第7話 名はカナタ

 この村に連れてこられて6日目の朝、ポエラについて来るように促されて、村の中を歩いていた。


「久しぶりの青空、清々しくて最高。

  ずっと、部屋のなかで寝込んでたから、空気がなんかおいしい気がする。」


 雲一つない晴天の下。 

 ゆるやかに流れる風でさらさらと流れる麦畑の間を、ポエラを見失わない様についていく。

 熱が下がって体調が戻ってきたところで、外出しても問題ないと判断されたらしく、集落の中心の方へと連れていかれているようだった。

 後ろを振り向くと、自分が寝かされていた家は、村のはずれにあったらしく、棚状に広がる麦畑の向こうに、玄関を出た時に見えた黒色の煙突が小さく見えた。


「クォム?」


「あ、うん、大丈夫。」


 数日にわたる看病の末、お互いに会話での意思疎通は困難であることを、嫌というほど理解していた。言葉が通じないということは、想像した以上に不都合であり、どうしても応答がぎこちなくなってしまいがちだった。

 それでも伝えようと努力すれば、相手の表情から何となく察して、時には身振り手振りでなんとか意思疎通が取れていた。

 さっきの質問は、おそらくこちらの体調を心配してくれたようだった。

 昨日まであった熱はほとんど下がって、身体のだるさはほとんど感じられなくなっていた。

 こちらは元気だと、大げさに両腕を掲げてみせると、満足そうに頷いてポエラは再び集落のに向かって歩き出した。


(それにしても、やっぱり遠目から見られてるな。)


 村の中心部に近づくにつれて、チラホラと人通りが見受けられるようになっていた。

 数日のうちに、突然現れた不審者のことは、村の隅々まで知れ渡っていたらしい。道行く村人たちは、通り際に、こちらをまじまじと見つめる者が多かった。


 しかし、最初にこの村へ来た時、村人たちから感じた余所者に対する敵意のような視線は、若干だが和らいでいるような気がした。

 すれ違ったおじさんが、ポエラの後ろを着いて歩く自分を見て、「なんだあいつか」と、興味が失せたような顔をして自分の仕事へと戻っていく。


(目の敵にされるよりはいいけどさ、これはこれでなんか釈然としないなぁ…)


 客人としての待遇は元々期待してはいなかったが、特に興味がなさそうな対応を取られるのは、少し寂しくも感じられた。


 それでも道を歩いていると、たまに通りかかった村人がついでに、こちらにも挨拶をしてくることもあった。


(えっと、とりあえず手を振っておこう。)


 おずおずと手を振って挨拶をすると、普通に返してくれた。

 村人たちは好意とはまでは流石に言えないが、基本的にこちらをどうにかしようと思ってはいないらしい。

 道行くおばさまに、同じように挨拶を返してみるとクスクスと笑われた。


 村の中央広場につながる街道に着いたあたりで、ポエラが顔なじみらしい村人に呼び止められ、そのまま話し始めてしまった。

 大通りで放置され手持ち無沙汰になったため、周りの景観を眺める。


(前の森と比べたら小さいけど、ここら辺の木も十分デカいよな。)


 最初に目覚めたの森の木々と比べると背が低いが、それでも結構な年月が経っていそうな立派な木々が、村を囲むように生えている。

 立ち並ぶ民家は、その周りの木々を使ったのだろう。

 外壁には丸太などの木材がふんだんに使われており、こちらも建ってからそれなりの年数が経っているようだった。

 ポエラの家もそうだったが、どの家にも煙突が立っており、家の中心には大きな暖炉があるようだった。遠くの山肌が雪で白く染まっているのを見る限り、この場所は冬場はかなり冷え込むらしい。


(冬場の森に放り出されなくてよかった。本当に良かった。)


 周りの景色を眺めていると、いつの間にか話は終わっていたらしく、ポエラに呼びかけられた。

 着いて行こうと後を追いかけると、ポエラが去り際に村人から何かを聞かれたらしく、何か答えに窮したような素振りしていた。

 村人と別れた後、後ろを振り向いたポエラが話しかけてきた。


「ノス、ワカラン?」


「え?うん、そう。ワカランじゃないと思う。」


 首を振って違うと伝えると、ポエラはそうかと頷くと困ったような顔をした。

 この前に身振り手振りでワカランは名前ではないと伝えることはできたが、どうやらさっきの村人に、こちらの名前を聞かれて答えに困っていたらしい。


 歩きながら悩むようなそぶりを見せるポエラをみて、呼び名がないままというのも申し訳ないような気がした。


 道を歩きながら、ポエラは何かを呟いている。

「ポグノア、ツクス、ヒロシ…」


 何かの単語の羅列のようだが意味は分からず、後ろを付いて歩きながら黙って聴いていた。


(えり好みが出来る状態じゃないし、ワカランでもいいけど…)


 名前が無いままなのも不便かと思って、一度は否定した名前を受け入れようかと思い始めていると、ポエラが何かを閃いたのか、手を叩いてこちらを振り向いた。


「ヤ、カナタ」


「カナタ?」


「ヴェフ」


 ポエラはこちらを指して、こちらの答えを待っているようだった。

 確かめるように最初にポエラの方を指した後、自分の方を指して答えた。


「えーっと、ポエラ。」


「ヴェフ」


「僕、カナタ」


「クォムクォム」


 ちゃんと伝わったのか、満足げに頷くとポエラはまた歩き出した。


「ポエラ」


 何か言葉が喋れるわけではないのに、ふとポエラを呼び止めてしまっていた。


「えっと、ありがとう」


「ポクィコーネクフ」


 ポエラは静かにほほ笑むと再び歩き出した。

 相変わらず言葉の意味は分からなかったが、ポエラは気にするなと言ってくれたような気がした。


(僕の名前だよね。)


 不思議と響きに違和感はなく、すんなりと受け入れられた。

 いつか言葉が分かるようになったら名前の由来を聞いてみたいなと思いながら、先に進んでいくポエラを追った。

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