第20話 監査官
(やれやれ、どうしたもんかの。)
カナタたちが森に出発をして、しばらくあとの村長の家の応接間。
孫娘のポエラを後ろに控えさせた村長は、心の中で小さくため息をついた。
部屋の中心に置かれた来客用の椅子に腰かける、二人の来訪者。
彼らは交易に来る商人ではなく、東の先にある中核都市から来た役人であった。
一人は、瓶底の眼鏡を付けたつかみどころのない顔をした男と、もう一人は、背筋がまっすぐと伸びた、気の強そうな眼をした女だった。
「冬明けの多忙な時期に、突然の来訪失礼します。
私はスクード辺境伯の命により参りました、監察官補佐のヤーブです。
そしてこちらが、監査官代行のトリエル・シルバニア・トリワーズ様でございます。」
村を視察しに来た身でありながら、恭しく自己紹介をするヤーブに対して、トリワーズと呼ばれた女は、紹介に答えることもなく、眉間にしわを寄せ、不機嫌さを隠そうともしていなかった。
どうやら彼女は、余程この村へと送られたことが不満だったようだ。
「遠くからの来訪、痛み入ります。
トリワーズ監査官代行殿、ヤーブ監査官補佐殿。
大変、
監査とはいかがな事柄についてでありましょうか。」
監査官は封建制が敷かれた王国において、徴税の不正、背徳を行った役人や首長の調査や摘発のために、各諸侯や、王都が送り込む役職であった。
そのため、監査官を送られた町や村には、何かしらの嫌疑がかけられていると、同義であるため、村長としても気持ちの良いものではなかった。
「いえ、そう身構えないいただきたい。
何も徴税に問題があった、というわけではありません、ええ。
あくまで、今回は調査の一環で参りました。」
年に2回、春先と冬に入る前に、村では担税を支払っている。
村で取れた農作物に加え、革製の装備の交易で手に入った収入などから捻出していた。
王都から遠く離れた僻地であったこともあり、元々大きな徴税はされておらず、毎回の納税は問題なく行えていたはずだった。
男が言うように、租税の徴収でなければなんであろうか。口には出さず役人の話を待った。
「ここだけの話ですがね。現在、王都の方でもひとつの問題が懸念されておりまして…。その調査もかねて視察に参った次第です、はい。」
監査官補佐のヤーブは、問題はあると答えても、それが何かは言わない。
彼の表情は柔和であったが、一向に何を考えているかはつかみどころがない。
彼らは、十中八九、その問題に当たりはつけているようだったが、監査される村側に、答えさせようという魂胆のようだった。
徴税に関することでも、ましてや、王都や辺境伯に対する反逆の意志など、微塵もなかった。
だが、村長はそれとなく心当たりがあったが、もうすこし探りをいれてみることにした。
「遠く離れた辺境の地であるため、常識を知らずな点がありましたら申し訳ない。
ここは王都から遠く離れ、隣国もなく、ただ山と木々と雪に囲まれただけの村です。もちろん、領主様へ背徳など滅相もなく、何か至らないことがありましたら教えていただきたい。」
「ああ、そんなに畏まらないでください。
なにも、まだ問題があったとは言っておりませんよ、ええ。
スクード辺境伯への
そのようなことがあれば問題でしょうが、ないと私は信じておりますよ、はい。」
村長は
どうやら、この監査官たちはほぼ間違いなく、この村で辺境伯への反逆に近い何かが行われているのではと、疑っているようだった。
もちろん、全ての村人が50人もいないただの村で、反乱を起こす気などかけらもなかった。
逆らうつもりなど毛頭ないと答えようかと村長が考えていると、先ほどから目を瞑って黙り込んでいたトリワーズ監査官代行が、おもむろに立ち上がり、大きな音を立てて机を打ち据えると、村長に迫った。
「おい貴様。先ほどから、そのはぐらかす様な素振りはなんだ。監査官を愚弄しているのか?
