が高まった。特に若者たちが徒党を組んで行う魔族狩りという暴力行為が横行し、今も大きな問題になっているという。シャイルが重傷を負ったのもその被害にったからだった。


「あたしらの卒業校でも教師センセーが暴行されたって言うし、国がもっと早く動いててくれればさ……っては思ったけど、実際問題難しいよなぁ」

「保護を手厚くすれば不公平感が出て、政府への反発が強まりますから。公職に就いてるなどの立場や理由がないと、ですね」


 姉妹は今のエレーオル国現状を口々に伝え、うれいを帯びたため息をついた。彼女らはシャイルを心配すると同時に、罪のない魔族たちを迫害する世間の波に義憤を抱いて砦へやってきたらしい。

 大陸を覆う戦乱の根本には、他種族をしいたげる魔族の横暴とそれを看過かんかできぬ人間側の軍事行動がある。双方の板挟みになり苦難を強いられるのは、シャイルやヒナのように融和ゆうわを望む魔族たちだ。

 彼女らはその危惧きぐを共有しようと、わざわざ森の奥地に分け入り砦を訪ねてきたのだった。ここダグラ森砦でもシャイルの砦入りを巡り、大きな反発が巻き起こったのは記憶に新しい。ヒナが獣人のふりをしているのも、同じ理由からだ。


「それについては俺も、気にかかってた。何かいい方法を考えねえとな」


 眉間にしわを刻んで真剣に話を聞くヴェルクも、同じことを思い出したのだろう。例えば魔族国家を打ち倒したとして、大陸の覇権を握った人間の国家が魔族を見境なく迫害するのであれば、それは立場が入れ替わっただけだ。戦乱を終わらせ、世界に平穏と優しさをもたらすという目的とは程遠い。

 議論の行方に興味はあったが、厨房担当としてはいつまでも耳を傾けているわけにはいかない。彼女らから土産の包みだけ預かり、厨房へと引っ込んだ。そろそろ昼食の準備をしなくては。

 ダズリーが戻ってくるとヒナは安心したのかお気に入りの席へと戻り、机に教本を広げた。――と思うと、不意に顔を上げて首を傾げる。


「ダズ、まちょはんたーしすたずーって、なに?」

「ブフォッ」


 思わず吹き出した勢いで葉巻を落としかけ、慌てて止めたせいで、変な息が出た。シャイルがアライグマ姉妹に言い放った謎の文字列を、ヒナは聞き取っていたらしい。

 人間は剣の民とも称され、一般的には武器の扱いにけている。砦で非戦闘員扱いのダズリーも、長剣の扱い方くらいは知っていた。一方、獣人は牙の民と称され、得意とするのは肉体を武器にした格闘戦である。

 鍛え抜かれた肉体は獣人たちにとって羨望せんぼうの的だが、シャイルの話によればこの姉妹は幼少時から人一倍筋肉美に対する憧れが強かった、らしい。その傾向は魔法工学の学校に通うようになっても変わらず、むしろますます大きくなり、同級生から筋肉美観賞同好会マッチョハンターシスターズとあだ名されるほどになったのだとか。


 そんな話をどうにかこうにか説明すると、ヒナは不思議そうに首を傾げていた。彼女は獣人の振りをしているが、本当は妖狐という魔族である。今は言語に不自由なため語彙ごいも少なく、価値観の違いが露呈ろていせずに済んでいるが、いずれ大陸共通語コモンだけでなく各種族の文化についても教えていかねばならないな、と思う。

 そのためにはダズリーも和国語を覚えねばならないのだが、和国語を扱う教本が少なくて難航しているのだった。


「それ、なに?」


 ぼうっと考え込んでしまったようだ。ヒナの声に促され、手元のお土産を見る。柔らかな包み紙を開いて中身を取り出すと、肉厚な緑色のかたまりが出てきた。とげを丁寧に取り除いたサボテンの葉である。

