第19話 はじめてのおつかい
「ハァ…すごい憂鬱。」
「どうした?ポエラ姉ぇに怒られでもしたか?」
「いや…大丈夫、なんでもないよジィチ。」
本日の仕事は、村はずれの果樹園で、継ぎ木の手伝いをする予定だった。
ポエラの叔父一家からもらった作業着に身を包み、道中で会ったジィチとジーニと共に目的地へと向かっていた。
「冬越し早々、辛気臭いぞ。シャキッとしろ、シャキッと。」
「それはそうなんだけどさぁ…」
この村に来てから3回目の春。
冬場にあれほど、待ち望んでいた日光が、村中をきらびやかに照らしていたが、カナタは未だ厳冬の最中にいるように、暗く落ち込んでいた。
朝食中、ポエラにそれとなく諭された後も、誤解を解こうと、自分が夢で体験した出来事を、順を追って説明してみた。
その間、ポエラは茶化すこともなく、こちらの話を真面目に聞いてくれた。
一通り、聞き終わったポエラは、口を挟むでもなく、「そうか」と簡潔に答えると、遅刻しない様に仕事に行くように促しただけだった。
しかし、仕事に向かう道中、次第に、躍起になって自分のことを救世主だと説明していた姿を想像して、アホほど恥ずかしくきてなってしまった。
雪解けを集めてまだかなり冷ややかな川へと、身を投げそうになっているところで、同じく仕事へと向かうジィチたちと合流したのだった。
(それでも…夢にしては、はっきりしすぎてるし、
あの時受けた痛みも、ちゃんと思い出せるんだよな…)
日頃の疲れが引き起こした夢だとしても、薄暗い部屋の少女から受けた鋭い平手打ちの痛みは鮮明だった。
「ねえジーニ、念のため聞くけど…。
俺が子神様の使徒で、世界を救うために来たって言ったらどう思う?」
「ちょっと…もう15になるのに…
そんなこと言ってたらポエラ姉ぇが悲しむよ。」
「はい…申し訳ございません。二度と言いません。」
唐突な問いかけに、ジーニは面を喰らったようだったが、険しい顔になりこちらを窘めた。
「…やっぱり、そうだよな。
これって、少年期特有の
「まあ、ちゃんと気づいているなら問題ないよ、大丈夫。」
「そっか…ジーニは優しいなぁ。」
「いや、そうじゃなくて…」
ジーニは前を向いたまま、気だるげに親指で後ろの方を指した。
「あーあ、仕事なんてダルいなぁ…
もっと、狩りとか、訓練とか、そういうのだけしてたいのに。」
後ろで、めんどくさそうに歩くジィチの手には、果樹園での作業には必要なさそうな木刀が握られていた。
マグニフの教えもあり、字が読めるようになった4人は、長い冬場の間、それぞれが思い思いの本を読みながら過ごした。
その際に、ジィチは異国の冒険譚にハマってしまい、手製の木刀を片手に、訓練と称して、案山子相手に素振りをする姿が目撃されていた。
すなわち、ジィチは冬の巣ごもりの間に、しっかりと患ってしまったようだった。
身内に対して向けるには、冷徹すぎる目をしたジーニを見ながら、このことは胸の内にしまい込むことに決めた。
「…ん、あれルーアじゃない?なんか捕まってるみたいだけど。」
「隣に居るのは、ポラゥルのおっちゃんだ。何、話してるんだろ。」
果樹園に向かうため、一度、村の中心を通り過ぎようとしていたところ、同じように仕事へ向かっているはずのルーアが、村人と話し合っている姿が見えた。
行商隊の馬車で珍しく活気づいた中央広場で、その端に立つルーア達のほうへと近づいて行った。
「おはようルーア、何かあった?」
「おはよみんな。
いや、ちょっと僕らに相談があるみたいで。」
「おお、ちょうどいいところに来たなボウズども、お前らに頼み事があるんだよ。」
早朝にしては、狩人の服に小柄なカザミミ族の男は、早朝にしてはややくたびれた様子で、こちらへと向き直った。
「あれ?
