2章 第5話 妄信者たちの聖女
「では、使徒として女神の願いを果たすために、カナタは村を出たのですね」
「住み慣れた村を出て、確かめようとはるばるレグナムルスまでやってきたんですけど…」
「ふふふ…なのに、侵入者と間違えられて、城内から追い出されてしまったと」
「笑わないでくださいよぉ…大変だったんですから」
「あらごめんなさいね、つい。」
そうは言いながらも、悪びれた様子もなく口を押さえて笑うセヴァンジェリンに対して、カナタはプリプリと憤慨してみせた。
深い影が歩き出したかのような暗い風貌の彼女だったが、いざ話してみると、先ほど初めて会ったとは思えないほどに、親しみやすく話しやすい人柄をしていた。
決して声が大きいわけでもないのに、聞き取りやすくはっきりとした彼女の口調は、その一言一言に引き付けられてしまうような不思議な魅力を持っていた。カナタは弱まっていた雨にも気づかないほどに、彼女との会話を楽しんでいた。
村の住民たち以外とろくに話したことはなく、最初は何を話そうかとしどろもどろだったカナタだった。しかし、彼女の気さくさに、気づけば与太話としか思えないような女神の使命について、自分から話していた。
「セヴァンジェリンさんは女神の使徒や、魔王の使徒についてご存じなんですね。昔話の存在だって聞いてたので、もっと疑われるか、最悪呆れられるかと思ったんですけど」
「はるか250年も前の伝承ですからね。当然、知らぬ者も信じない者もいるでしょう」
「でも、貴方は信じてくれるんですね」
「実はその人が嘘をついているかどうか、目を見れば分かっちゃうんですよ私。」
セヴァンジェリンがふと足を止め、カナタに向き直った。
曇り空の下、穏やかに揺れる湖面の満月のようなまん丸とした瞳が、カナタをじっと見つめていた。
見つめ続ければ、そのまま吸い込まれてしまいそうな不思議な引力が、その瞳にはあった。
思わず見とれていたカナタは、大仰に首を振った。
「ふふふ…恥ずかしがらなくてもいいんですよ?」
「いえ、そういう訳では…
そういえば、目的の待ち合わせ場所はどこなんですか?」
城下町を歩く二人は、カナタの村がある東の山脈から遠ざかるようにして、南西の城壁の方へと向かっていた。
「ええ、待ち合わせ場所は城下町ではないんですよ。城壁の外、新市街でお会いする予定なんです。」
「新市街ですか…?」
カナタは聞きなれぬ言葉に首をかしげると、セヴァンジェリンは合点がいったようにうなずいた。
「ああ、ごめんなさい。カナタはレグナムルスに来るのは初めてでしたね。
このレグナムルスは、大きく2つの区域に分かれているんです。
過去の大戦の雰囲気を色濃く残す、城壁に囲まれた城下町。
西方の王都まで流れるニヴェス河の恩恵を受け、交易都市として栄える新市街。
南西の狼大門を境に、二つ街がこのレグナムルスには存在しているのです。」
セヴァンジェリンに導かれるまま歩いていると、カナタの目の前にそびえ立つ城門が現れた。最初に通った城門よりも一回りも大きく、あの聖森に生息する群狼を模した立派な装飾が施されている。
夕刻が迫った城門の下は、今までとは打って変わって多くの人通りがみられた。
行き交う荷馬車と人の流れに乗って門を抜けると、そこはカナタの想像を超える活気に包まれていた。
「うわぁ…城下町の外はこんなに栄えてたんだ」
「ここが東端の大都市。レグナムルスの新市街ですよ」
丘の上にあるレグナムルスの城下町から坂を下る街道に沿って、様々な建物が広く立ち並んでいた。また、通りを行き交う人の数は、目算でも百を優に超している。
ふと遠くを見ると、東の山脈から流れ出た雪解け水を集めた大きな河川が、遠く西の方へと続いていた。離れたこの位置でははっきりとは見えなかったが、荷を積んだ小舟が行き交っているようだった。
街道の脇にある街灯は、鮮やかな布で作られた装飾で彩られており、物珍しい祭り飾りをカナタは目で追った。
道を行くどこか浮かれたような通行人のようすを見て、カナタはレグナムルスでは近々祭りが予定されている話を思い出した。
「そういえば、近々祭りがあるんでしたっけ?」
「ええ、名を却魔祭といいます。250年前の人類と子神たちとの勝利を祝う、王国有数のお祭りですよ」
「へぇ…」
「さあ、待ち合わせ場所までもう少し歩きますよ。カナタ、はぐれない様に気を付けてくださいね」
先導するように歩き出したセヴァンジェリンの後を追いながら、カナタは物珍しそうにあたりを見回していた。