 ヒナが席を立ち、興味深そうに覗き込んできた。


「食用サボテン、だな。結構量があるから昼飯で出してみるか」

「おひる……」


 好奇心で膨らんでいた尻尾がへにゃけて下がっていく。肉料理や甘いおやつの時と正反対な反応に、ダズリーは思わず笑った。


「このサボテンは肉の代わりに供されることもある、なかなか美味いやつだぜ」

「みどりだし」

「それがいいんじゃねぇか」

「そかな……」


 疑いの眼差しを向けてくる狐っこにサボテンを掲げて見せてから、ダズリーは親指を立てて言った。


「任せておけ」



  ***



 サボテンには幾つもの種類があるが、食用として栽培されているのは苦味や味の癖が少ない、葉が丸くて肉厚なノパール種と呼ばれるものである。寒暖差が大きく乾燥した気候を好む植物なので、残念ながら砦で栽培するのは難しい。

 本来は葉の表面に短く鋭い棘が並んでいて調理前に下処理が必要なのだが、彼女らが持参したものは全て綺麗に棘が除かれていた。ざっと洗って水気を拭き取り、カッティングボードに並べると、指先ほどの幅で線切りにしてゆく。


「ヒナ、てつだうですよ」

「助かるぜ。それなら卵を二ダース割って溶いててくれ」

「まかせて」


 愛らしく頼もしい返答に頬が緩む。時々妙に大人びていたり賢かったりするが、ヒナは聞き分けが良く気遣いのできる良い娘だ、と思う。

 ダズリーにとって魔族は家族を奪った憎い存在だが、彼女を見ていても過去を連想することはない。かといって獣人と錯覚しているわけでもなかった。種族がどうというより、ダズリーにとっての彼女は『ヒナ』という名の個人なのだろう。


 狐少女は冷蔵室から卵を並べたコンテナを出して、大きめのボウルに割り入れている。右と左に一個ずつ卵を掴み、同時にパカパカ割っていく様子は手慣れていて、料理人の助手が板についてきたようだった。

 踊るように動く指先につい見惚れかけてしまい、慌てて手元の作業へ意識を引き戻す。サボテンを刻み終えたら軽く塩揉みして洗い、ザルに入れて水を切っておく。玉葱、大蒜にんにく、トマト、燻製肉も適当な大きさに刻めば、下準備は終了だ。

 昼食用だと量が多くなるので、一度の調理で作り切ることはできない。具材を等分に分けてから大きめのフライパンを出し、オーブンから火蜥蜴ひとかげを二匹呼び出した。火を入れ、焜炉こんろの上で踊り出す彼らに火力調整を任せて油を引き、大蒜にんにくと燻製肉を炒めてゆく。


「いいにおい。ヒナ、そのままでいいよ」

「ずいぶん疑うじゃねぇか」

「だって、みどりなんですもの」


 大蒜にんにくと燻製肉が焦げた香りは食欲をそそるので、料理人としてはヒナの気持ちもわからなくはない。しかし、育ち盛りの食いしんぼうが燻製肉だけで量も栄養も足りるはずないのだ。

 玉葱を加えて丁寧に炒め、透明感が出てきたところでトマトとサボテンを加えた。ヒナに視線を向けて目配せすれば、狐っこはあきらめたように尻尾をしょげさせ、溶き卵のボウルを静々と運んでくる。薄荷はっか色の目にはいつものきらめきではなく色濃い怪訝けげんが浮かんでいるので、サボテンが美味しいというのを本気で疑っているようだ。

 こうなったら、料理人としても引けない。食べた瞬間にがっかりされれば負けだし、尻尾が跳ね上がるほど美味しいと思わせられれば勝ちだ。降って湧いた勝負心にダズリーは俄然がぜんやる気が出てきた。


「だから、俺を信じて任せろって」


 一回分の溶き卵を回すように投入し、手早く混ぜ合わせながらまとめてゆく。火蜥蜴たちが火を弱めてくれたタイミングで調味料を加え、味を整えたら完成だ。黄色いふわふわの卵を彩る緑色と赤色は目に鮮やかで、栄養バランスも良い。出来立ての湯気に混じる卵の甘い香りと焦がし大蒜にんにくの芳ばしさに、期待値も高まるというものだ。

 ちらりとヒナの様子をうかがえば、銀色の尻尾はふんわり膨らんでいて、先程より持ち上がっているように見えた。


 


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