昨日から、獣避けの結界石に反応があったって、
この村では、狩猟を生業としていたカザミミ族が、古くからの狩猟技術を用いて狩りを行っているが、元々は、かつて王国に使えていたカザミミ族の部隊が、褒章として与えられたこの地に根付いたとされており、
その中で、
そのため、その
「俺は護衛の別件で。ちょうど今、村に帰ってきたところなんだよ…。
ほとんど皆、山狩りに出てて、人手が足りて無いから、お前たちにも手伝ってほしいんだよ。」
「ははぁ、なるほど。遂に俺たちにも
不敵な笑みを浮かべたジィチは、背負った木刀を抜くと大仰に構えて見せた。
「うぉ、あぶね。」
危うくジィチの木刀が、こめかみを打ち据えるところだったが、間一髪でよける。
こちらの非難がましい目線には、気づいてない様子のジィチは続ける。
「聖森の加護が産んだ勇者の再来である、俺に任せてもらおうか!
我が秘められし力が、聖なる魔素の奔流となって、あらゆる困難を解決して見せよう!」
(…あいたたたたたた)
行商人たちの喧噪と、馬車が石畳とこすれ合う音だけが響く中、キメ顔のジィチは満足そうに木刀を構えていた。
ルーアとジーニと共に精神的な苦痛を受けた3人は、渋い顔をした。
「…兄貴、ほんと最悪。
カナタ、あんたはポエラを悲しませないようにね。」
「あ、はい。
じゃあ、ジィチは一旦、置いておいて。
同じような傷を持っているのか、同じように渋い顔をしていたポラゥルは、こちらの問いかけにすぐに表情を切り替えた。
「当たり前だが、お前ら
結界石に引っ掛かったらしい大型の獣は見つかっていて、先行した隊が既に、追い込みをかけている。
俺もこれから向かう予定なんだが、多分、合流する間には終わっている可能性が高い。」
小柄な
「村長と相談してな。
少し早いが、山狩りのついでに結界石の点検をすることになった。
その人手が足りないので、お前たちも加わって欲しい。
村に残ってる奴を付けるから、
「なるほど、承知しました。」
ジィチたち4人は、本人たちの意志と適正を持って、斥候隊の見習い、
この村に来てからちょうど一年が経った頃、村長の家へと集められた4人は、皆、参加の意志を示して、入隊することになった。
その日を境にポエラ達、教官の狩人たちに連れられては、山の中で生活する
自然物と、火打石だけで火を起こし続ける方法。
紐と大きな布だけで、野営地を作り出す方法。
方位磁針を与えられて、野営地の周辺を簡易的に測量する方法。
狩り以外で、食料を水分を確保する方法。
いつだかの訓練の際、雨で湿った森の中で、凍えながら薪を探している時は、久しく感じていなかった死を身近に感じた。
しかし、その時の教官であったポエラ曰く、まだ序の口らしい。
それらすべては狩人としての基礎技術だったようで、皆それぞれ悲鳴を上げながら、新たな
ポラゥルより言い渡された今回の任務は、どうやらその訓練の一環として行われるようだった。
最初は、ジィチも不満げな顔をしていたが、木刀を背負い直すと居住まいを正した。
「分かりましたよ
だけど、万が一獣たちと遭遇する可能性はあるの?」
「別に、結界自体が壊れた訳じゃないから、中型ぐらいの獣たちは侵入していないとは思うが、念のため随伴者を付けておく。
お前たちが出発する前に、第2陣が先行するから何か問題があったら伝えるさ。
じゃあ、お前たち任せたぞ。」
「承知しました。」
果樹園の担当には話しておくと言ったポラゥルと別れ、急いできた道を戻り装備を整えてから再び中央広場へと合流した。
広場には既に、
「よしそろったな。
すぐに出発して、明るいうちに戻るぞ。」
「糧食はこっちで準備したけど、
みんな、装備の抜けはないかな。」
ポラゥルが同伴者として付けたのは、良く知ったマグニフとベキシラフであり、二人とも唐草色の外套に身を包み、準備は万端なようだった。
「あれ?そういえば、ポエラ姉ぇは一緒じゃないの?」
「なんか今日、来客の対応をしてるから、手が離せないんだってさ。」
ポエラも
「そうか…ポエラ姉ぇにも俺の雄姿を見せたかったがな…。」
「おーい!ジィチなんだその木刀は、荷物になるから置いて行かんか。」
「ふふ、マグ兄違うよ。
この木刀はただの木刀にあらず…
我が魔素を込めし、勇猛なる名剣!
荒れ狂う獣の一つや、二つ、滑らかに切り捨ててみせよう…」
(…いたたたたたたた。)
ジィチが見せた
「…異界の使徒とか、二度と言わんどこ。」
ささくれだった鳥肌が収まった頃、近くの村長の家に木刀を預けて、5人で目的の結界石の方向へと進み始めた。
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