姉妹で作る焼き林檎

[4-1]戦乙女の砦入り


 ルエル村への救援では、シャイルがやはり無茶をしたらしい。仔細しさいは聞いていないが、この青年は新入りとは思えないほど大きな働きを見せてくれたという。

 細身の優男だと思っていたダズリーは自分の偏見を心の中でこっそり反省した。


 魔族には魔族の得意分野があり、人間にはできないことを成し遂げられると知らしめたわけだ。面白くないと思う者もいるだろうが、戦力増強という意味では喜ばしい結果といえるだろう。彼の砦入りを反対する声も収まっていくに違いない。

 お気に入りの椅子に腰掛け表紙の色褪せた本を熱心に読んでいるヒナを、ダズリーはそっとうかがい見る。特殊な技能を持つこの少女もいつか、戦場に駆り出される日が来るのだろうか。そうならないでほしいと、ダズリーは心の中で願っているのだが。


 大きな怪我こそなかったが無茶な動きをしたせいで傷が開いたらしく、シャイルは医師のリーファスに絶対安静を言い渡され三日ほど休んでいた。フェリアが甲斐甲斐しく世話を焼いていたので、ダズリーは二人で食べられるよう毎日おやつを作って持たせてやった。

 その間ヒナは変わらず厨房に入り浸っていた。同胞だからと気にかけるのでもなく、若くて顔がいいからと興味を持つわけでもないのだなと、妙な所が気になるのはなぜなのか。

 雑念を巡らせている間に手元の人参を粉微塵こなみじんにしてしまい、ダズリーは自分自身に呆れてため息をついた。狐の少女は相変わらず、読書に没頭している。


 ダズリー自身、自分が何を気にしているのか分かっていない。少女にとって彼は安全な存在なのだろう。無害だと認識されているのは良いことかもしれないが、異性としては意識されていないということでもある。それをどう受け止めるべきか分からないというか、どう見られたいと願っているかが行方不明だというか。

 こういうことは考えれば答えが出るというものでもないのだ。人参を刻む手を止め、気分転換に果物かごから林檎りんごを一つ取り出す。

 救援の成功によってもたらされた益の一つが、村に駐留していた護衛隊と縁ができたことだった。中央海域の向こう側にある隣大陸から来たという彼らを通じて新たな取引が始まり、そちらから仕入れる物資に林檎が入るようになったのだ。

 この時代において人脈は力であり、時に命脈ともなり得る。海の向こうとの気軽な行き来は難しいが、遠いことがする面も多くあるだろう。食材がより豊富になるというのもその一つである。


「ヒナ、林檎食うか?」

「たべる」


 気を引こうとしたわけでは断じてないが、ヒナはすぐに本を置いて椅子から飛び降り、ダズリーのほうへと駆けてきた。節くれだった指の間で艶やかに輝く林檎に熱視線を向けている。この果物、種族や地域を超えて皆に大人気だとか、実にうらやましいことだ。

 などと考えてしまうところ、やはり雑念は消えていないらしい。不毛な自分の思考にうんざりしつつ林檎を浸ける塩水を用意していると、何やら廊下が騒がしくなった。耳を澄ませれば、小鳥がさえずるような少女たちの話し声が聞こえてくる。


「だれかきた」


 耳の早いヒナがさっと位置を変え、入り口に対しダズリーを盾にした。臆病なフェリアが明るく話す相手なら怖がるような存在ではないだろうが、用心深いのは良いことである。魔法職は砦に少ないとはいえ、リーファスのような精霊の流れが見える者にはヒナが魔族だと見抜かれる恐れがあるからだ。

 ダズリーがヒナを庇うように位置を変えたところで、厨房の扉が開いた。ひょこりと顔を覗かせたフェリアがこちらを見て、ぱっと表情を明るくする。


「ダズ、ヒナ、紹介するわ! あのね、こちら、お姉ちゃんなのよ!」


 一瞬、何のことかわからず返答し損ねたが、フェリアの空色をした翼の陰から別の色が覗いたのを見て、察する。少女が伴っていたのは同じ翼族の女性だった。珍しいラベンダー色の翼と、緩く波打つ同色の髪が目を引く、きりりとした容貌の美少女だ。

 フェリアの家族について詳しく知らないダズリーは、彼女の姉が生き延びていて再会したのかと思ったが、見比べても顔が似ていないので口に出すのを躊躇ちゅうちょする。その間に姉と呼ばれた女性は厨房に入ってくると、ダズリーとヒナに笑顔を向けて言った。


「はじめまして。ぼくはミスティア・ローライド、ルエル村の村長むらおさの妹で、今日から砦に加わることになったんだ。不慣れなことが多くて迷惑をかけるかもしれないけど、よろしくお願いします!」


 勇ましい喋りからはしっかり者の印象を受けたが、出自を聞けばフェリアとは赤の他人である。余計なことを言わなくて良かった、と安堵するとともに、彼女がなぜ「お姉ちゃん」なのか理解できずダズリーは首を傾げた。


「ルエル村、ってこの間の、か?」

「そう。ぼくも革命軍へ入れてもらおうと思って、兄さんと一緒に来たの。そうしたら、フェリアがすぐに声をかけてくれて」

「わたしもここに住んでるのよってお話ししたら、一緒に暮らすなら家族だね、お姉ちゃんと呼んでいいよって言ってくださったのよ」


 この二人、聞けば今日はじめて出会ったのだろうに、まるで長年の姉妹のごとく息ぴったりだ。フェリアなどは目をきらめかせて頬を染め、恋する乙女の様相である。翼っ二人の勢いに押されつつも、ダズリーは何とか自己紹介を返した。


「俺はダズリー・ノルラント。見ての通り人間で、砦では厨房係をしてるぜ。こっちは狐娘のヒナ、和国の出だから喋りが辿々しいけどしっかり者だ」

「ヒナを、よろしくです」


 ダズリーの紹介に合わせ、ヒナが後ろからひょこりと顔を出す。途端、取り澄ましていたミスティアの表情がぱあっと明るくなった。


「わぁ、すごく可愛い! ヒナもぼくの妹になる?」

「わかんないけど」


 ダズリーが何か言うまでもなく、狐の少女は彼の後ろにさっと身を隠す。ミスティアはきょとんと目を丸くしてから、会得したと言わんばかりにぱしっと両掌を打ち合わせた。


「そっか、わかんないかぁ。でも大丈夫、ヒナが大陸こっちに馴染めるように、ぼくも協力するね。なる早で挨拶回り終わらせてくる!」

「お姉ちゃん、ヒナは恥ずかしがりさんなの。ダズの料理はとっても美味しいのよ」

「わぁ、楽しみだなそれ! ダズ、ヒナ、またくるね!」


 まるで春嵐しゅんらいのごとく盛り上がってから、翼の姉妹は食堂を去っていった。ぼう然と見送っていると、ダズリーの袖がくいくいと引かれる。


「ダズ、りんご」

「お、おう、そうだったな」


 ヒナの「わかんない」が戸惑いなのか警戒なのか、今の時点では判断できなかった。とはいえ、ゆらゆらと揺れている尻尾を見るにそう悪くない気分なのだと思われる。乙女心は三十路男が口出しする領分ではないのだし、構わないでおくのが吉だろう。

 それは、それとして。

 翼族の女性は一般的に強気で活動的、という通説を思い出し、砦に巻き起こる新たな風と変化の予感を感じたのは、はたして気のせいなのかどうか。

 



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