立ち並ぶ商店には、小雨の中でも様々な品物が置かれていた。
魚や肉の食料品や、食器などの日用品、魔素を含んでいそうな宝石がはめ込まれた装飾品。なかには群狼をかたどった土産物らしきものまで見られた。
露天商や食堂の呼び込みが怒号のように広がり、通りを商人たちの熱気が包んでいる。
「すごい人通りですね!」
「はぐれないように気を付けて」
優雅な身なりからは想像できないほどに彼女は健脚であり、山道を歩きなれているはずのカナタの方が、慣れない人ごみに揉まれて喘いでいた。
人混みをすり抜けるように進むセヴァンジェリンを見失わないようにして、その真っ黒な背を必死に追っていたカナタだったが、ふと空いた右手にひんやりとした氷嚢のようなものが絡みついた。
驚きで心の臓が跳ね上がるのを感じると、前を歩いていたはずのセヴァンジェリンがいつの間にか目の前に立っていた。
「この通りは少し賑やかすぎますね。路地を通りましょうか。」
それがセヴァンジェリンの手だと気付くと同時に、カナタは彼女にぐんぐんと手を引かれ、人混みの中をすり抜けていった。
やや幅広な路地に出たところで、セヴァンジェリンは
「却魔祭を控えたこの街の賑いは、王国の中でも王都に次ぐほどでしょう。驚きましたか?」
「はい、正直舐めてました…」
人の波に押しつぶされそうになりながら歩いていたカナタは、いままでにない疲労感でどっと肩を落とした。
「まさかこんなにも人と物で溢れた街だとは思いませんでした。レグナムルスはずっと前からこんな感じなんですか?」
「いいえ。この新市街がここまで発展を遂げたのは、ここ10年のことです」
「えっ…そうなんですか?」
「却魔祭はとても由緒のある祝祭ではありますが、ここまでの賑いはありませんでした。
それもスクード辺境伯が推し進めた改革が大きく影響しているでしょうね」
夕刻が近づき茜を帯びる曇り空の下、薄暗さを増す路地を歩きながら、カナタはスクード辺境伯が行った改革について聞いた。
スクード辺境伯が治めるレグナムルスは、地理的に北の帝国との緩衝地帯を持ち、北伐のたびに遠征軍を編成し、王国の戦力として寄与してきた歴史があった。北伐への貢献は、王国の中でも特別な名誉とされ、レグナムルスの民はそれを誇りとして生きてきた。
だがしかし、長引けば10年を歳月を超える北伐の負担は、レグナムルスの民にとって少なくないものだった。
働き手の男たちが北伐へと向かって帰ってこないことも珍しくなかった。
北伐を終えた後のレグナムルスは、不作が同時期に起きれば餓死者が出てしまうほどに、困窮することも珍しくなかった。
第六次北伐から帰還したスクード卿も救国の英雄と謳われこそしたが、レグナムルスの財政がひっ迫していることを、北伐で負った負傷により二度と戦いに赴くことが出来なくなった身体で知った。
スクード卿が先代の辺境伯より家督を継ぎ、苦境に立たされたままレグナムスルの領主となったのは、今から20年前のことだった。
誰でも匙を投げるような状態の領地運営だったが、スクード卿はレグナムスルを立ち直らせることに成功した。
初めに、領主となったスクード卿は救国の英雄の名を惜しみなく使い、近隣の諸侯とのつながりを深めた。
また、レグナムスル近郊を流れる木材運搬のために用いられていたニヴィス河を、王都とをつなぐ交易河川として整備、活用したことで、辺り一帯の物資が集約する交易都市としてレグナムスルを発展させることに成功した。
最初の頃こそ、北伐に対して誇りを持っていた民たちは、スクード卿の施策に対して、北伐の備えをないがしろにしていると反発が起きたらしい。
しかし、そんな不満の声は、第七次北伐を越えて豊かなままのレグナムスルの活気に搔き消えていった。
第七次北伐を無事に終えた祝いに行われた却魔祭は、いままで行われていた古臭い儀式染みたものから、周囲一帯の諸侯たちを巻き込んだ盛大なものに変わり、いつしか建国祭に次ぐほどの賑わいを見せる東方随一の祝祭へと変わっていた。
「なるほど、スクード辺境伯はとてもやり手の領主様なんですね」
セヴァンジェリンの話を聞き終え、新市街の賑いのわけを理解したカナタは腕を組み、納得したようにうなずいた。
先ほど通った新市街を包む商人たちの熱気は、小雨が降る中でも、前向きな活気に満ちていたように感じられた。
スクード辺境伯の治世は優れたものなのだと、カナタはそう思った。
