願いを込めた贈り物

[5-1]春色の風が吹く


 ミスティアの兄である翼族の青年ローウェルは、地味な外見から想像もできない程の資産家だ。

 砦に集う者らのほとんどは家や故郷を失ったか、後にしている。ダズリーも戦災前は自宅のほかに料理店も所有していたが、今は身の回り品とわずかな貯金があるだけだ。

 この戦乱の世にあって財産というものは不確かであり、今価値ある物が明日も価値を保っている保証などない。しかし、商売人はそういった世情に左右されることなく、上手に資産を管理するものなのか――と、ローウェルを見ていれば思わせられる。


 彼の砦入りによって人脈が一気に広がり、砦の物資不足は大幅に解消された。それだけでなく、貴重な品や珍しい食材も調達できるようになったのだ。その中には、ヒナの故郷である和国の品や食材も含まれている。

 料理人経験はそれなりに長いダズリーにも、使い道のわからないものが多い。最近砦入りしたガフティという人物が和国の文化に詳しいと聞いて、ダズリーは早速彼から情報収集することにした。


「あァ、これはコメっていって和国の主食らしいぜぇ。畑地が水没するくれェ水を引いてからせて育てるらしいから、森で栽培は難しだろなァ」


 ガフティは、ルエル村の護衛隊長だった人間の軍人である。ミスティアとローウェルが砦入りした時に護衛としてついてきて、彼もまた砦の一員となったのだった。

 年齢は不明だが、ヴェルクとそう変わらないように見える。髪をすっかりり落とした頭を撫で、鋭くつったあめ色の目を細めて笑う姿はなかなか強烈な印象だ。


もみの状態なら取り引きできるんだな。脱穀だっこくして粉にすればいいのか?」

「いンや、米はいて食うんだよゥ。あァでも、粉にして練って火を通してもイケるんだっけか? ダンゴだったかモチだったか」


 もう少し確定的な情報が欲しかったが、出来上がった料理を食べたことがあっても、その作り方まではわからなのが普通である。ダズリーは本職なのだから、見た目と味からレシピや使い道を推測すればいいのだ。

 本当は、少し前にヒナの口から出た『ダイフク』という菓子を作ってやりたかったダズリーだが、ガフティにあれこれ聞いているうちに別の和菓子に興味を引かれた。


「そういえば、珍しい食材だっつーんでチェアリーの葉が入ってたんだよな。あれを使えば、いけるか?」

「チェアリー? あァ確かに、イケそうだな!」


 大雑把おおざっぱな肯定が返ってくるも、ガフティ自身は和国出身者ではなく、友人から伝え聞いた話を知っているに過ぎない。又聞きの情報は大切なことが抜け落ちていることが多いのだ。

 麦と同じく米にも種類があり、を作るには餅米が必要であるということを、この時のダズリーは知る由もなかったのだった。



  ***



 製粉用の装置はあるが、今回はお試し作成で少量なのですり鉢を使うことにする。きめ細かい粉にならず粒が残っても大丈夫だろうと思ったからだ。

 米の粉に水を加えて混ぜ、蜂蜜はちみつと麦粉も加える。ピンク色にするため火焔菜の粉末ビーツパウダーを加えれば、色付きパンケーキの種のようになった。これは、米粉ライスケーキとでもいうのだろうか。

 中に入れるあんが何でできているのかわからなかったので、ひよこ豆を煮込んで潰し、きび糖を加えて甘くしたもので代用することにした。


 焜炉こんろにフライパンを置き、火蜥蜴ひとかげを呼んでから油を引いて加熱する。小さな楕円だえんになるよう種を落とし、焦げないように焼いてゆく。生地自体に甘味が付いているからか、ふんわりした甘い香りが漂ってくる。

 いつもならこの段階で目を輝かせて見にくるだろうヒナは、厨房にいなかった。近頃急激に仲良くなった翼娘たちと、砦内のどこかへ繰り出しているのだろう。


 焼き上がった生地をトレイに並べて冷ましつつ、冷蔵室から塩抜きを済ませたチェアリーの葉の塩漬けを出す。チェアリーは幻夢桜とも呼ばれる植物モンスターの一種だが、芽吹いたばかりの葉は柔らかく食用にできる。非常に珍しいものであり、手に入ったのなら使わない手はない。

 冷ました生地に豆の餡を乗せてくるりと巻き、チェアリーの葉で包めば完成だ。


「お味はいかが……って、まだ戻ってこねぇのか」


 再現度は不安だが、試食してみれば悪くないように思えた。口に入れた瞬間にふわりとした若葉の香りと控えめな塩味を感じ、柔らかくもちもちした生地を噛みしめれば上品な甘味が舌の上に広がってゆく。これは確かに見た目も味も春という概念にふさわしい菓子だ。

 試しに焼いた二十枚ほどを手早く仕上げてしまえば、手持ち無沙汰になる。昼食の仕込みに取り掛かるか、どうせなら外で一服してくるか――悩んだのは一瞬で、結局ダズリーはヒナを捜しに行くことにした。

 砦の一階は縦にも横にも広いが、単純構造であり中で響く音も筒抜けだ。翼娘たちと一緒にいるならすぐに見つけられるだろう、との算段である。


 エプロンを外し、火の元と水回りを確認してから厨房の外へ。砦内は妙に静かだったが、ダズリーが予想していたよりもあっさりと目的の姿は発見できた。共用の風呂場へ続く通路の角で、空色と青銀色が仲良くひしめいている。

 あまり良くない目をらして見れば、ヒナとフェリアが二人仲良く壁の端に張りついていた。何を興奮しているのか、フェリアは空色の翼を、ヒナは青銀色の尻尾をそれぞれ膨らませて、ぷるぷる震わせている。後ろから見ると揃う動きが滑稽こっけいで、笑いが込み上げそうだ。

 こほんと咳払いをして気分を取り澄まし、ダズリーは二人の背中に声を掛けた。


「おい、そん――うぉ!?」

「みゅーと!」


 そんな所で何してる、という台詞は皆まで言わせてもらえず、狐っこは謎の一声と共に突撃してきた。大して重くもない一撃を腹に受けて、ダズリーは危うくくわえていた葉巻を取り落とすところだった。

 という魔法があるが、別にその発動詠唱ではなかったらしい。ほう、と吐いた息には普通に音が乗っていたので、静かにしろと言いたかったのだろう。了解の意味を込めて人差し指を顔の前に立てて見せれば、真剣な表情でヒナは頷いた。そのままきびすを返し、足音も立てずに同じ位置へ戻ってゆく。

 どうやら二人は壁の端から向こう側を覗き見ていたようだ。

 狐娘の動きは本職のそれなので、相手――おそらくミスティアは気づかないだろうが、フェリアの動きは全くの素人で翼の先などは隠せていない。ダズリーの予想するならばれるのは時間の問題か、もしくは既にばれているかだ。


 案の定、石床を叩くかかとの音が段々と近づいてくる。フェリアの翼がそわそわと動きだしたので、ダズリーは巻き込まれないように厨房へ戻ることにした、その途端。

 壁からすっと身を引いたヒナがくるりと振り返り、獲物を見定める目で彼を見た。思わず動きを止めたダズリーの後ろに狐っこは素早い身のこなしで隠れ、同時に壁の陰から足音の主が姿を現す。



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