これは、フィクションです

鶴原環

第1話 金縛り

 あれは、中学生の頃だった。

 自室で眠っていた私は、違和感に包まれて、覚醒した。

 細い視界。

 重い瞼。

 動かない体。

 ああ、これは、金縛りだ。

 私は、不思議なほど冷静に事を飲み込んだ。

 背中を、明らかな寒気がなであげているのに、得体の知れない自信と覚悟が、下腹部の奥でぐるりぐるりと回っていた。

 そんな私が、気持ち悪かった。

 頭を振ろうとしたが、首元で全ての指令が途切れていた。

 瞼を開けようとすると、眼球につながる血管だけがむずむずするだけだった。

 腹が立って、思い切り体を動かそうとするが、痺れるような脱力に支配されている私は、ただ、体を横にしていた。


 ちりん、と。


 それは涼やかな鈴の音だった。

 ひとつだけの音は、水面に渡る波紋のように頭の中に反響した。

 耳から入ってきたのかわからない。

 己の内から湧き上がるような、音色だった。


 はっと、私は視界に映るドアノブを見た。

 自室のドアにつけられている、ドアノブだ。

 見なければならない。

 なぜだかわからないが、私は、見なければならないと強く思った。

 ドアノブが、動く。

 ゆっくりと、おぼつかない様子でドアノブは動いていく。

 ドアが開いた。

 小さく、隙間が生まれた。

 空間が切り裂かれ、細い闇がいた。

 闇は広がる。

 静かに、緩やかにドアは開放されていく。


 ぽぉん、と。


 丸い何かが、室内に入ってきた。

 ボールか。

 赤と白の色が入っている。

 いやあれは、鞠か。


 直後だった。

 私の体を雷の如く恐怖が貫いた。

 全身が総毛立ち、私の本能が強く訴える。

 見るな!

 見るな!

 なんだ。なんなんだ。

 わからない。

 しかし、私はわかっているのだ。


 連れていかれる。


 どこに?

 わからない。

 わからないが、それはわかる。

 必死に私は意識をそらそうとした。

 視界は固定されているが、それでも目から入る情報を認識しないよう努めた。


 子供。


 私は、ぼやけた視界の中に子供を見た。

 双子だ。

 白い髪をしている。

 おかっぱ頭で、三、四歳といったところか。

 半袖の浴衣と言うのか、生地の薄そうな白い和服を着ている。

 二人は部屋に入った。

 私の方は見ていない。

 鞠を蹴り始めた。

 ぽぉん、ぽぉんと。

 二人の間で鞠が軽く跳ねる。

 

 二人は蹴り終わると、ドアの方に向かった。

 私の方は見ていない。

 すたすたと、室外に向かって歩いている。

 ドアの前で、二人はぴたりと止まった。



「起きてるね」



 呼吸が止まった。

 まずい。

 まずい!

 まずい!!

 どうしてか、私は叫びたかった。

 どうしてなのかはわからないのに、どうしても、私は叫び、その場からすぐさま逃げ出したい衝動に駆られた。

 

 子供はそう言った。

 二人は私の方は見ていない。

 垂れた前髪で、目がどこを見ているのかはわからない。

 顔はドアの方を向いたままだ。

 二人はくすくすと笑っている。

 指を口元に当て、笑っていた。




 私は目覚めた。

 体は動いた。

 外から光が差し込んでいる。

 朝だ。

 全身は汗まみれで、強い気だるさがあった。

 あれはなんだったのか。

 私にはわからない。

 もはや、わからないのだ。

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