[4-2]翼っ娘たちの焼き林檎


 ルエル村から来た翼族の兄妹は、ほんの数日で砦の住人たちと打ち解けたようだ。

 兄のローウェルは村長むらおさを務めていた人物で、商売人でもある。砦側の人脈は一気に広がり、厨房にも珍しい食材が届くようになって料理の幅が広がったのは、ダズリーにとっても嬉しいことだった。

 妹のミスティアは明るく活発な女性で、改めて聞けば成人女性であるらしい。魔族や翼族の外見年齢は精神年齢を反映するので本人や家族の申告を信じるほかないのだが、ダズリーはその言をまだ疑っている。


 村にいた頃は兄妹で住んで、妹のミスティアが家事全般をこなしていたという。特に料理は好きで得意分野だったらしく、砦入りしたその日から手伝いに来てくれた。姉妹の契りを結んだミスティアとフェリアは一緒に行動することが多くなったので、結果フェリアも一緒に厨房へ入り浸っている。

 ヒナは翼の姉妹たちとつかず離れずの距離を保っていたが、ミスティアが学校の初等科で使う教本を持ってきたことで一気に仲良くなり、昨日の午後などはずっと彼女に文字を教わっていたようだ。

 砦という性質上、人の出入りは多い。とはいえ人間以外の種族が立て続けに砦入りするのは珍しい。こんなご時世ではあるが、砦全体にどこか浮ついた空気が漂っているのも無理からぬことかもしれない。


 今や時の人とも言えるミスティア――ダズリーは密かに戦乙女いくさおとめと呼んでいる――は、今朝からフェリアと一緒に厨房にいた。届いたばかりの物資に入っていた林檎を二人で真剣に選り分けながら、小声で何かを相談しあっているらしい。ダズリーは自分が立てる洗い物の音で聞き取れずにいたが、机に教本を広げて勉強しているヒナが大きな狐の耳をぴんと張っているので、何かを作る相談に違いない。

 フェリアの料理スキルはレシピと材料が揃えば作れる程度のものだが、菓子作りは家族がいた頃によくやっていたらしく、なかなか上手だ。地域柄、林檎の料理や菓子が得意なのだという。


 いったい何を作るつもりなのか。

 実は菓子作りもプロ級の腕を持つダズリーだが、砦の無骨な男たち相手にその腕前を披露する機会はこれまでほとんどなかった。料理人としての腕がうずくというか、久しぶりにやる気が起きたというか、少女たちの相談が気になって仕方がない。

 翼娘たちはそわそわしているダズリーの気持ちを知ってか知らずか、木箱に詰められていた林檎から艶々つやつやのものをいくつか選別し、連れ立って今度は調理台へ向き合っていた。


 勝手知ったる、と言えるほど厨房に慣れてはいない二人が、棚の上段から砂糖入れを取り、冷蔵室を開けて山羊乳と発酵ミルクを出し、果物かごから檸檬れもんを取る。

 ラベンダー色と空色の翼が交互に視界を横切り、フェリアのまっすぐな髪とミスティアのやわらかく波打つ髪が動く翼にあおられてふわふわとそよぐ。三十路の無精髭男が立つ普段の厨房とはずいぶん違う華やかな光景を、ダズリーは新鮮な気分で眺めていた。

 フェリアが山羊乳と発酵ミルクを混ぜて鍋にいれ、焜炉こんろにかけたところで振り返る。


「ダズ、これはどうやって火をつけるの?」

「焜炉の起動は下のスイッチだな。でも、軽く温めるなら火蜥蜴ひとかげを呼んだほうが早いぜ」

「そうなの? どうやって呼べばいいかしら」


 オーブンと同じく砦の焜炉も魔法製で、点火から火力調整までスイッチ一つで簡単にできる。それでも、料理上手な火蜥蜴たちの火力調整のほうが精密なのだった。

 ダズリーが立ち上がり、オーブンの扉を開けて声をかけると、火蜥蜴が一匹飛び出してきて腕に上ってきた。そのまま連れてゆき、焜炉台の上に乗せてやる。


「クリームチーズ作るんだろ?」

「すごいわ、どうしてわかったの!?」

「料理人の勘だな」


 素直な賛辞がくすぐったくて、ついぶっきらぼうに返答するも、フェリアは気にしなかったようだ。小鍋の周りをぐるぐる回る火蜥蜴を、目を輝かせて見つめている。

 少量であれば、クリームチーズを作るのは難しくない。温めた発酵ミルクに檸檬の果汁を混ぜるとすぐに分離して固形化するからだ。それよりも、チーズを使う林檎菓子が何か気になるところである。ケーキか、タルトか、あるいはパイかもしれない。