辺境の田舎者にも分かるように率直に聞いてやる。
何か隠し立てをしているようだったら吐け。
もしくは、ここ数年で匿った者や、怪しい人物が居れば引き渡せ。今すぐにだ。」
トリワーズが村長に今にも掴みかかろうかという勢いだったため、ポエラが割って入ろうとしたが、村長が手で制した。
「無礼な態度、大変申し訳ございませんでした。
王都に対し、反意を持つものがこの村に居ると、監査官代行殿はおっしゃるわけですね。」
「ああ、忌々しいがな。
ここ数年、王都各地で、正体不明の襲撃が確認されている。
しかしだ、今となっても、明確な原因も犯人も見つけ出すには至っていない。襲撃された者の中には、貴族や、王族の関係者もいたのにも関わらずだ。」
「スクード辺境伯は、東から徐々に西の方へと捜索の手を伸ばしているが、明確な手掛かりが一向に見つからない。
その結果、私までもがこのような辺境の地まで来る羽目になってしまった。ああ、まったく忌々しい。私は早く終わらせて領地へと戻りたいんだ。
だからこそ、手早く終わらせるためにも、さっさと答えるんだ。
もし、隠し立てをするようならば・・・辺境伯様より徴税の一部を免除されているようだが、私の権限でそれを撤回しても良いんだぞ?」
村長に詰め寄るトリワーズは、今まで、軍制に似た外套で身体の輪郭が分からなかったが、華奢なようでかなり鍛え上げられているようだった。
軍属上がりの監査官。荒事になれども引けを取らないと思ったが、話を拗らせまいとポエラは構えを解いた。
「この村には、狩人たちがいるようだが、抵抗しても無駄だ。
私の部下たちは騎士団出身者がほとんどでな。
春先からケガで寝込んで居たくなかったら、おとなしくしているんだな。」
ポエラを威圧するようなトリワーズに対して、村長は立ち上がると深々と頭を下げた。
「…承知いたしました。その調査に全面的に協力させていただきます。
ですが、一部の狩人たちは山に出ております。
その者達は準備ができ次第調査に協力させますので、何卒、村への
頭を下げる村長を一瞥し、トリワーズは不機嫌そうに鼻を馴らすと、さっさと出口へと向かっていった。
「では、現在村にいる者達から調査を進めさせてもらう。
何、そちら側が抵抗しなければ、こちら側からは手を出さんと誓おう。
私もこんな田舎など、さっさと終わらせて帰りたいのでな。
一つだけ、忠告をしておく。
余所者の
荒々しく、扉を閉めて出ていくトリワーズの背中を、静かな目で見つめていたポエラに気付いた村長は、ポエラの肩を軽く小突いた。
「ポエラ、殺意を消せばいいというものでない、いささか品が無いぞい。」
「すま…いえ、申し訳ありません。」
ポエラは普段家族に話しかけるように答えようとして、未だ、監査官代行であるヤーブが部屋に居ることに気付いて、言い直した。
「ああ、もういいぞい。ヤーブは知り合いじゃ。」
「お疲れ様でした、村長。
一応、私は補佐という立場がありましたので失礼。」
「は?」
急に、場の空気が緩んだことに気付いたポエラは困惑した。
「で、要件はなんじゃ。
監査官がこんなド田舎まで、子供一人の素性を知るために来たわけじゃなかろう。」
村長は、先ほどと比べると、やや気が抜けたようにヤーブへと話しかけた。
「私の
あとは、王国生じている事件につきまして、報告に上がりました。」
ヤーブから渡された手紙を受け取った村長は、その場で読み終わると、大きく息を吐くと、椅子へと深くかけた。
「なるほど、貴族や王族関係者への襲撃事件か、世も末じゃの。」
「現在、類似した事件が、貴族や王族だけではなく、市井にも少なからず生じているようです。それを我が
「ふ-む。」
椅子に深く座り込んだままの村長は、少し悩んだような素振り《そぶり》を見せたあと呻く。
「私たちもにわかには信じられません…。
ですが、犯人の未だにとらえられない足取りも、そうであれば説明がつきます。」
「魔王の使徒か…
ワシが生きとる内に、そんなことを聞く羽目になるとはのう。」
ポエラは、祖父が事も無げに答えた言葉を、ピクリと動く耳がとらえてしまった。
「今、祖父様、魔王の使徒と言ったか?子神の使徒ではないのか?」
「ああ、そうじゃの。
子神の使徒たちは、子神がその加護と使命を与えて、この世界に呼ばれた
同格以上の力を持つ魔王も、同様に使徒を作り出すことができるのじゃよ。」
先ほどまで抱えていた殺意はとうに霧散しており、代わりにポエラはひどく困惑して村長に問うた。
「いや、待ってくれ。魔王に使徒が居たというのはまあいい。
なぜ、今になって魔王の使徒が出てくるんだ?」
「それは、魔王が未だに健在だからじゃろうな。」
「それがおかしい。魔王は250年前に討伐されたはずだ!」
「ああ、討伐されとらんぞ。弱っとるようじゃが、まだ息があるようじゃ。」
孫娘の問いかけをまっすぐと受け止めた村長は、何事も無いように答えた。
「カナタともう2年も一緒に過ごしてきたがの、あやつが不審な素振りを見せたことは一度もなかった。
ポエラ、お前さんが特に一緒に居ったからよくわかるじゃろ。」
「王都の方でも、ここ数年の間に、冬でも、夏でも、季節を問わず被害が出ております。
仮にその少年が魔王の使徒だとして、どうやって、大雪に沈んだこの森から出て、ましてや戻ってきたのでしょうか、はい。」
「それはそうでしょうが…」
机に座る二人は心配する様子はなく、別の要因について頭を巡らせているようだった。
しかし、ポエラには今朝から抱いていた懸念がなかなか拭えずにいた。
「お祖父様、実はな…」
「ふむ…なにか心配事があるなら、教えてくれんか。」
ポエラが口にするか悩むような表情をしていたため、村長はその不安の元を話すように促した。
「冗談だろうと思っていたのだが…
その話を聞いた後だと無関係には感じなくてな。
カナタ、あいつ自分のことを、使徒だって言ってたぞ。」
「なんじゃと?
それは、男児がかかるあの
「今思えば、真剣な表情をしていた。
それに、あいつは子神の使徒ではなく、異界の使徒だと言ってた。」
三人は顔を見合わせると、カナタに思いもよらない厄介が湧いたことに、頭を抱えてため息をついていた
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