第10話 はじめてのおしごと その2
話し合いが終わったらしく、木陰の脇に集められていた道具を各自、拾い上げると、村人たちはそれぞれの配置に向かっていった。
両手に紐が付いた籠のようなものを持って、頭巾を被った女性がこちらへと向かってきた。
どうやら、彼女の名前はヴィリティスというらしく、どうやらポエラの親戚か家族のようだった。
『じゃあ、今日は私が仕事を教えてあげるわ。
まずこれを付けて頂戴な。』
ヴィリティスは片方の籠の中に入っていた道具を一旦地面に出すと、空になった籠の背負い紐を肩に通し、結び目をいじって身体に合わせた。
腰と肩を軽く回して、背負い紐に程よい遊びがあるのを確認すると、地面に落ちた道具を拾い上げた。
『これで良し。カナタ。貴方には、これから地面に落ちてるインジェルメの枝葉を集めてもらうけれど、結構な重さになるからしっかりと背負っておいてね。』
さあ、どうぞと促されて、彼女の見よう見まねで紐に手を通して背負って見せる。
丈夫そうな作りの籠は意外と軽いようで、片手で容易に取り回しが効くぐらいだった。しかし、どうにも背丈に対して大きかったらしく、紐が余って籠が吊り下げるような状態になってしまった。
『あらあら、やっぱり少し大きかったかしらね。
ちょっと待って紐を結んであげる。』
ヴィリティスは苦笑すると、屈んで紐を結び身に合うように調整してくれた。
しっかりと籠を身に着けてみると、背丈に対してやや大きかったらしく、後ろから見ると籠に足が生えて歩いているような状態になってしまっていた。
『まあ、こんなものかしらね。
ちょっと大きいかもしれないけど、我慢して頂戴ね。』
しっかり籠が背負えていることを確認した女性は、くたびれた革の手袋をこちに手渡すと、身に着けるよう促した。
使い込まれ平たく潰れた手袋に指を通すと、少し指の先が余ったが、握る分には特に気にならなさそうであり、目の前で握ったり開いたりして見せると、女性は満足したように頷いた。
『よし、準備が出来たわね。
じゃあ、こっちに着いてきて。』
ヴィリティスに手招きをされ後を追う。
そそり立った巨木の脇を歩いていると、周りでは既に作業をしているようで、同じように籠を背負い何かを拾っている者、何か縄のようなものを投擲して木へと登って行く者、それぞれの仕事を既に行っているようだった。
『さあて、着いたわ。
ここがあなたがの持ち場よ。』
連れてこられた場所には、上から落とされたであろう、地面に枝や木の葉が散らばっており、どうやら、ここで今日は仕事をするようだった。
ヴィリティスは屈み目線を合わせると、説明を始めた。
『カナタ。今日のあなたの仕事はね。
ここの枝葉を集めて籠に入れてほしいの。
今、出来そうな区画は…そうね。
この木から、ここから見て向かいのあの木まで。
ねぇ、頼んでもいいかしら?』
彼女は地面に落ちている枝と葉を背中の籠に放り込むと、ガサガサと揺らして土と葉屑を振るい落とす。どうやら枝葉を拾って集めろということらしい。
そして、自分が担当する持ち場の範囲を教えてくれているようだった。
言わんとしていることはなんとなく理解できたが、念のため身振り手振りで確認をする。
「えっと?地面に転がってる枝と葉っぱをかき集めて籠に入れる。」
『そうそう。』
「持ち場はこの木から、あそこの木の間。それでいいの?」
『完璧ね。』
問題ないと女性は満面の笑みで頷くと、向かいの木の先、上の方を指さした。
『一応言っておくけど、あの木の向こう側はその先は越えないようにね。まだ枝葉を落としてるから、頭に落ちてきたらケガしちゃう。』
指さした方向を見ていると、やや距離はあるが上で作業をしている村人たちが、枝葉を木っては落としているようだった。
上の村人が大きな声で下へ合図をすると、ひと際大きな枝がまっすぐに落ちてきた。地面に突き刺さって直立し、そのまま葉の重みで倒れていった。
ヴィリティスは足元にあった小ぶりな枝を拾うと、頭に当ててと大げさに渋い顔をして見せた。
「確かに直撃したら死んじゃうや。
分かった、気を付けます。」
ポエラがたまにしていた親指を上にたてる動作を思い出して、了承の意を真似して伝えると、女性は頷いて同じように返してくれた。
『では、取り掛かりましょうか。
私はすぐ横の区画で作業をしているから何かあったら読んで頂戴な。』
女性はすぐ横を指さすとそちらへと歩いて行った。
改めて、任された区画を眺めるとそれなりの広さではあったが、自分に掛けられた期待の大きさの様に感じられて、少しうれしくもあった。
「元々、拾って貰わなきゃ野垂れ死んでたんだ。