「ダズ、林檎の芯をくり抜く道具はないの?」

「そういう滅多に使わねぇ道具は、そっちの棚の引き出しに入ってるはずだぜ」

「ありがとう! 見つけた!」


 ミスティアは今から林檎の芯をくり抜くらしい。なるほど、皮をかず切り分けもせず、丸ごと使う林檎菓子と言えば――。


「焼き林檎か。そういえばフェリア、得意だって言ってたもんなぁ」

「どうしてわかったの!?」

「すごい! ダズは心が読めるんだな!」

「いや待て、んな訳ねぇだろ」


 大して難度の高くない推理をたたえられて無性に恥ずかしくなったダズリーは、ヒナの側へすごすごと引き下がった。

 翼の姉妹は相変わらず、材料を取り道具を探して忙しなく動き回っている。料理にそこそこ手慣れている二人のことだ、見つからない、あるいはわからないと言われたら手伝うのでも大丈夫だろう。


「ヤキリンゴって、りんごあめ?」


 教本から顔を上げ、ヒナが首を傾げて尋ねる。リンゴアメという食べ物がイメージできないが、和国の林檎菓子だろうか。


「違うな、たぶん。焼き林檎は、林檎の芯をくり抜いて蜂蜜はちみつやシナモンやバターを詰めてから、オーブンで丸ごと焼いて作るデザートだ。フェリアは、半分サイズで作るらしいがな」

「やき……りんご……」


 その発想はなかった、とでも言いたげな狐っ娘の驚く顔がもっと見たくなったダズリーは、夕飯のデザートに焼き林檎を出そうと心に決めた。フェリアとミスティアがいま作っている物は試食させてもらえるだろうが、自分が作った物も味わって欲しい、というささやかな対抗心である。

 焼き林檎は調理法が簡単なだけに、地域や家庭によって微妙にレシピが異なる。くり抜いた芯の部分に糖蜜とバターとシナモンを詰めるのはフェリアとダズリー共通だが、フェリアは蜂蜜に檸檬の果汁を加え、仕上がりにクリームチーズを添える。一方ダズリーはレーズンと楓蜜を詰めて蜂蜜酒を加え、砕いたナッツを散らして焼くのだ。


 同じ林檎を使っても、味わいにはだいぶ差が出る。ダズリーが作って夕食に出したとしても不自然ではないだろう。とはいえ、六十食分の焼き林檎を個別に作るのはさすがに現実的ではないので、スライスした林檎を平皿に並べて調味料と干し葡萄ぶどうを加え、一気に焼くのが早そうだ。

 脳内でレシピを試行錯誤しているうちに、翼の姉妹たちは下準備を終えたらしい。火蜥蜴を一匹ずつ肩に乗せた二人がオーブンの調整板を覗き込んでしきりに首を傾げ合っているので、出番とばかりにダズリーは声を掛けた。


「先に火蜥蜴をオーブンに帰さねぇと火力不足になるぞ。最初に赤のスイッチを入れて余熱、十分あったまったら料理を入れて、火蜥蜴が待機したのを確認してから扉を閉め、黒いツマミで時間設定だ」

「そうなの!? そっか、仕方ないな。オーブンにお帰り」


 ミスティアが残念そうに火蜥蜴を肩から下ろし、オーブンの扉を開けて中へ送り込む。続いてフェリアの肩からも持ち上げようとしたが、火蜥蜴は彼女に手をするりと抜けて反対側へと移動してしまった。

 当惑して翼を揺らすフェリアと、捕まえようとしてまた逃げられるミスティア。オーブンの中では別の火蜥蜴たちが二重奏しているのが聞こえる。


「ダズ、どうしよう! 入ってくれないよ!?」

「ちょっと、尻尾がくすぐったいわ」

「それなら二匹の火力で十分なのかもな。林檎を入れて、閉じても大丈夫だろう」

「うん、わかった」


 故郷ではいつも使っていたのだとしても、ミスティアが砦のオーブンに触るのは今日が初めてだ。緊張した面持ちで調整盤を見つめたあと、彼女は細い指先で点火のスイッチを押した。かすかな着火音を確認してから急いで扉を閉じる。

 余熱が完了すればスイッチの色が緑に変わるので、扉を開け、トレイに乗った林檎を押し込めばいい。あとは火蜥蜴たちが上手くやってくれるのだが、翼娘たちは何やら悩んでいるようだ。

 

「たぶん、時間は半刻くらいでいいと思うの」

「そうかな。半分に切ってるから、もう少し短めでも良さそうだけど」

「時間はだいたいでいいぜ。頃合いになったら、火蜥蜴たちが知らせてくれるさ」

「そうなの? ここの火蜥蜴たちすごいね!」


 ダズリーの声がけにミスティアは一頻ひとしきり感動した後で、ツマミを調整し設定完了のボタンを押した。これであとは出来上がりを待つだけだ。

 二人はそわそわとオーブンを覗いたり時計を見たりしている。彼女らを横目に見つつ、ダズリーも立ち上がった。ついぼんやりと翼娘たちの菓子作りを眺めてしまったが、時刻はもうおやつどきに差し掛かり、そろそろ夕飯の仕込みに取り掛かるべき頃合いだ。




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