第14話 学徒達
『彼は何かしらの言葉を喋っているように見受けらますが…
私たちの言葉はまったく分からないと。』
『ええ、そのようです。』
儀式はつつがなく終わったらしく、机に置かれていた土や花を外に運び出し、ポエラ達の所に戻ってくると、二人は何か話し込んでいるようだった。
『私や叔父たちがいる場は何とかなっていますが、この先、他の住民たちとも係る機会が増えてくるでしょう。そうなれば、言葉が通じないままだと、上手く馴染めないのではと心配しています。』
『貴方の心配も、もっともでしょうね。
なるほど、貴方のお願いというのは、彼を一員として加えて欲しいと。』
『ええ、お願いできませんでしょうか。』
『ああ、そんな、顔を上げてください。ダメなんて事はありませんよ。
彼のこれからの道行きが豊かな物であればと私も思います。』
しばらく話し合っていた二人は、話がひと段落したらしく、こちらに向き直ると手招きをした。
どうやら、この建物の中に用事があるようで、建物の奥へと進む老人の後を歩く。
講堂の脇の扉に入ると、荷物が置かれた小部屋の先に、石畳の渡り廊下が長く続いていた。
片側は壁だったが、反対側には綺麗に剪定された木々が立ち並ぶ内庭があった。
広く奥行きがある内庭は、吹き抜けになっており、空からは日差しが燦燦と入り込んでいる。
中庭の四隅には、丸く太い4つの塔がそびえ立っている。
それは以前に嫌というほど見た、あの風景を彷彿とさせた。
「草木もほとんどなかったし、もっと殺風景だった気もするけど、なんかあの巨木の森みたいだな。」
そそり立つ巨木に見下ろされる、静寂で、厳かなあの森。
それを再現したような内庭を見て、やはりあの森に居たのは不味かったのだろうかと、老人のあとを追いながら思った。
渡り廊下を突き当たってすぐの一室、そのドアの隙間から楽しげで騒がしげな声が、漏れ聞こえてきた。
「これ…子供の声か。めちゃくちゃ元気だな」
ポエラに連れられて仕事に向かう際に、幾度か村の中を通ったが、ここで子供の姿はあまり見ていなかった。
しかし、どこからか聞こえる声は、やんちゃ盛りの子供たちがふざけ合っているようなものだった。
『ちょうど、皆そろっているようですね。では、カナタ入りましょうか。』
「中に入れと、
一体…何が始まるんだ?」
老人に促されて賑やかな声が聞こえる扉を開けると、そこには意外な人物がいた。
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『おお、カナタ。やっと来たか。』
大きく開かれた窓から光が差し込む、とても明るい部屋の中、扉を開けてすぐ脇の椅子に、見知った顔が居た。
「確か…マグニフさんだっけ?」
老人と同じ薄い苔色のローブに身を包んだガタイの良い男がそこにいた。
自分が最初に目覚めた巨木の森から、この村に連行したうちの一人で、確かであればポエラの親戚のようだった。
稀だが、村で一緒に仕事をしたこともあるのでなんとなく覚えていた。
『ここに連れて来たということは、ポエラ、先生。
こいつも一員として扱っていいんですね。』
『ええ、お願いします。』
『鍛えてやってくれ。』
「え、何が始まるの?」
『承知した。では始めるとするか。』
マグニフは手元の本を閉じ、体格と比べると小さな椅子から立ち上がると、窓から身を出した。
窓の外には、平らな野原と、雑木林が奥に広がっているが、声の主である子供たちの姿は見当たらなかった。
マグニフは大きく息を吸い込むと、切れの良い大きな声で呼びかけた。
『お前ら集まれ!!始めるぞ!!』
マグニフの大声が無人の雑木林を駆け巡ると、さきほど賑やかな笑い声が聞こえていた森の中は静まり返り、代わりに遠くから慌ただしく走ってくる足音が迫ってきた。
『おっしゃあ!!いちば~ん!!』
『お~いジィチ。ヂーニを置いていくな~。』
