〈閑話〉甘い話に気をつけろ
[chat 3]推しか恋かのスイートポテト
世界改革を目指す我ら革命軍の拠点、ダグラ森の砦にはお姫様がいる。
天涯孤独な身柄を保護され砦に身を寄せている翼族の娘、フェリアだ。本人にそういうつもりはないらしいのに砦の男たちの好意がすごく、一時は抜け駆け禁止同盟なんてものまでできていたらしい。
どいつもこいつもいい歳したおっさんの癖に、なにが抜け駆け禁止だよ。と冷めた目で見ている俺自身も今年で三十五歳、
ウチはまだ人員も少なく、国家を打倒するどころか一地域を奪取するのもやっとなひよっこ革命軍だが、「横暴な魔族国家から弱者を守る」というのは理念であり信念だ。そこに年端のいかない、家族と故郷を魔族たちに奪われた、見た目も言動も愛らしい翼っこのお嬢さん、となれば皆が盛り上がるのも、まあわからなくはない。
革命軍という性質上、砦にいるのはむさ苦しい男がほとんどだ。やれ巡回警備で可愛い花を見つけただとか、やれ村防衛の礼に
当人だって特別扱いは望んでおらず、チヤホヤから逃れるため俺の
今、厨房では砦のお姫様ことフェリア、砦の戦乙女ことミスティア、厨房に居着いている狐っ娘のヒナ、の三人娘で何やらコソコソ話している。
盗み聞きするつもりはないが、石造りの砦は構造の都合で音がよく響く。何の話かと思えば、恋
「ねえねえ、ヒナはどんなタイプの人がいいの?」
気にせず聞き流していたのにフェリアがそんな質問を向けたりするから、思わず水音を抑えて聞き耳を立ててしまった。和国出身で大陸の言語に慣れていないヒナの喋りは、歳のわりに
んー、と考えるように唸ってから、ヒナは青銀の毛に覆われた大きな狐耳をへたりと下げた。
「みかど。朝に、むびょうそくさいをおいのりするですの。きらきらきれいな、お兄さん」
「お祈り? ミカドって精霊なのか?」
「んぅーっ、わかんない!」
好奇心を滲ませたミスティアの問いに、ヒナの
和国は半鎖国中の島国で、大陸とは言語も文化もだいぶ違っていると聞く。島国ならではの精霊や、習慣が根づいているのかもしれない。今度ガフティに聞いてみようと思いつつ、俺は蒸しあがった
「ヒナ、ミカドって人はお兄さんなの? キラキラって、光っているのかしら?」
「ひかりのお色ですの。こうぐうの方角におそなえして、手をあわせるです。ひとめ見たら、むびょうそくさい。みんなだいすき、やさしいお兄さんだもの」
「みんな大好きなのか? 有名なひとなんだな……」
「うん!」
光属性だと判明したが、人か精霊かそれ以外かはサッパリだ。潰した芋にやわらかくしたバターと卵の黄身を入れて、ヘラを使ってしっかり練り込む。俺は芋の食感が残るくらいの
フェリアがはぁと、ため息みたいな息を吐きだした。
「ミカドって、和国の方たちにとっては旗印……希望の象徴なのね。ヴェルクみたいだわ。ヴェルクはお兄さんというより、お父さんだけど」
「お父さんかなぁ、ぼくはそうは思ったことないかも。兄さんより、ずっと頼りになる人ってイメージかな」
ヴェルクの歳は確か二十七歳、まだ若いのにフェリアには親父扱いされているのか。年に似合わぬ落ち着いた奴ではあるが、年頃の娘がいる歳じゃないよな。気の毒に。
ミスティアはむしろ奴を異性として意識しているみたいだ。いいねぇ若いねぇ。
ヒナはといえば、口元に指を当てて真剣に考え込んでいる。大きな狐の尻尾が椅子をこする音が聞こえてくるが、俺は見ない振りして鍋を下ろし、芋生地の成形を始めた。指二つ分サイズの流線形に整え、溶いた卵を上に塗る。お菓子作りとなるといつも手伝いたがる娘たちも、今日は推し
オーブンに入れて火蜥蜴を呼び出すと、今日は二匹で登場した。生地を並べた鉄板周りで楽しそうに踊っている姿を確認し、そっと蓋を閉める。焼き上がるまでにミルクティーも準備してやるか。
二十七歳の若き革命軍リーダーがお父さんポジションなら、三十五歳のやさぐれ無精髭は何になるだろうか。翼娘たちの日参具合に
「ヒナは、ダズのことをどう思っているの?」
考えた矢先にフェリアが爆弾発言をかまして、俺は声をあげはしなかったものの危うく鍋をひっくり返すところだった。本人がいるところでその話題に持っていくとは、異性枠どころかもはや精霊か仙人の扱いかもしれない。
わざと音を立てて洗い物をし会話をかき消すか、このままヒナの答えに耳をそばだてるか、少し迷う。火を止め、沸騰した湯に茶葉を入れて蓋を乗せれば、音が絶えない厨房でもわりと静かになるものだ。迷うようなため息のあと少女の口から飛び出したのは、聞き取れない言語だった。
「え、なに?」
「ごめんヒナ、ぼくたち和国語は聞き取れなくて」
「ん」
おいおい、かしまし娘たち。後生だから突っ込んでやるなよ……と思いつつ、俺だって言葉の意味が気になってしまう。何たって話題の中心人物は俺自身なんだぞ。
肩越しにうかがい見た途端、綺麗につった
雑念は頭から追い出さねば。鍋の蓋をとってミルクを加え加熱していると、オーブンから陽気な火蜥蜴たちの歌が聞こえてきた。鍋の火を止め、オーブンの扉を開ける。ミトンをはめて鉄板を引き出せば、狐色に焼けたスイートポテトと火蜥蜴二匹が整列していて、親子のオブジェみたいだ。
「焼けたぞ……って、うぉ!」
振り向けば、至近距離に
「ダズ、だいすき! おやつ!」
「なんだその誤解を招くような……」
「ん?」
気の利く翼娘たちがいそいそと茶器の準備を始めたので、俺は歳上のミスティアに皿を渡し、自分用に取り分けた二つとマグカップを持ってオーブンの近くに腰掛けた。
「子供が喜んで食べてる姿みてると、幸せな気分になるよなぁ」
己に言い聞かせる気分で言葉に乗せ、珈琲に口をつける。落ち着きなくひょこひょこ動いている大きな狐の耳と、ふわっふわに膨らんで食の喜びを表している太い尻尾を眺めていれば、
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