第15話 創世より
「無窮の大地と、空漠なる星海。
ただ広がる灰色の荒野が、この世界、エーレアボスの始まり。」
「始まりは
朗読の音のみが響く教室の中。
隆々と鍛え上げられた身体と比べてしまうと、なおさら小さく見える本を片手に、マグニフは教壇に立っていた。
「この一文が、子神(ししん)教典の序説。
ようするに、この世界の始まりには、何もなかったということだな。」
この前の復習だ、と付け加えると、マグニフはよそ見をしていた少年に質問を投げかけた。
「では質問だ、ジィチ。現在、エーレアボスで信仰されている子神を答えなさい。」
唐突に問いかけられた少年は、びくりと身体を震わせると、素通りさせていた言葉をなんとか思い返しながら答える。
「えっと、地神テッデラ、水神シューイ、火神フォコォ、風神ヴィド、そして、光神ルネスと闇神センブリスですよね?」
「正解だ。
かの6子神は荒涼の大地だったエーレアボスを、豊かな大地に創世をしたとされている。」
マグニフは、姿勢を正して席に座る少年へと問いかける。
「ではルーアに問題だ。
かの6子神は、なぜ、何もなかったエーレアボスを豊かなる大地へと変えたとされるのか。」
「はい。創世主からの天命があったためとされています。」
「そうだな。
6の子神たちは、自分たちを作り出した主より、創世を命じたとされている。
”開闢の創世主”
エーレアボスの始まりは、かの創世主によって作られたわけだ。」
「創世主は、何もなかった荒野に生命を生んだのか…
これは土地や、信仰する子神の教義によって、異なっている。
まあ、言ってしまえば、明確には分かっていないのだ。
ただ、いずれの教義でも共通していることがある。
それは、様々な生命がエーレアボスの大地に満ち渡ったときを境に、創世主はその身を隠したとされている。
取り残されたヒトを含めた創世の使徒たちは、6子神と共に、この地で暮らすことになったわけだ。」
マグニフは言い終わると、本を教壇に置き、少年たちの前へと立った。
「最後に、創世主は何もなかった灰色の大地を、どのように豊かな土地へと変えたか。ジーニ、分かるか?」
「世界の元になった源。
「その通りだ。
皆、これを見てくれ。」
マグニフは教壇に置いてあった平たく小ぶりな石ころを掴むと、手のひらに乗せる。
「石ころは触ることができる実体を持つもの、これを
即ち、草木や水、私たち生命も
実体を持つ
…皆、この石ころを見ていてくれ。」
マグニフが教壇の上で、何の変哲もない石ころを掲げる。
すると、開かれた窓や扉から、手のひらに集まるように、薄く空気が通るような感覚に包まれると、穏やかに渦を巻く風がマグニフの手に集まり、ただの石がふわりと浮かび上がった。
「いつも見ているだろうが、これらは風の
天地万物の
部屋を通る薄い空気の流れが途切れると、石ころは力を失ったように手のひらの上へと落ちた。
「地面を転がる石ころ《マテル》に、風の
このように
この世の理は常に、
また、それらには、属性があり、それぞれ地火水風の子神に沿った性質がある。
地は硬く重く、火は熱を与え、
水は冷え固まらせて、風は散り広がる。
絶えず変形を続ける果て無しの
灼熱の溶岩流を渡る
大陸を分断する絶壁の
強力な
マグニフは言葉を切ると、手のひらに収まっていた石ころを、前の席に座る少年へと手渡した。
「ヒトも含めた生命たちも多少なりとも魔素の影響を受けて生きている。そこに種族や個体差はあれども、ある程度は力として利用することが出来るわけだ。
では、ジィチ。早速だがこいつを浮かせることは出来るか。」
「弟子先生、まあ見ててよ。」
ジィチと呼ばれた快活そうな少年が、渡された石ころを両手でしっかりと握りこむと、再び部屋の中に大気の流れができ始めた。
しかし、先ほどと比べると、明らかに流れ込んでくる風に勢いがある。
少年の手のひらへ、音を立てて大気が渦を巻いて集まる。少年が大気を集め終わると、先ほどまで耳を叩いていた風の音が、一瞬ピタリと止んだ。
「よし溜まった!
