[3-2]野菜たっぷりクリームスープ


 最初の日以来、ヒナはダズリーの部屋に寝泊まりしている。砦の空き部屋を掃除すれば彼女用の部屋も用意できるのだが、当人は不安だったらしい。

 ヴェルクを初めとして屈強な男ばかりが集う砦なので気持ちは理解できるとしても、ダズリーにとっては落ち着かない夜が続いていた。


 狐の少女がなぜこれほど彼に懐いたのかはダズリー自身にもわからない。しかし、このままではさすがに不便なので――ダズリーの部屋にはベッドがひとつしかなく、少女の着替えや身の回り品を置くスペースもなかったので、ヴェルクやリーファスと話し合った末に部屋を改装することにしたのだ。

 ベッドを一つ運び込み、隣室との壁を一部くり抜いて仕切り幕を下げ扉代わりとする。ヒナの荷物を隣室に置けば、着替えのたびにダズリーが外へ出る必要もない。


 どうやらヒナは、異性ダズリーの前で着替えることに抵抗がないようなのだ。初日の次の朝、洗濯され乾いた衣服をリーファスに返されたヒナはその場でいそいそとチュニックを脱ごうとし、焦ったダズリーがそれを止めて部屋の外へと飛び出すというハプニングが起きた。

 子供とはいえ幼児ではないのだから、男の前に肌をさらしてはいけない。廊下で待ちながらその辺をどう教えたものか悩み、やはり和国語と和国文化を学ぼうと思い立ったものの、忙しくてまだ実行には至っていない。とりあえず改装を先に……と取り掛かった矢先に起きた行き倒れ事件なので、作業の続きは青年が回復してからになりそうだ。


「山羊乳は保管してある分で間に合うな。野菜は、あるやつでいいか。クリームスープなら生肉よりは燻製肉だよなぁ」

「ミルクおかゆ?」

「あぁ悪ィ、おかゆは作り方知らねぇんだ。だから、野菜のクリームスープにしようと思ってな」

「スープ、いいね」


 料理のことを考え出すと独り言が多くなるのは、ダズリー自身も自覚している悪い癖だ。しかしヒナは気にした様子もなく、辿々しくも素直に相槌を打ってくれる。

 彼女が信頼してくれたのは果たして料理の腕か人となりか――気にし出すと気になりすぎるので、あえて考えないようにしていた。


 時刻はまだ遅い朝。昼食の仕込みを始めるには少し早いが、青年の分だけ作るというのも二度手間である。大鍋で作って取り分ければいいだろう。

 ヒナの提案からヒントを得て、彼には野菜をやわらかく煮込んだクリームスープを供することにした。栄養豊かで身体も温まり、パンを浸して食べることもできる。砦の昼食に出しても違和感はない。


 厨房へ帰り着くと、ダズリーは野菜室から玉葱、丸芋、白キャベツを取り、冷蔵室から燻製肉と人参とブラウンマッシュを出した。山羊乳は大量に使うので、まだ出さずにおく。

 調理台へカッティングボードを置き、まずは野菜の皮を剥く。玉葱を手にした途端にヒナがさっと距離を置いた。以前に泣かされたことを思い出したらしい。構っている余裕はないので好きにさせつつ、玉葱、人参、ブラウンマッシュを粗みじん切りに、白キャベツはざく切りにしてゆく。


「てつだう?」


 玉葱の下準備が終わった途端、ヒナが側に戻ってきて健気なことを言い出した。手慣れていない者に手伝われるより一人でこなすほうが楽なのだが、少女は自分と似た境遇に陥った青年を気にかけているのかもしれない。あるいは、顔が好みだったか。

 フェリアもあの通りだったし、彼には女性の庇護ひご欲を掻き立てる何かがあるのか。えもいわれぬ感情が湧き上がりかけたが、無理やり飲み込む。今は余計なことを考えず、食事を作ることを最優先にしなくては。