しかし、その隣を歩くセヴァンジェリンの表情は、どこか影を帯びているようにみえた。
「あの…もしかして、気に障るようなことでも言ってしまいましたか?」
何か不味いことでも言ってしまったかと不安になりながら、カナタはおずおずと話しかけた。
「民草の安寧と活気は喜ばしい限りです。
ですが、救国の英雄と謳われながらも、スクード卿は北伐を治世の負担と考えている節があるのです。それが私には嘆かわしい…」
一瞬、カナタは耳を疑った。
聞き間違いでなければセヴァンジェリンの口から出た言葉は、領主たるスクード辺境伯に対しての
先ほど彼女は自身の生まれを高貴なものではないと言っていた。であれば、いかような理由があれど、先ほどの反逆に近い言葉は、衛兵に聞かれでもすれば拘束をされかねないものだった。
カナタは咄嗟に首を振って周囲を見回すが、先ほどとは打って変わってあたりに人の影はなかった。
「くすくす…失礼しました。スクード卿は度量の広い御方。小娘のたわ言と一蹴してくださるでしょう。さあ、到着しましたよこちらへどうぞ。」
街灯がまばらになった路地の一角でぴたりと足を止めたセヴァンジェリンは蠱惑的にほほ笑むと、地下へと続く入口を指し示した。
覗いてみると、そこは薄暗がりのくだり階段となっており、魔素の力を感じる仄明るい灯りが遠くにポツンとあるだけで、この先がどこか魔境へと繋がっているような気がした。
「大丈夫ですよ、とって食べたりなんてしませんから。さあさ、おひとり様ご案内」
陽気そうに話すセヴァンジェリンに背を押されて、カナタは地下へと続く階段を降りていった。
下に降りるにつれて、カナタの鼻孔を湿っぽい風が刺激した。
近くに河川があるのかと思っていると、カナタはニヴェス河へと続く支流のひとつのそばに出た。
まばらに続く街灯を追いかけるように川のそばを歩いていると、歓談の声がどこからともなく聞こえてきた。
賑いの声は、川沿いの酒場のような建物へと続いていた。扉の前に差し掛かった時、カナタは背後にいたはずのセヴァンジェリンが居なくなっていることに気付いた。
「どこに行ったんだ…いや多分、ここに居るって事なんだろうな。」
背後では、再び強くなりはじめた雨が、地を跳ねてカナタに掛かっている。
唸りをあげる雷雲がすぐそばまで近づいており、もはや後に戻ることも出来ず、カナタは意を決して目の前の扉を開けた。
重く硬い扉が開くと、中の明るさに一瞬、カナタは目を眩ませた。
部屋の中は思ったよりも広く、天井には魔素が込められた灯火がいくつも吊り下げられ、昼かと見まがうほどに爛々としていた。
所狭しといくつもの丸机と椅子が並べられており、その椅子に様々な面々が腰を掛けていた。
しかし、食堂や酒場とは異なり、その場に居る者たちは談笑にふける者が多かった。
「ようこそお越しくださいました。」
「すみません、ここに連れて来てくれた人とはぐれちゃいまして…」
「招待を伺っております、カナタ様。この仮面を身につけられてどうぞこちらへ」
黒い布を頭から被った給仕のような女に、板のような黒い仮面を渡され、それを身につけるように促された。そして、そのまま一つの丸机に招待をされた。
その机には二人の女が先に座っていた。
一人は
もう一人は、どこか監査隊の隊服を思わせるような水色の制服を身にまとった女性。
また、二人とも装飾が違えと、同じく黒を基調にした目隠しの仮面をつけていた。
カナタは想像だにしていなかった状況に緊張したまま固まっていると、水色の制服の女性がこちらへと話しかけてきた。
「ごきげんよう。監査隊に同行されていたカナタ村の方ですね。」
「あ、はい。アナタが?」
「私が城への帰還を取り持ちますのでご安心を。
却魔祭の来賓が滞在していることもあり、衛兵たちも神経質になりがちなのです。どうかご了承ください。」
「いえいえそんな、どうか顔をあげてください。」
深々と頭を下げる文官の女に釣られるようにして、カナタを頭を下げた。
そのやりとりを眺めていたもう一人の女性は、待ちきれないと言った風にカナタに話しかけてきた。こちらはきめ細やかな生地で作られた一枚布の装束に身を包んでいる。その優雅な振る舞いと、高価そうな装飾から地位の高い女性なのだとカナタは察した。
「もしやその外套は、工匠マレッタの一品ではありませんか?」
「ご存じなのですか?」
予想だにしていなかった名前が彼女の口から聞かれて、カナタは驚きで目を瞬かせた。
「それはもう!
