第18話 居たもん…

「そっか…世界救いに来たのか俺。」


 まだ日が開けて間もない薄暗い部屋。

 開け放たれた窓から入り込むやや肌寒い風を感じながら、薄手の寝巻から普段着に着替える。


 まだ、朝日が届かなくて暗い階段を、慣れたように下って居間へと向かうと、先に起きていたポエラが支度を済ませて、朝食の準備をしていた。


「おはよーポエラ。」


「ああ、おはようカナタ。

 先に顔を洗ってくると良い。」


「いいの?じゃあ、お言葉に甘えて。

 すぐ戻るよ。」


 くるりと踵を返すと、裏戸から庭を抜けて、坂の下の小川へと降りていく。

 

  小川からすくった水は刺すように冷たかったが、思い切って顔にかけると、寝ぼけていた頭に喝が入り、自然と身が引きしまった。


 服の肩口あたりで荒く水気をふき取って、ポエラを手伝いに家へまっすぐに戻る。


 台所に戻ると、昨日、ポエラがご近所さんから貰った果物を剥いていた。


「お皿、取ろうか?」


「ああ、頼む。

 ついでに、魚の燻製と黒パンを、切り分けてくれ。」


「承知。」


 少し広めの木皿を2つポエラの傍に置き、食料棚から目当ての物を取り出す。


「パンは1,2切?」


「2つ…、いや1つでいい。」


「あいさ、お皿に乗せとくね。」


 広げたお皿に燻製とパンをのせると、水差しを持ってそのまま居間へと向かう。

 食卓の上を軽く掃除している間に、ポエラが両手に皿を持ってきたので、そのまま食事を始めた。


「日々の糧に感謝を…。じゃあ頂こうか。」


 食事の前の簡単な祈りを済ませると、二人で黙々と食べ始めた。


 雪解けが終わり初夏になってからは、暖炉の火を消してしまったので、朝食に火を使わなくなっていた。

 そのため、黒パンはなかなかの食べ応えだったが、薄めに切られたみずみずしい果物をのせていただくと、しみこんだ甘味がそれはそれで乙なものだった。

 塩気がきいた燻製をほぐして口に運ぶポエラに、黒パンを飲み込んでから話しかける。


「ポエラ、やっと分かったよ。」


「…何が分かったんだ?」


「自分がこの世界に来た理由がやっと分かったんだ。」


 ポエラは器用に魚の背骨に付いた身を取り外しながら、カナタの言葉を待った。


「俺はね。

 この世界を救いに来たらしい。」


「…おお。」


「どうやら、女神様から呼ばれた異界の使徒だったんだよ。」


 ポエラは魚の身を取り外す手を止めた。

 そして、感嘆というには鈍い声を発しながら、まぶしいものを見るような目をした。


 一抹の静寂。

 先に切り出したのは、ポエラだった。


「この世界を救うか…

 それは壮大な話だな。」

 

 ポエラは、持っていた燻製魚をゆっくり皿に置いた。

 そして、朴訥として変わらぬ表情に、穏やかな瞳をこしらえてゆっくりと、こちらを諭すように話し始めた。


「昔話をしよう。

 マグニフ、ベキシラフ、そして私たち3人の昔の話だ。

 以前、ベキシラフもマグニフは時々こう言っていた。

 ”俺は選ばれた勇士だ”

 ”世界を救う勇者だ”と。

 幼い私は、はしゃぎ合ってそれを聞いていた。」


「しかし、二人ともある日を境に、それを言い出すことは無くなってしまった。

 あれは10になったときの冬越えの祭りのときだっただろうか。幼かった私は聞いたよ……今、思えば無神経だったかもしれないがな。

 ”二人とも、勇者はどうしたの?”とな。」


「その後、マグニフは会うたびに今にも死にそうな顔になり、

 ベキシラフは森に入って3日、しばらく帰ってこなかった。」


(……あれ、なんか流れ変わったな。)

 

「ちょっと待って、ポエラさん?」


わずかだが、先達としての助言だ。

 悪いことは言わないから”それ”はやめておいた方がいい。 

 ジィチはともかくだ。

 ルーアはもういる。」

 

「親しき間柄と云えども、見せなくてもよい弱みは見せない方が、お互いにとって幸せなこともあるんだ。 

 ルーアは優しいから、口には出さず、お前を否定もしないだろう。

 だが、お前はルーアの配慮を、優しさを汲んでやれる奴だと、私は信じているよ…。」


「いや、違う……違うんだよ、ポエラさん。

 頭が湧いたわけでも、男児特有の英雄願望ちゅうにびょうでもないんだよ。

 違うもん…おかしくなってなんかないもん…。」


「良いんだ。そうやって皆、大人になったんだから。」


 ポエラに切り出してみたは良いものの、

 子供時代によくあるのような扱いをされてしまった。


 違うもん…女神様居たもん…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る