〈閑話〉精霊のしらせ
[chat 2]狐っ娘の願いとおやつガレット
僕の直感はよく当たる。悪い予感も、天気が崩れる予兆も、何となくわかるんだ。故郷の島国ではこの感覚を『
魔法は得意じゃないけど精霊は少し見えるから、なんとなくわかる。雨の前は火蜥蜴たちがシュンとしてて、よく晴れた日には風乙女たちが踊っているから。
孤児だった僕を育ててくれたのは、師匠だった。故郷では名うての剣士で、料理上手。人間だったけど他種族についても詳しく、僕に処世術を教えてくれた。
僕のような
僕が
故郷が野盗団に襲われたとき、僕は捕まって海賊に売られ、大陸まで連れて来られた。師匠とはその時に離れ離れになってしまったけど、あの人のことだからきっと無事でいて、僕を捜してくれてるんじゃないかな。
海賊たちは僕を獣人だと思っていたから隙を見て逃げだせたけど、大陸は広く、土地勘がないうえ言葉もよくわからない僕が、自力で故郷へ戻って師匠を捜すのは難しい。チャンスが訪れたらいつでも走り出せるように、今はここに身を寄せつつ大陸
ここ、革命軍の砦に身を寄せるようになったのは、恥ずかしいことなのだけど、お腹が空いて行き倒れてた僕を、砦に住んでる料理担当の人が拾ってくれたからだった。
言葉がわからないって、すごく怖い。
いろいろ話しかけられても、理解が追いつかないから。
僕はちゃんと獣人の振りをしていたのに、なぜかすぐ妖狐だって見抜かれてしまって、でも逃げだすにもお腹が空きすぎて力が出なくって。けっこう反抗的な態度をとってしまったと思うのだけど、彼は僕にごはんを恵んでくれた。
無精髭としかめっ面、見かけはちょっと怖いけど案外と優しくて、美味しい料理を作ってくれるところは師匠に似ていて、つい甘えてしまう。
「ヒナ、今日は勉強熱心だな? おやつ作ってやろうか」
ほら、こんなふうに、すぐ声を掛けてくれる。
彼の名前はダズリーというんだけど、みんながダズって呼ぶので僕もそれに倣ってる。ごはんもおやつも何でも器用に作れるダズはここの人気者だ。よく女の子たちが厨房に出入りしているのだけど、今日は珍しく来てないみたい。
「おやつ、……大福!」
師匠のことを考えていたら、師匠の好きだった豆大福が食べたくなっちゃった。つい、口にしてから、しまったって思う。故郷とまったく食習慣が違う大陸では、あちらの食べ物は馴染みがないらしい。
思った通りダズは困ったように眉をしかめて、テーブルに手をつき僕を見下ろしてきた。
「ダイフク、ってどんなだ? 作り方が分かれば、作ってやるが」
「ん……。もちもちで、甘い……あんこ、包んでて、おまめの」
「もちもち……甘い……アンコ? 豆パンか?」
「んんぅー」
白いお餅は
代わりに何か作ると言って、ダズは調理場に行ってしまった。後ろ姿を見送りながら、僕は少しだけ不安になる。
昔から、僕の直感はよく当たる。生まれた時代が違ったら、
いつも優しくて、皆とうまくやっている彼だけど。自分からどこかに一線を引いて、奥に踏み込ませまいとしているように見えるんだ。それが彼の過去に起因しているのかまでは、わからないのだけど。
いつか、ふいに、あっさりと、全部を……生きることさえも、あきらめてしまいそうな。
こんな悲しい予感は当たってほしくないから、僕はもうしばらくここにいて、彼を守ろうと思う。料理の手順はきめ細やかで、見た目も香りも味も完璧に仕上げるくせに、身の回りは無頓着でどこか投げやりな彼が、生きるのを楽しいと思えるように。
「ダイフクは分かんねぇが、こいつも美味いと思うぜ。ガレットっていう適当おやつだ」
葉巻を
芳ばしい香りが漂ってきた途端、僕の尻尾がぶわっと膨らんだ。乗っているのはチーズと、卵と、細切れにした野菜と……ひよこ豆?
「麦粉をミルクで溶かして、薄く焼いた生地にいろいろ乗っけてから、胡椒を振って包むように焼くんだ。もちもちしてて、好きなもの乗せられて、小腹が減った時にいいぜ」
香りからして甘いおやつでは無さそうだけど、どっちだって良かった。熱々の生地で火傷しないよう気をつけながら、先の割れたスプーンを使って丁寧に切りわけ口に運ぶ。
外側だけはカリッとした食感で、噛みしめればもちもちとした生地が具材を包み込んでいた。野菜がチーズと絡み合い、卵でまろやかな味になっていて、お焼きの仲間みたいだ。
「おいしい……なつかしい!」
「そっか、懐かしいか。それは良かった」
にへらと笑った顔は師匠と全然違ってだらしない感じだったけど、あれは幸せを感じてるんだって僕の直感が告げている。
料理を振るまってるときのダズは、本当に幸せそうに見える。いつか彼を故郷に連れていって、あっちのいろんな料理を食べさせてあげたい、と思った。
世界が平和になるまで、彼らが身を投じている戦いが終わるまで、生き延びることができたら、きっとそんな未来も待っているだろうって。
自己暗示のように、僕は自分に言い聞かせた。
よく当たると定評のある僕の勘が、そんな未来を予感できるように。
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