濃密な風魔素にさらされた群風岩の森の獣は、なめし革にすれば強靭で上質な素材となり、その革で作られた装備は、王国一の名品として名高いものです。
工匠マレッタの外套をお持ちと言うことは...貴方はもしやヴェント家とゆかりがある方なのでしょうか?」
目を輝かせ人懐っこい笑みを浮かべる女性の圧に、カナタはやや圧されながらも首肯した。
「やはりそうでしたか!!お会いできて光栄です。
かの光の子神の意志を継ぎ、聖森を守護するヴェント家の方とお話しする機会が持てるなど思いもよりませんでした!」
「いえ…俺はその…」
感激した様子の女性の問いかけに、困惑しながらカナタはバツが悪そうに答えた。
「ヴェント家の皆さんには、良くしてもらいましたが、俺はしばらく世話になった居候のようなものなのです。
聖森の中を迷っていたところを保護してくれて、ヴェント家の人たちは家族のように扱ってくれましたが、私は血縁ではないんですよ」
カナタは謙遜するように目の前で手を振ったが、外套の胸元をまじまじとのぞき込んだ女性は不思議そうに問うた。
「ですが、その外套の刻印はまぎれもなく風の使徒であるヴェント家の家紋。
その家紋が付いたものを、理由もなく誰それと渡すようなことはありませんよ。貴方がヴェント家の方々から、よほど信をうけているのだと、それを見れば一目でわかります。」
「そうなんですね…」
自分を包む外套に込められたヴェント家の人々の優しさに、カナタは静かに震えた。水はけのよい外套は、すでに表面が雨を弾いて乾きはじめており、雨風にさらされていても、羽根のように軽く、温かく、そして心強かった。
「ひとつお伺いをしたいのですが…」
水色の制服を着た文官の女性が、おずおずと手をあげて問いかけてきた。
「カナタ様はあの聖森で目を覚ましたというのは、本当なのでしょうか?」
「ええ、そうなんですよ」
「それは…まさに、光の子神より使命を授かった、光の使徒様のようですね。」
文官の女性は唖然としたように口を押さえ、高貴そうな女性は静かに息をのんだように見えた。
「そんな上等なものだったらいいんでしょうが。
恥ずかしいことに、俺にはそれまでの記憶というものが無くって、どこから来て、なんのために来たのか分からないんです。」
「なるほど…カナタ様は何か子神からの天啓を受けられたりは…?」
「初めの記憶で、金色の少女に何かを言われたような気がしますが…。あまりにも不確かで、寝ぼけて見た夢だと言われてしまえば、そうだったのかと思ってしまうほどです」
自嘲するように答えたカナタに対して、いつしか神妙な面持ちになっていた二人の女は、互いの顔を見合わせた。
そして、カナタは初め見間違えかと思ったが、二人の身体がどこか打ち震えているようにも見えた。
「聖女様。このたびの出会いに感謝を…」
「やはり聖女様は、真にこの地を憂う者に違いありません」
二人はお互いの胸の前で、静かに両手を組み合わせ、何かに祈るような素振りを見せた。
カナタは感じ入ったように祈る二人の姿を不思議そうに眺めながら、建物の外でどやすように唸りだした雷鳴を聴いていた。
(今の祈りは…セヴァンジェリンさんと同じだったな)
二人の祈り方は、村で観たものとは違っており、いつだったかセヴァンジェリンが同じ動作をしていたことを思い返した。
「ところで…聖女様とは?」
カナタは祈りを終えた様子の二人に対して、ふと疑問に思ったことを問いかけた。
二人は待ってましたと言わんばかりに、穏やかにほほ笑むと話し始めた。
「聖女様とは、このエレーアボスの地を救わんとする意思を持った方のことです。
カナタ様は、”魔王脅威論者”というものをご存じでしょうか?」
「”魔王脅威論者”…ですか?」
魔王脅威論者。
言葉の意味をそのまま捉えるのならば、魔王の存在を脅威として認識している人をさすのだろう。だが、カナタはその名に聞き覚えが無かった。
「ごめんなさい。村を出たばかりで何も知らないんです。」
「なるほど。であれば尚のこと、この出会いは必然なのでしょう」
感慨深そうに頷く二人の女性を見ながら、カナタはふと小さな違和感を覚えた。
それは疑問というにはささやかだったが、のどに刺さった小骨のように、カナタの内心をくすぶっていた。
「”魔王”との過去の対戦より、250年の時が経った今。
