第4話 まあそうなんだが
畑道を抜けると幾つか木造の家が立ち並んでおり、目的地の集落に着いたらしい。
打って変わって幾分歩きやすくなった石畳を、プルプルと震えだしそうな足で踏みしめる。
おおむね平らになった地面は、自分の重量を感じなくていいので気が楽だった。
ここら辺を開拓したときの木材で作られたのだろうか、丸太を加工し重ねて作られた家屋には、尖った屋根に煙突が突き出している。
遠くに見えた山稜が白く色づいていることからも、ここら辺一体は雪が降る地域らしい。
今は少なくとも冬場ではないのだろう。
日差しは暖かであり、風もやや肌寒いぐらいだったが、歩き続けて熱を持った身体にはちょうどよかった。
「これって…どこへ向かってるんだろ。」
先頭を歩く外套の男の後をついて集落の中を歩いていると、疎らだった家屋が少しずつ密になっていくのを感じた。自分はどうやらこの集落の中心に向かっているらしい。
このまま、ここの村長のところにでも引っ立てられるのだろうか。
もし、その村長に「こんな怪しいやつ元居た場所に返してきなさい」とでも言われでもしたら…
「
雪が降り積もる暗い森の中で、力尽き倒れる自分の姿がありありと想像ができた。
それ以前に、今すぐに放逐されたとして、冬を待たずに空腹で倒れて野垂れ死ぬだろう。
森の中を歩いている時、食べさせてもらっただけでもありがたかったが、正直なところ、硬い
(…従順になろう。飢えて野垂れ死ぬぐらいなら、相手の靴を舐めるぐらいの気概を持とう。)
情けない状態だったが、疲労と空腹にはまったくもって勝てる気がしなかった。
鬱屈とした気分でいると、中心部の街道に差し掛かったらしく、疎らに人通りが見受けられた。
家の窓や、道脇に出てきた住民たちが、縛られて連行されるこちらを、物珍しそうに遠目から眺めている。
おそらく先に伝達しに行った男からじわじわと広がったのだろう。はた目から凝視されると恥ずかしいものがあったが、一日中歩き疲れた身体では取り繕う気力も正直湧かなかった。
こちらを眺めている皆、何かしらの丈夫そうな布着と革靴を身に着けていた。
そして、ほとんどの住民たちは、耳の上側が少しとがっているのが分かる。
自分を連行している彼女たちと同じように、よく見ると耳にうっすらと毛が生えているようだった。
しかし、全員が全員というわけではないらしく、耳の先端が尖っておらず、丸みを帯びている人も少数だが見受けられた。
どうやら、耳の違いで珍しがられているわけではないらしい。
俺が怪しい奴だからだよね。知ってた。
住民たちの奇異の目に晒されながら、くみ上げられた石段を下っていく。
すると、村の中心に当たるのだろうか、石畳の広間が見えてきた。
広間の周囲には、趣が異なる建物がいくつか立ち並んでいるのが見える。
その中でも今まで見かけた建物で唯一、
厳かな雰囲気が、一見浮いているようにも感じるが、昔からそこにあるのだろうか石壁はくすんでおり、しっかりとした蔦が張っている。
その横には、周囲の家屋と同じ木造ではあるが、他に比べると若干幅広な建物があり、正面にいくつかの荷台が止まっていた。
開け放たれている扉の上には、牙をはやした厳めしい獣の頭蓋が飾られている。
その建物に、村人たちとは異なった意匠の服に身を包んだ者たちが、馬車の荷台に積まれた荷物を運び入れたりと、せわしなく出入りしている。
おそらくは村の中でも公共の施設なのだろうか。
看板のようなものに何かしらの文字が書かれている。
だがしかし、その文字ももれなく読めない。
「何語なんだよ、ほんと。」
一周回って沸々とした怒りが沸いてきて投げやりに呟いていると、目的地らしき建物へとたどり着いた。そこは中心部から少し外れた場所にある、村の中でもやや立派な建物だった。
「村の偉い人が住んでるんだろうな。」
厳めしい門構えを前にして、これから自身の去就が決まるのだろうと、理解した。
建物の前に立つと、否が応にも厳粛な空気を感じさせられた。
意気込んで背筋を伸ばそうとするが、空腹と歩き通しだった疲れで、いまいち力が沸いてこない。
(まあ、なるようになるしかないな。)
脱力している体に活を入れ、顔を引き締めて、建物の中に足を踏み入れた。
玄関ですでに待ち構えていた使用人に案内されて、二階に位置するやや広めの部屋へと通された。
その部屋は、隅に置かれた暖炉の火でぼんやりと明るかった。集って会議が出来るようにしてあるためか、中央には幅広の長机が鎮座していた。
