[6-2]朱の蝕と月見団子


 そらの果てには、天蓋てんがいがあると言われている。学者たちの調査によってそう推測されるものの、いまだ世界の果てを見た者はおらず、実際に何があるかを知る者もいない。

 昼の太陽も、夜に輝く月や星も、天蓋の向こう側にある精霊たちの住処だと考えられている。特に月は闇の上位精霊ルナの寝所であり、太陽に住まう光の上位精霊ライディアと共に天地の周期をつかさどっている、らしい。


「ところが数年に一度の周期で、ルナの光がわれる夜があるんだよな。未不知みしらずの精霊イクリプスによると言われているが……俺は学者じゃねぇから、知りたけりゃローに聞けよ」

「うん、兄さんもダズと同じこと言ってた!」


 ダズリーが知っているのは子供向けの絵本に書かれている程度だが、精霊に詳しい兄を持つミスティアも大きく頷いているので、間違いではなかったようだ。一方、魔法にとことんうとい砦リーダーは、渋面じゅうめんを維持したまま腕組みして黙っている。


しょくってことは、月がなくなっちゃうの?」

「ううん、暗くなるけどなくなるわけじゃなくて、暗い赤色に変わるんだよ。フェリアも一緒に見ようよ」

「ヒナもみるです! ダズがおやつつくってくれるよ」

「わたし、眠くなっちゃうかもだけど、お姉ちゃんとヒナが一緒なら……」

「駄目だって言ってるだろ」


 盛りあがる女子たちに水を差すヴェルク。少女たちから一斉に抗議の声が上がった。ミスティアがずいっと彼に詰め寄り、今にも飛び立ちそうなほど翼を広げて食い下がる。


「隊長も一緒だし、二人きりじゃないし、ダズも様子を見に来てくれるのに!?」

「そもそも見張り台は見張りのための場所だ。月観察なら一階層下の窓からできるだろ」

「うえがじゃまでみえないですの!」

「ヴェルク、今日はどうしてそんなに意地悪を言うの!?」


 ヒナだけでなく、さほど月見に乗り気ではなさそうなフェリアまでもが憤然ふんぜんとしてヴェルクに釈明を求める。妙に意固地なヴェルクの様子を見れば思うところもあるが、ダズリーは剣呑けんのんな若者たちの間に「まぁまぁ」と割って入って言い添えた。


「見張り台の横にある仮眠室にだって大窓があるだろ。そこなら見張りを邪魔せず天体観測ができるんじゃねぇか?」

「そう、だが……」


 歯切れの悪い砦リーダーというのも珍しい。固唾かたずを飲んで見守る娘たちをちらと見やり、ダズリーは拳を握って翼を広げているミスティアへ目配せした。気合いを込めているのかつり上がっていた目が一瞬きょとんと丸くなり、すぐに大きくみはられる。


「そんなに心配なら、ヴェルクも一緒にお月見しようよ!」

「お、おう。見張り台から乗り出さねえって、約束できるならな」

「大丈夫だもん」


 効果は覿面てきめんだった。どうやらヴェルクは彼女がガフティを誘ったことに引っ掛かっていたようだ。微笑ましいのか面倒くさいのか、いい歳をして手の掛かるリーダーだなと思えば、心中でにやにや笑いを抑えられないダズリーである。

 そんな彼のよこしまな心を知ってか知らずか、ヒナが無垢むく薄荷はっか色に期待のきらめきを乗せて、ダズリーの前に駆け戻ってきた。


「おつきみだんご!」

「あー、そうだったな。調べるか……」


 見張り台の争奪戦には決着がついたが、明日のために、片付けが終わったらレシピを調べて手順を確かめたほうが良さそうである。幸いそれほど複雑な料理ではなさそうだし、一緒に月見を計画していたところを見ればガフティからも情報が聞けるだろう。

 料理に関することには勤勉なダズリーだ。夜のうちに完成図とレシピとを書き出して明日に備え、柄にもなくわくわくしながら床に就いたのだった。



  ***



 和国の主食とされている米も、麦と同じで用途別に種類があるらしい。砦に届いた米は主にいたりったりして食されるものだが、この種とは別に、もちを作るための米もあるのだという。