いけぇ!!ジィチ砲!!」
バシュッと小気味のよい音がしたかと思うと、少年の両手の隙間から勢いよく、何かが残像を残して飛び出していった。
すると、部屋の外から、すこーんと何かを叩いたような乾いた音が響いた。
音の出どころを探そうと、一同が窓からのぞき見ると、野原に倒れた木桶がグラグラと揺れていた。
「はぁ…はぁ…
ジィチ砲…決まったな…!」
「決まったなじゃないが、あぶねえだろうが。」
射出する際に体力を使ったのか、少年は軽く息を切らせながらドヤ顔をしていたが、マグニフに頭を掴まれ叱られた。
「若いうちは身体も出来上がっていないし、制御も難しいから無暗に使うんじゃない。ここまではしなくていいから、お前らにも馴染みがある風素の浮遊からやってもらおうか。」
マグニフは、少年の頭を離すと、懐から同じ大きさの石を3つ取り出し、席に座る少年たちへと配った。
「風素を集めて、一気に放出するんじゃなくて、ゆっくりと放出して徐々に大きくするような感覚を掴んでくれ。より大きく、より重い物を取り扱うときに、困ることになるからな。」
「えー、弟子先生。
ギュッ!!って集めて、ズバッ!!って発射した方がかっこいいじゃんか。」
先ほど強く掴まれ痛む頭をさすりながら、快活そうな少年は不満そうに口先を尖らせた。
「どうしてもそれをしたいなら止めはしないがな。
将来、自分の身体を浮かせるときに、一々、勢いよく噴射してたら、その内、木にぶつかって墜落するぞ。」
少年は、地面に叩きつけられる自分自身を、一瞬。想像して呻いたが、負けじとボヤいた。
「でっ、でも、ポエラ姉ぇは、スゴく、こうズビューン!!って、森の中を飛び回ってるじゃん!俺もすぐあれぐらい飛びたいんだって!」
「いや、私は両方出来るぞ。どちらかを
ジィ坊も風素の制御が上手になったら出来るようになるさ。
そのためにも、まずは風素の収集と放出にちゃんと集中しないと。」
「うん…それは分かるけどさ…」
「どうした、何か集中できない問題でもあったか。」
「だって…後ろのソイツ。
今、何やってんの?」
「ん?ああ、さっき言っただろう。
こいつも仲間になったと。」
「いや、そうだけど…やってる内容がさ?」
困ったような顔をするジィチと同じように、マグニフから石を渡され、静かに浮遊の練習をしていた残りの少女たちも、教室の後ろの方を時折チラチラと見ていた。
教室の一番後ろに置かれた黒板と、老紳士と向かい合って座るカナタがそこに居た。
「お日様が昇ると、朝ですね。
朝起きてから最初にヒトに会った時、おはよう、と言います。
では、カナタさん、繰り返してください?」
「ウ…お、おはよう?」
「素晴らしい!
では、次は、太陽が真上に登って、お昼になった時の挨拶です。」
立てかけた黒板に老紳士が文字と達筆な絵を書き、カナタと呼ばれた少年は膝に置かれた小さな黒板に真似るように書く。そしてその後に口にして発音をする。カナタ達は丁度、初歩的な挨拶の練習をしているようだった。
「…あれって、僕たちが学徒として勉強を始める時よりも、もっと初歩的な気がするんですけど。」
「まあ、そうなるな。カナタは東陸語を知らない以上、学んでもらうにしても、どうしても、最初の最初からになってしまうさ。」
カナタ本人にやる気はあるようだが、彼の発言は荒く、拙い。
彼が、本当に言葉が分かっていなかったことを改めて理解し、少年たちは静かに驚愕した。
「アイツ…よく生きていたね。」
「ああ、俺もそう思うが、アイツはアイツなりに懸命に頑張っている。
この村の一員になったからには、お前らも助けてやってくれないか。」
「…えー。」
「つれないなぁジー?そこを何とか頼むよ。」
3人の中で特に物静かな少女は、不満げな顔をしていたがポエラに絡みつかれ撫でられると、しぶしぶといった様子で首を縦にふった。
「…仕方ない。でも、アイツ本当に大丈夫なの?」
ジーと呼ばれた少女が問いかけた大丈夫という言葉の中に、彼が今後、脅威になりうる可能性は無いか、教育を行ったとしてこの村に適応できるのだろうか、いくつもの懸念が含まれていた。
それを聞きポエラは、少し考える様な素振りをしたが何気なく答えた。
「まあ、大丈夫だろう。
しばらくあいつと過ごしたが、やや後ろ向きな所があっても、アイツの根っこは義理堅く、善良だ。」
「…そう、分かった。」
少年たちは、ポエラの言葉を聞き、先ほどまでの不安そうな顔をやや和らげた。
未だ少年の本質は分からずとも、彼を信じたポエラを信じてみることにした。
「さあ、それよりも、自分たちの訓練をしっかりしようか。
まずは、集めた風素を一定の力と量で動かすところを意識してくれ。」
マグニフが手を叩くと、3人は石ころに向かい合いの浮遊を始めた。
部屋の中を静かな風が流れ、そうして、暖かな午前が過ぎていった。
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tips1 エーレアボス世界
〇開闢の”創世主”
・???
〇創世の6子神
・一子神・地のテッデラ
・二子神・火のフォコォ
・三子神・水のシューイ
・四子神・風のヴィド
・五子神・光のルネス
・六子神・闇のセンブリス
・子神教典・一節より抜粋
・創世が進み、エーレアボスの地に生命が広がり散るのち、創世の主は天意を示さず、静かにその身を隠した。
6の子神と遺されし創世の使徒たちは、主が去った大地に取り残された。
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