料理人、狐っ娘を拾う
[1-1]銀色しっぽの狐っこ
ダグラ森の砦は、建設者が不明な古代遺物のひとつだ。深い森の奥、
経年劣化を防ぐ魔法でも施されているのか、ずっと野
いずれにしても、故郷を失った者たちの仮住居とするには大規模な改築が必要だった。幸いにして裏を流れる川は飲用に適しており、塔の周りの植物を払って拓くのには妖精族たちが協力してくれた。始まりは十人ほどだったという。
ダグラ森の砦に集っているのは五十人余り。ほとんどが戦闘技術を持つ人間の男たちだが、魔法の得意な者や他種族の者、ダズリーのように戦闘は不得意でも別の特技を持つ者、なども少数ながらいる。
都市から離れ深い森の奥で集団生活をするのに、狩猟や採取だけで食料は賄えない。集い寄った人々は塔の周囲を地道に開墾し、畑地を広げて作物を育てた。森との境界に柵を立て、見張りを置き、野生動物や森の魔獣に荒らされないようにもした。
そんな先人たちの涙ぐましい努力があって、砦裏の畑では今、住人たちの必要を十分賄うだけの野菜と薬草が生産できているのだ。
砦の料理担当であるダズリーにとっては畑地の管理も仕事の内である。もちろん植え付けや日々の世話、収穫や脱穀などの作業を一人で行うわけではないが。
大掛かりな作業は共同で行い、日々の見回りや収穫のタイミングの見極めなどはダズリーがする。本日も彼は夕飯のメニューを考えながら、畑の様子を眺めていたのだった。
土色の中に整然と並ぶ緑色。その見慣れた景色に違和感を投じるような、灰色の
よく見れば灰色ではなく青みがかかった銀の毛皮、もとい尻尾がぶわりと膨らんだ。狼よりも大振りな獣耳と太い尾は、狐の獣人――だろうか。あどけなさを残す顔立ちは少女とも少年ともつかない。
観察されていることに気づいた子供は驚いたように目を開き、動いた。その行動を予想できず反応が遅れたダズリーを、ギラリと光る何かが襲う。思わず身をひき、遅れて腕をかざした。
嫌な音がして、腕に痛みが走る。
「
反射的に叫んだものの、痛みより驚きの方が強い。抱えていた野菜カゴを放って後ずさったダズリーは、
大陸ではあまり見かけない前合わせの衣装。腰の辺りで揺れるふわふわの尻尾と、ピンと張った狐の耳は青みの銀で、午後の日差しを照り返して美しく輝いている。つり気味の大きな両目は
胸の前で交差するように構えた手にはギラギラ光る刃物が構えられていた。が、ダズリーの腕に走った傷は血がにじんではいるものの、創傷ではなく引っ掻き傷だ。
どういうことだと不思議に思いつつ子供を見れば、
細い指が土まみれの
「これ、まずぅい……」
切りつけて――いや、引っ掻いておきながら、涙目の上目遣いで見あげてくるとは、子供ながらなかなかあざとい。しかし余りにもせつなげな表情をするものだから、ダズリーは痛みも忘れて「そうだなぁ」と返していた。
「あまくないの、なんで」
片言っぽい喋りと珍しい服装を見るに、和国――海向こうにあるという島国から来たのだろうか。こちらの言葉がどこまで通じるのかは疑問だが、
「煮るか蒸すと、甘くなるぞ」
様々な料理法が脳裏を行き巡るも、簡単に説明する言い方が思いつかない。ダズリーの雑な返答を聞くと狐の子供は何も言わずにへたりとうずくまり、ぱたりと畑に突っ伏した。きゅうぅ、と悲しげに腹が鳴いている。
どこの誰で、どうやってここに辿り着いたのかも不明な子供ではあるが、大人として放っておくことなどできない。屈み込んで抱えあげれば威嚇するように睨まれたが、もう引っ掻く元気すらないようだ。
あたりに散らばった野菜を集めてカゴに放り込み、独断ではあったがダズリーはその子供を抱えて、
※大陸地図、あります。
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