「手伝ってくれるなら、ヒナは芋をこんくらいに切ってくれ」


 指でサイズを示せば少女は素直に頷いて、皮を剥かれ積み上げられた丸芋を手に取る。ペティナイフで切り分けてゆく様子は危なげなく、やはり刃物は使い慣れているようだ。

 芋の下準備はヒナに任せ、焜炉こんろに大鍋を置いて火蜥蜴ひとかげを呼び出した。三匹が取り囲んで火力を調整してくれるので、その間にヒナから芋を受け取る。中火で熱した大鍋にバターを投入し、玉葱をまず炒めてから、人参、燻製肉、丸芋、ブラウンマッシュの順に炒め合わせてゆく。

 軽く麦粉を振り入れよく混ぜてから水と調味料を加え、白キャベツを投入すれば、沸騰するまでしばらく待つことになる。その計測は火蜥蜴たちに任せて、ダズリーはヒナに手伝ってもらい冷蔵室から山羊乳を運び出した。


「奥のほうが新しい物だから、手前から運ぶんだぞ」

「うん」

「重いから、一本ずつな」

「かるいよ」


 片言な喋りと見た目の細さからつい子供扱いしてしまうのだが、言われたことを一発で理解できているところからすれば、聞き取りは案外できているのだろう。刃物も上手に扱えて手先も器用だ。戦い方よりも料理の仕方を覚えてくれると、ダズリーとしてはとても助かるのだが。

 砦の食事は時間が決まっており、その時間は配膳担当が手伝ってくれる。厨房と一続きになっている食堂の配膳台に一皿一食分ずつずらりと料理を並べておき、各自が自由に好きなものを持っていって席で食べるという方式だ。

 全員がきっちり三食を摂るわけではないが、提供するのはおかわり分も含めて朝昼晩それぞれに六十食ずつ。大抵はダズリーが一人でこなすが、手間のかかる食材の処理などは手の空いている者に手伝ってもらうこともある。

 翼の少女フェリアは料理の心得があり、時々手伝いに来てくれる。ヒナも種族は違うが同性同世代だ、二人にはいずれ厨房手伝いに回ってもらうのもいいかもしれない。


「ダズ、あといくつ?」

「おっと、これくらいで十分だろ」


 つい思索にふけって反応が遅れたが、テーブルには保管用の瓶で五つ出ていたので、ちょうどよかった。推奨の量よりは少なめだが節約のためである。鍋を煮込む間に夕食用の生野菜サラダを用意していると、火蜥蜴たちの頃合いを知らせる歌が聞こえてきた。


「つづき、やるよ」

「お、そうか? 助かるぜ」


 ヒナが引き受けてくれたのでサラダは任せ、ダズリーは大鍋の蓋を開けて中身をかき混ぜながら火の通り具合を確かめる。芋が煮崩れない程度にやわらかくなっており、火蜥蜴たちの料理スキルもますます向上しているようだ。

 ミルクを加えつつゆっくりかき混ぜ、じっくりと温める。味見をしつつ、煮立たせないように火加減を調節してゆく。いつもより胡椒こしょうを控えた味は優しくて、これなら弱った胃腸にも負担にはならないだろう。


「これで準備は万端……と。ヒナ、味見するか?」

「する!」


 青銀色の尻尾がぶわりと膨らみ、大きな狐耳がピンと張る。薄荷はっか色の目をきらめかせる狐の少女にダズリーは、クリームスープを小鉢に取り分けさじを添えて渡してやった。


「どうぞ、召し上がれ」

「いただきます!」


 もらった分をしっかり持って、お気に入りの場所でゆっくり食べる……というのはどこか小動物じみた行動だ。いつもの椅子に腰掛けて食べ始めたヒナを見るおのれの顔が緩んでいることを、ダズリーはあまり自覚していない。

 ヒナは匙ですくったとろみのある白いスープを熱さに警戒しつつついばんでいたが、ふいにダズリーを見て嬉しそうに笑った。


「あったかで、やさしいおあじ」

「そうか、優しいなら、療養食にも良さそうだな」

「わかんないけど」


 療養食、という言葉は理解できなかったらしい。それでも、夢中で食べる少女の姿を見ていれば、青年にも喜んでもらえるという確信がふつふつと湧き上がるのだった。




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