[1-2]火焔菜の蒸し焼き
時刻は昼下がり。昼食はあらかた済んでおり、配膳班の者たちも役目を終えて引きあげた頃合いだ。夕飯の仕込みをするにはまだ早い。
腕の中でへにゃりとしている狐獣人の子供――見た目ではわからなかったが、どうやら少女らしい――を抱えてダズリーは考える。何か食べさせるにしても準備は必要だ。彼自身は子供に好かれる顔ではない自覚があるので、誰かに協力を願いたかった。
こういう場合はやはり、気遣いのできそうな大人の女性か、優しげな風貌のお兄さんがいいだろう。砦住まいの面子に前者はいないが、後者なら心当たりがある。
「リーフ、手が空いてたら
了解、という応答を確認してから一階へ降り、厨房へ戻って隅の椅子に少女を乗せる。ソファのように横たわれるわけではないが、大きくしっかりした座りやすい椅子だ、転がり落ちることはないだろう。
もはや動く気力もないらしく、少女は
「そんな警戒しなくても、何もしねぇよ。ほら、これで顔拭け」
「なに」
「タオルだよ。おまえさん、顔が泥だらけだぜ」
湯に浸して絞ったタオルを差し出せば、引ったくる勢いで少女はそれを受け取り、やはり警戒の目を向けつつも顔を拭き始めた。畑で行き倒れるまでだいぶ森を
先ほど抱え上げた時に女の子だと気づいたわけだが、一見してでは確証が持てないほどに少女は痩せていた。明らかに
事情聴取は医者に任せて、何か温かいものでも作ってやろう、とダズリーは行動方針を決めた。喉も乾いているかとグラスに水を入れて差し出してみたが、警戒の目を向けられるだけで受け取ってもらえなかったので、仕方なくテーブルに置いておく。
水だけでは空腹感も癒されないだろうと、作り置きの煮豆も皿にひとさじ取って一緒に置いた。少女はちらちらと観察しているが、やはり手を出そうとはしない。
「ダズ、何か用が……、え? 誰、この子」
そこへちょうどいいタイミングでリーファスが現れた。途端に狐少女の尻尾がぶわっと膨らみ、目元が鋭くなる。医師青年のほうも見慣れぬ子供の存在に驚いたのだろう、若干引き気味で少女とダズリーを見比べている。
「畑で腹減らして行き倒れてたんだ。どこの誰かは俺も知らねぇ。俺が迫ったら怖がらせるだろうから、聞き出してくれよリーフ」
「また無茶振りを」
一瞬笑顔をひきつらせたものの、ダズリーが野菜籠から
獣人族の中でも珍しい一角獣の部族だという彼は、木の葉に似た水色の獣耳と、額から突き出た宝石細工のような一本角を持っている。学び培った医療技術のほか、治癒に関わる天性の特殊能力があるのだという。
魔法職ではないが精霊や魔法についても詳しくて、人当たりも良く聞き上手でもある。同じ獣人でもあるのだし、彼になら心を開くだろうとダズリーは安易に考えたのだが、少女の
彼で無理ならダズリーの出る幕はない。何とか話を聞き出そうと距離をはかるリーファスを横目に見つつ、下準備に取り掛かる。
まずは茎と根の先端を切り落とし、丁寧に水洗いする。生でも食べられる野菜だが、丸
火を通すと柔らかくなって甘みが増すので、原産地ではシチューの具材として好まれているらしいが、今回はシンプルな蒸し焼きを試すことにした。丸ごと蒸すと時間がかかるので、料理用ナイフで四つに切り分ける。カタリという音につられて見れば、リーファスが席を立って側にやってくるところだった。
狐少女はいつの間にかテーブル前の椅子へ移動し、今は煮豆を一粒つずつ
「ねえ、ダズ。この子、もしかしなくても獣人じゃないよ」
「その耳と尻尾がアクセサリーだって?」
予想外の診断に眉をひそめつつ、ダズリーも声を低めて尋ね返す。
都会なら若い女子の間でそういうお洒落が流行るのかもしれないが、感情のままあれほど動く尻尾が作り物とは思えない。軽かったが重みを感じた、つまり質量があるということは、森に
リーファスは困惑したように眉を下げ、木の葉に似た耳をぱたりと動かした。
「そういうことじゃなく。……大きな声では言えないんだけど」
意図を察し耳を貸せば、ため息一つ。ぬるい息が
「ダズ、あの子は――魔族だよ」
※近況ノートにキャライラスト(デフォルメ)あります。
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