革命砦の料理人
羽鳥(眞城白歌)
序
[0]喪失からの誓い
早朝の森は梢から
見慣れぬ来訪者を警戒したのか、樹上の小鳥が
深く広大な森は生命に満ちあふれていて、油断すれば、武器の一つも持たない自分など簡単に呑み込まれてしまうだろう。
世界が色をとり戻す
迷いの森とも呼ばれるダグラ森には精霊が多く住んでいる。かれらがしめす方角へひたすら歩き続けているが、目的地へ近づいているのかもわからない。
精霊は嘘をつかないという――、森歩きの技能を持たない一介の料理人が頼れるものといえば、その通説以外に何もなかった。
頭上に
ため息をつき、足を止める。思えば丸一日以上、水以外を口にしていない。
今さら生に未練などなかった。
樹海に呑み込まれ、命尽きて朽ち果てるとして、悲しむ者はもういない。
愛するひとも、愛そうとしていたひとも、すべてを
生きる意味と同じほど大切な存在をまとめて奪われ、それでも後を追わずに生き続けているのは、願いを託されたからだ。腕の中で息絶えた妻が最期に囁いた言葉を、叶えようと誓ったからだ。
――来世こそ、平和で優しい世界に生きたい。
この大地に生きる者はみな、同じ魂を抱いて
であれば、妻と娘もいずれこの大地で再び生きるだろう。転生前の記憶――ともに過ごした日々も、交わした愛情も、何一つ
二人がまっさらな命で新たな人生を始めたときには、こんな悲しみが降りかかることのないように。
戦乱に終止符を、世界に平穏と優しさを。
彼は一介の料理人で、政治や戦い、種族間に横たわる
勧められるまま森へ向かい、空腹も脚の痛みも忘れ、精霊たちの
自嘲的な気分になりながら、前髪の露を払って辺りを見回す。そして、息を飲んだ。
不意に、視界が開けたのだ。
密集して群立する木々の切れ目に気づかなかった、というわけではない。明らかに魔法的な作用で景色が揺らぎ、幕が開くように眼前が変化する。人工的に
ふらつきそうになる脚を
遠目からでもよく鍛えられているとわかる、がっしりした体つきの若者だった。日焼けよりも濃く見える肌の色は珍しく、
荷物も武器も持たず露に濡れそぼった姿で現れた不審者に、彼は驚いたのだろう。表情は乏しいものの、大きく目を見開いた姿にそう思った。
戦災で家族と故郷を失ったダズリー・ノルラントがこのとき出会ったのは、ローゼイン王家の
やがて世界に変動を導く、のちの建国王である。
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