『…』
林の中から競うように飛び出す、小柄な影が3つ。
年若い3人の子供たちが、野原を駆け戻ってきた。
『弟子先生ただいま!ってあれ、ポエラ
『あ、こいつって、ポエラ姉の所に転がり込んだ居候じゃん』
『…この人が』
見知らぬ新顔に対して、三者三様の反応を見せ少年たちを、マグニフが制する。
『おうチビ共、紹介しよう。
今日からお前らと同じ学徒となる新たな仲間、名前はカナタだ。』
『え、なんか弱っちそう。』
『そ~んなこと、言っちゃダ~メだって。』
『…(プイッ)』
ポエラ達と同じく、顔の横から薄く毛が生えた長い耳を生やした、少年が二人と、少女が一人。
少年の一人は、髪を短く切り上げ、開けた口には犬歯が目立つ。元気が有り余っているのだろうか、林の中を駆け巡った時に作ったらしい擦り傷が所々に見えた。
もう一人の少年は、柔らかく波打つくせ毛に、穏やかそうな細目。年の割に落ちついているようで、時々、話し方が間延びしているように感じた。
最後の少女は、ほとんど口を開かず、快活な少年の陰に隠れ、時折、訝しげな視線をこちらに送っている。
『コラ、お前らちゃんと挨拶をしろ。』
『は~い。僕はルーアです。』
『仕方ねぇなぁ、俺はジィチだ。』
『…』
三人目の少女は警戒したように、一番元気そうな少年の後ろに隠れ、こちらを凝視するように睨んでいた。
『俺を盾にするなよ。こいつがジーニ、妹だ。』
マグニフに促された三人がそれぞれ、こちらに話しかけてくる。
おそらく、こちらに挨拶をしているようだったので、それとなく返してみる。
「チッス!俺カナタ!仲良くしてくれよな!」
大なり小なり彼らには警戒されているようだったので、明るめに、やや親しみやすそうな感じで答えてみる。
『…え~と、弟子先生。
もしかして、村の外の子だったり?』
『おそらくはそのようだ。だが…実のところ良く分かってはいないんだ。』
『え、ヤバ。
ポエラ
『村長からは許可はもらっているぞ。ジィ坊。
さっき洗礼も済ませてきた。』
『な~るほど…じゃあ、このお兄さんも一応、仲間になったんだ。』
『…なんかキモい』
「なるほどね…挨拶失敗したっぽいな。
普通にすりゃよかった。」
三人の子供は目を背け、困ったような顔をしている。
うち一人は、ものすごく嫌そうな顔をしていた。
『ところでカナタって、俺らより少し年上っぽいけど。』
『ポエラ
『いや、分からない。
ポテスタス先生の見立てだと、おそらく10は過ぎているぐらいということだった。』
『…年上じゃん。』
『大丈夫?カナタ、1人で生きていける?』
「君達、ものすっごい可哀そうなモノを見るような目をしてくるじゃない。」
場が騒がしくなってきたところで、マグニフが軽く手を叩いて話を中断させた。
『ともあれだ、カナタは、正式にこの村の一員になった。
今日からお前らと一緒に勉強をしてもらうことになった。』
『ジィ坊、ルゥ坊、ジー。こいつも一緒に混ぜてやってくれ。』
『僕はいいよ~。
ポエラ姉の頼みならなおさらだよ。』
『仕方ないなぁ、特別に許してやるよ!』
『なんでお前が許すんだジィチ』
『…我慢する。』
少年たちと間で、話がまとまったところで、老紳士が皆へ声をかけた。
『ほら、日が明るいうちに頑張りましょう。
それじゃあ皆も、席についてください。』
老紳士に促されて、は~いとバラバラに部屋に置かれた長机に、それぞれ向かう少年たち。
机の下には、どこかで見たような丈夫そうなずた袋があり、彼らはその中をあさり始めた。
自分もそれに倣って、端の椅子に腰かけると、ずた袋を机の上へと置いた。
長机の先、一冊の本を抱えたマグニフが教壇へと立った。
『それじゃあ、授業を始めようか。』
こうして、この村で唯一の学び舎で、授業が始まった。
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