多くの者は”魔王”の脅威を忘れ、
使徒様たちに救ってもらった恩義を忘れ、
日々の暮らしにとらわれて、なぜ今も安穏と暮らせているのかを忘れてしまいました。」
「子神さまたちの祈りも、使徒の方々の献身も、すべては忘却の彷徨に追いやってしまったのです。
実に嘆かわしいことです。」
「私たちはそのような不届き者たちとは異なり、来るべき”魔王”の襲来に備えて、一致団結しようとする同志たちの集いなのです。」
「”魔王”の復活を前には、結束を忘れた人々の群れなど、脆く、弱々しいものです。そのためにも、”魔王の脅威を忘れるべきではないと啓蒙する者たち”が我々”魔王脅威論者”なのです」
穏やかなながら、しかし熱のこもった論調で、二人は”魔王脅威論者”というものがいかに素晴らしいものかをカナタへ説明した。
その熱弁を聴きながら、カナタの心はどこか数歩下がった位置で、冷ややかに俯瞰していた。
カナタが感じていた言葉にならない懸念は、彼女たちのその瞳にあった。
この世を憂い、熱心に語る二人の女性は、カナタに対し話しかけているようで、ここではないどこか遠くを見ているように感じられた。
まるで、カナタではなくカナタの背後にある何かを見ているような感じがしていた。
ひどく冷たい嫌な汗がカナタの背筋を沿って流れていった。
「カナタ様は、ご自身の名の由来をご存知でしょうか」
「由緒正しい名前だとは聞いていましたが…」
「であれば、ご理解いただけると思います。」
「はぁ…」
「光の使徒より戴いたその名を持つものであれば、これは何かの巡り合わせ。いえ子神さまのお導きに違いありません!
カナタ様。ぜひ、私たちとともに、”魔王”の襲来に備えませんか?」
「えっと…?」
正直なところ、カナタは彼女たちが何を言っているのか、その半分も理解が出来ていなかった。
辛うじて分かったことを、カナタは混乱する脳内で反芻しながらまとめていった。
(いずれ復活するであろう”魔王”に備えてすべての人が結束する。
もしそれが可能なら、あの子が言っていたように、この世を脅かすような”何か”が来ても跳ね除けることが出来るのかもしれないな。)
”魔王脅威論者”と呼ばれる彼女たちに協力すれば、金色の髪の少女が言った”使命”を全うできるのかもしれない。
(けど…この人たちと協力するのはちょっと難しいかも…)
自分が使命を帯びているらしいことは百も承知だった。しかし、カナタはどこか冷めた心持ちで彼女たちの言葉を聞いていた。
暗く静かな越冬の時期に呼んだ本で、彼女たちをなんと言い表すのか、ぴったりとあてはまる言葉があったことを、カナタはふと思い出した。
”狂信者、あるいは妄信者”
彼女たちの熱心さは胸やけがしそうなほどに伝わったが、彼女たちの言葉には自分自身は選ばれた者であるという優越感のようなものが込められているようだった。
カナタが顔を上げ、あたりを見回すと、この場に居る数十名は、年齢や性別はもちろん、身なりや職種、果ては社会的な立場に至るまで、あらゆるものが異なっていた。
顔隠しの黒の仮面を着け、談笑する彼らは、彼女たちと同じ思想の元に集まった”魔王脅威論者”なのだと、カナタは今になって気づいた。
「いかがされましたか?使徒である貴方であれば、迷う余地なのないはずですよ?」
「いえ、素晴らしいお考えだなって…」
「では!!」
「い、いえ!もっと、どういう方々なのか、話を伺いたいなぁと思いまして!!」
取り繕いにしては雑すぎたかと思いながら、カナタは苦しげに呻いた。
だが、二人は疑うような素ぶりせず、ほほ笑んだままだった。
「なるほど。であれば、彼女のお話を直接聞かれるのが良いでしょうね。」
文官の女性が話し終わると同時に、ふと明明と輝いていた部屋が、一瞬で暗がりへと変わった。
談笑で賑わっていた部屋が、暗がりとともに一瞬で静寂へと変わった。
誰もが声ひとつあげず、部屋の奥の一点を見つめていた。
部屋のどこからでも見える奥の壁に、一筋の光が差すと、そこには漆黒の修道服に身を包んだ一人の女性が立っていた。
「セヴァンジェリン…さん?!」
妄信者たちの聖女が、静かに顔を上げ、艶然と微笑んだ。
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