翼の少女、吸血鬼青年を拾う

[3-1]行き倒れの吸血鬼青年


 ダグラ森砦に住んでいるのは、ほとんどが戦闘員である男たちだ。

 革命軍に女性がいない、ということではない。迷い森の奥深くという不便さに加え、塔をベースにして造られた砦ではプライバシーを保つことが難しい。部屋数は多いがほとんどに扉がなく、仕切り幕を使って住み分けている状態だ。風呂も共用であり、遮音の造りになっていないため話し声は筒抜けになる。

 そういう理由で、女性の構成員は利便性の良い別の拠点に割り当てられることが多いのだった。


 基本的には男ばかり、それも近接戦闘向きの者がほとんどなので、食事どきの食堂は暑苦しくむさ苦しいとダズリーは思っている。年齢層も全体的に高く、今年で三十五歳となるダズリーでさえまだ若い部類だ。

 彼より歳下なのは現リーダーであるヴェルクと獣人医師のリーファスで、共にまだ二十代である。魔族であるヒナは見た目通りの歳ではないが、長命種族である魔族は見た目の年齢がすべてだと言われるので、このまま砦に留まるとしたら、初の十代女性戦闘員ということになるだろうか。

 実際には、ヒナのような子供が戦いに駆り出されることはないだろう。砦に住む者たちのほとんどが彼女を狐獣人の少女だと思っているので、なおさらだ。


 実を言えば、ダグラ森砦にはヒナより前から女性が一人住んでいる。空色の翼と羽毛に覆われた耳を持つ翼族と呼ばれる種族の少女で、名をフェリアといい、見た目の年齢はヒナと同じか若干上くらいだ。

 彼女は戦闘員ではないが天涯孤独な身の上らしく、前リーダーの意向でこの砦に身を寄せているという話だった。翼族も長命であり、心の成長が外見年齢に反映されるという。ダズリーが砦に来てから六年ほど経つが、フェリアは十代半ばのまま変化していなかった。魔族や翼族にはよくあることらしい。


 翼族は全体として男性が控えめで思慮深く、女性は強気で活動的だと言われる。しかしやはり個性はそれぞれで、フェリアは臆病な少女だった。砦の男たちを怖がることはないが、砦面子の中では一番穏やかそうな医師リーファスの側にいることが多い。彼には行方不明になった妹がいるということなので、付き合いやすいのかもしれない。

 基本的には受け身で聞き分けがよく、素直な少女だ。無断で砦を飛び出したり、勝手な行動を取ることはまずなかった。

 そんな翼の少女が行き倒れの魔族青年を見つけたのは、ヒナが砦に身を寄せるようになって数日経った頃だった。





 羽ばたきの音を響かせて砦の窓から翼の少女が飛び込んできた時、ダズリーはちょうどヒナと一緒に自部屋の改変をしていた。

 石造りの砦は物音が良く響く。フェリアが泣きそうな声でヴェルクを呼ぶのが聞こえたので、ダズリーはヒナと顔を見合わせ急いで廊下へ出た。空色の翼をぴんと張った小柄な少女が砦リーダーのヴェルクを捕まえて、泣きそうな表情で訴えかけている。


「ヴェルク、行き倒れている人がいるの! 助けてあげて」

「わかったから、落ち着け。――ダズ、フェリアと一緒に外へ行ってくるから、リーフに伝えておいてくれ」

「おう、気をつけてな」


 ヴェルクは愛用の大剣を携え早足で階段を降りてゆき、フェリアもその後を追う。ここダグラ森は迷い森である。砦に辿り着くこと自体が珍しいのだが、そういえばここにも同じように行き倒れていた者がいたような。

 黙って視線を落とせば、薄荷はっか色の双眸そうぼうを一度瞬かせてヒナが囁いた。


「いきだおれ、おなかすいてる?」

「そう、かもな」


 こうなっては模様替えどころではない。ダズリーはその足で三階層にある医務室へ向かい、ヒナも早足でその後を追うのだった。





 ヴェルクによって運び込まれた魔族の青年は、二人の想像をはるかに超えて瀕死の状態だった。当人の意識がないため事情を聞けずにいるが、十中八九、魔族狩りに遭ったのだろうとリーファスが診断をくだす。

 いつもは診療の場に近づかないフェリアが珍しくもずっとそばで見守っていて、ダズリーは少し不思議に思う。臆病な少女の心を掴む何をこの魔族青年は持っているのだろうか。見たところ成年に達したばかりの若者で、色白細身な姿が悲運を際立たせていたので、そこがフェリアの同情を誘ったのかもしれない。


「どうだ、助かりそうか?」

「手は尽くすよ。まぁ、命は助かると思う。しばらくは絶対安静だし、もしかしたら心的外傷のほうがひどいかもしれないけど」


 ヴェルクと会話しながら、リーファスは引き出しから小振りのナイフを取り出した。鏡を見ながら額の一本角に刃を当てる。パキンという軽い音とともに細い先端部分が折れ、彼のてのひらに転がり込んだ。

 希少部族である彼ら一角獣の獣人たちは、精霊獣のユニコーンに似て額の一本角に治癒の魔力を溜め込んでいるという。獣の骨とは違い魔力の塊であるため、削ったり折ったりしても痛みはないらしい。見ているほうとしては鳩尾みぞおちの辺りが震え上がるようだが。


「いいのか。まだ、事情もわからねえのに」

「彼はべていない魔族なんだろ? なら、助けてあげないと」

「お願いリーフ、助けてあげて!」


 懸念を口にするヴェルクと、なぜか殊更ことさらに同情的なフェリア。いずれにしてもリーファスなら躊躇ためらうことなく助けるだろう。それが彼の医師たる理念なのか気質なのかはわからないが、尊敬に値するとダズリーは思っている。

 見た目が子供のヒナとは違い、相手は成人男性だ。魔族の横暴による喪失を経験した者としては、どうしても心が構えてしまうのだ。しかし同じように魔族――それも青年と同じ吸血鬼の部族によって家族を奪われた翼の少女が、彼を助けたいと望んでいるのであれば、大人である自分が渋っているわけにもいかない。


「そいつ、食事はできそうか?」


 心の整理がつけば、あとは自分の役割をこなすだけだ。角の欠片を砕いて薬を調合するリーファスに、ダズリーは声を掛ける。湖面に似た双眸がこちらを見て穏やかに笑んだ。


「柔らかくて胃に優しいものがいいと思う。肺が傷ついているけど、胃腸は正常に動いているみたいだから、起きたらお腹が空くと思うよ」

「わかった。じゃあ準備しておくから、必要になったら声掛けてくれ」

「その時は、わたしが行くわ!」


 フェリアはよほど彼の容態が心配なのだろう。少女がここまで心を寄せる理由も気になるが、医療に関してダズリーは門外漢もんがいかんだ。ヒナに目配せし、そっと医務室を後にして階段へと向かう。

 大怪我を負い衰弱した者に食べさせるとしたら、何が良いだろうか。少量でも栄養豊かなもの、体が温まるものは何だろうか。


「ヒナだったら、何が食べやすいと思う?」


 神妙な顔でかたわらを歩いていた狐の少女は、問われて少し考えたあと、何かを思いついたように瞳をきらめかせてダズリーを見あげ言った。


「ミルクおかゆ!」


 残念ならダズリーにはイメージできない料理だったが、ミルクと聞いて思いつくものがあった。山羊の乳は栄養価も高く甘味もある。熟睡を促す一助にもなるだろう。


「よっしゃ、一丁やるか」


 自分を奮い立たせるように声を出して袖をまくれば、隣を歩くヒナが「うん!」と声を返してくれた。




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