泊めてもらった村の人たちに、一宿一飯の恩を少しでも返さなきゃな。」
ここで、しっかりと働けば報いることが出来るだろうかと、思うと気合が入ってきた。手袋の紐を締め、籠を背負い直すと、身近な足元の枝を掴んでは背中に放っていった。
「枝と葉っぱを集めるぐらいならやれそうだ。僕でも出来そうな仕事で良かった。」
最初の森と同じように、上空の枝葉に遮られ、日光が通りにくいようで、地面にはあまり背高い草木は生えていなかった。
そのため、上から落ちてきた楕円の葉っぱが付いた枝はすぐに分かった。
それだけで籠を占有しそうな大きな枝は後回しにして、籠の中を埋めていった。
湧き上がる使命感もあって、最初のうちは意気揚々と拾い集めれていた。
しかし、枝葉が詰まってくると、結構な重さになってきて、柔らかな紐が肩へと食い込んでいた。
「おっ、重たいんですけどぉ。」
さっき切られたばかりの生技は水分を含んでいるようで重く、背中の籠半分まで入ったところで、屈むたびに関節が軋むようだった。
「土とか枯れた葉を振るい落としても、全然軽くなった気がしないんだけど。
全部埋まったらどうなるんだ、これ。」
背負っている籠自体はかなり丈夫なようだったが、その前に自分の肩と腰が壊れてしまいそうだった。
また、拾うために屈んだり腰を曲げるたびに、節々が熱を持ち、徐々に痛みが出てきた。
熱も下がりすっかり復調したと思っていたが、元々、筋力も体力もあまりなかったようで、さっきまでの作業で既に息は上がっていた。
「弱っちくて自分が嫌になるけど、腰をやっちゃいそうだ…。
一旦、地面に置いて入れるしかないか…」
開き直って、倒れない様に籠をすぐそばの木に立てかけると、枝葉集めを再開した。
枝葉をかき集め、両手で抱えあげると、地面の草木の香りとは別に、枝の切り口からは独特な苦く渋い香りがした。
「どこかで嗅いだことあるなって思ってたけど…。
これ、さっきの工房でしてた匂いだ。」
吹き抜けになっていた風通しが良い工房で、通り抜ける風に乗って水槽からしていたあの匂い。
あそこではもっと発酵したような、えも言えない香りがしていたが、どうやらこの巨木が関係しているようだった。
ふと、思い至って手袋を外して、巨木に手を添えてみる。
樹皮は意外と引っかからずさらさらとしており、生きている樹の温かみのようなものを感じた。足に力を入れて押し込むが、動く気配も、揺れる気配もなく、静かで重厚な樹木の息遣いが感じられるようだった。
「なんか落ち着くな。」
暖かな木漏れ日を受けて、木々の間を吹く風に身をゆだねると、身体が森と一体になったような感覚がしてくる。
「これはマズい。心地よくて動けなくなりそうだ。」
その気になれば、ずっとそのままで居てしまえそうだったので、仕事に戻ろうと巨木から手を放そうとした。
すると、木と触れ合っている指先から、どこかの光景が閃光のようになだれ込んできた。
(なに…この…)
稲妻のような激痛が身体を突き抜けて、鼓動のたびに白く霞む視界。
黒ずんで埃だらけの天井と、切れかけ燭台で仄暗く照らされた部屋。
傍らには、青白い光に身を包み、傷だらけで座り込む少女。
その顔に精気はなく、へたり込んですすり泣いている。
ふと、少女と目が合った。
黒くよどんだ瞳に、倒れこむ自分が写し出されている。
『あなたは…』
萎れなびいた花弁がこちらを凝視しているような恐怖が、死に体の身体を炙る。
少女の高く振り上げられた腕が、薄暗い部屋の中、彼女の表情に影を作る。
影の中に沈んだ、その感情はもう見えない。
腕が振り下ろされると同時に、途切れかけていた意識が深くへと落ちていく。
『…もう必要ないんですから。』
彼女の声は落胆なのか、震え、掠れ、今にも消え入りそうだった。
「痛ってぇ!?」
巨木から弾き出されるように吹き飛ぶと同時に、沈み切っていた意識が徐々に浮き上がってきた。どうやら気を失っていたようだった。
「夢にしては…はっきりと、し過ぎてるんだよな。」
疲れが見せた白昼夢のようだったが、明確な光景が現実だと訴えかけていた。
少女に叩かれたはずの左頬は、腫れも痛みも生じていないが、
冷たい手のひらの感触は今でも感じられるようだった。
「僕は…要らない…?必要じゃない…。
じゃあ、なんでこの世界に来たんだよ?」
熱にうなされながら必死に思い返そうとしていた記憶の手がかりは、唐突に表れた。
しかし、突然降り掛かってきた情景曰く、手掛かりであるあの少女は、既に自分のことを必要としていなかったようだった。
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