 柔らかく蒸してから粒を潰すようにくと、滑らかになってまとまり、よく伸びるようになるそうだが、本場のもちを知らないダズリーには意味のわからぬ話である。

 以前に作った桜もちの本物は、もち用の米で作るのが正解らしい。ヒナはそれでも喜んで食べてくれたが。

 今度の月見だんごは、米の粉でももちの粉でも構わないという話だ。実物を知らないダズリーには違いがわからないので、いつかもち用の米も手に入れたいとは思っている。


「ヒナ、手伝いは助かるが熱湯だから気をつけろよ」

「だいじょうぶ」


 耐熱の器へ粉末にした米を入れて、沸かした湯を少しずつ加え混ぜる。それにヒナがきび糖を投入してゆく。砦に住む者たちはヴェルクを除いてほとんどが甘い物好きなので、ほんのり甘いほうが喜ばれるだろうというガフティの提案だ。ヴェルクはリーダーだから歳下を優先ということで我慢してもらう。

 生地の冷め具合を確かめつつ、程よい固さになったら手でしっかりねる。滑らかにまとまったらかたまりを分割して棒状に伸ばし、大きさが均等になるよう切り分けてゆく。


「ヒナ、まるめるですよ」

「おう。任せた」


 切り分けた一つ一つを狐っこが丁寧に丸めている間に、ダズリーは蒸したかぼちゃを潰して裏ごしし、米粉と混ぜ合わせて少量の熱湯を加えた。こちらも同じくしっかり捏ねて、白い生地と同じ大きさに分割してゆく。

 月に見立てた黄色いだんご、とはまたいきな発想だ。和国製品は繊細で芸術的な造形が多いと聞くが、こうしてみると感性豊かな文化国なのだろう。


「できた! きいろいのも、まるめるです」

「なら俺はでる準備をするぜ」


 綺麗に丸められ、並べられただんごの生地は、よく見ると正円ではないようだった。どれも同じようにほんのわずか潰れた形状になっているのには、理由があるのだろう。後でガフティに聞いてみるか、と考える。

 器用な少女に丸める作業は任せ、大鍋に水を入れて焜炉こんろに掛けた。興味津々といったふうにオーブンから顔を覗かせている火蜥蜴ひとかげたちを呼び、火を入れて湯を沸かす。


「ダズ、つぶさないでね」

「大丈夫だって」


 赤子の柔肌みたいなだんご生地は、うっかり強く握ると形が崩れてしまうのだ。ヒナは心配そうに見守っているが、本職の料理人であるダズリーに抜かりはない。そっと摘み上げ、ゆっくり沈めるように湯へ落としてゆく。

 沸騰する湯の中で黄色と白のだんごが踊っている様子が面白くて、つい目を離せずに眺めていると、厨房の扉が勢いよく開いた。剃髪ていはつ頭にあめ色の三白眼、昨夜から噂の中心になっていたガフティだ。

 

「進捗どうだァ? 折角だしよゥ、三方さんぽう作ってみたぜ」

「ん? 何を作ったって?」


 大陸民は、和国語独特の発音を聞き取るのが苦手だ。しかしヒナには通じたのか、狐耳をぴょこんと張って勢いよく振り返った。


「すごい! たいちょー、すごい!」

「おゥよ! 半紙の代わりは揚げ物の敷紙でいいだろし、これで心置きなく月見ができるな。楽しみだなァ」

「できるできる! おだんごもできたよ!」


 小さなだんご生地の茹で上がりはあっという間だ。ヒナとガフティのやり取りを横目で見ながら、ダズリーは浮いてきただんごからすくって水を張った鍋に投入する。冷やしすぎると固くなるらしいので、適度な加減を見極めねばならない。

 ガフティが作ってきたのはどうやら、だんごを並べる器のようなものらしい。白木を組み合わせて作られた脚付きの皿というか、台座のような形状だ。そこに白い紙を敷いてだんごを並べるのが、和国風の月見というものなのだろう。


「……っつーか、月見じゃなくしょくを見るんだけどな?」


 つい忘れそうになるが、天体観測の目的はあけしょくである。月光は蝕にわれてしまうのだが、それでいいのだろうか。

 若干の心配がよぎったものの、はしゃぐヒナを見ていれば、些細ささいな違いなどどうでもよく思えてくる料理人なのだった。




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