そしてその外周には、風格を感じさせる顔役らしき人物が4人、座ってこちらを待ち構えていた。
机の一番奥に、白い髭を蓄え落ち着いた威厳を感じさせる老紳士が座っており、その脇に優雅さの中にどこか冷たさを感じさせる老婦人が座っていた。
そして、長老染みた老人のすぐ脇、老婦人の向かい側の席には、温和そうな細目に、黒々としたあごひげを蓄えたガタイの良い男が座っている。
その隣には栗色の長い髪を後ろでまとめた、快活そうな女性が座っていた。
その向かい側の席には、村まで自分を連れて来た3人とよく似た外套に身を包む壮年の小柄な男が座っていた。
彼らはまっすぐとした目で、こちらを見据えていた。
部屋の脇には、先に伝達に向かっていた細身の青年が、長机から少し離れて立っている。外套の頭巾は脱がれており、隠れていた顔は涼しげな優男であったが、どことなく怪しげで、蛇を彷彿とさせた。
彼らはこの村の中心に当たる人物たちなのだろう。全員の視線が、入ってきたこちらに集まると圧を感じた。
(…想像はしていたけれども、まあ、居心地が悪いな。)
全員の準備が出来たことを確認して、縄を握っていた女が一同へと報告を始めた。
交わされる言葉の意味は理解できないが、時々なんて言っているのはなんとなくわかる気がした。
話し合い自体は落ち着いて行われているが、どうやら歓迎はされていないらしい。
そりゃあ、よくわからんヨソ者が来たらそうはなると思う。
(…話の間だけでもいいから、出来たら座らせてほしいんだけどなぁ!)
限界まで動き続けた足は細かく震え、最初の森で見た巨木のように、地面に縫いついてもう離れる気がしなかった。
(何を話してるんだろ?想像していたよりは、落ち着いた雰囲気だけど…)
言葉が分からない以上、余計な刺激はしない様に、会話に身を任せて、じっと話が終わるのを待つ。
せめて今日の寝床と食事があることを祈るばかりだった。
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「元居たところに捨てて来なさい、ポエラ。」
「まぁ…そうなんだが。」
冷めた目で少年を睥睨する老婦人は、にべもなく吐き捨てるように言い放った。
ポエラと呼ばれた縄を持つ女も、老婦人に睨まれると弱いようで、積極的には擁護せず、手元の少年を見て困ったように頭をかいた。
周囲の誰も見知らぬ少年を
むしろ老婦人の勘気に触れた場合、とても恐ろしいことを知っているため、ただ無言で少年を見つめている。
会話が始まって数分を待たずに、少年の運命は決しようとしていた。
「なぁマグニフ。そいつかなり衰弱してるように見えるが、なんか変な病気でももってたりしないか。」
椅子に座った大柄な男が、まず最初に弱った様子の少年をみて、訝し気に問うた。
縄に縛られうろんな表情をする少年は、おびえた様子こそないが顔色が悪く今にも倒れそうであった。
「病気かどうかは分からないが…、おそらく体力がなくて貧弱なだけだろう。出会ったときはまだ元気だったな。」
マグニフと呼ばれた外套を着たままの屈強な男が、疲労からか足がプルプルと震えている少年を不憫そうに見つめながら答えた。
「あなたはどう思ったかしらベキシラフ」
ポニーテールの快活そうな女性が、部屋の脇で立っていた細身の青年に声をかけた。
「森の中を縄かけて歩かせてみたけど、特に逆らう素振りはなかったかな。
僕も体力が無いだけって意見に賛同かな。」
部屋の隅に立っていた優男は飄々としているが、根は生真面目なのか淡々と報告した。
最後に壮年ぐらいの小柄な男が手を上げると質問を投げかけた。
「ポエラ、森にいたのはこの子供だけか?今でこそ見なくなったが、以前は風岩目当てに森に立ち入る奴らもいた。そういった集団の一員だったりはしないのか?」
ポエラと呼ばれた女は、言いよどむこともなく答えた。
「もし、集団であの森に入れば何かしらの痕跡は残るだろうが、正直全く見当たらなかった。それに連れ歩くとしてもだ、こんな弱っちいのを連れては行かないだろう。」
村の顔役たちも、先に事情を話しに来たベキシラフから、〈聖森〉に侵入した者がいると聞かされた時には流石に身構えた。
しかし、部屋に入ってきた少年を見る限り何かしらの脅威には到底見えなかった。
「村長たち。」
続けるようにポエラと呼ばれた女性は、悲しいものを見るような目つきで縛られた少年を見ると、全員に確かめるようにはっきりと答えた。
「たぶん、簡単に野垂れ死ぬぞ、こいつ。」
「「「……」」」
神聖なる森に侵入した不届き者とは言えども、この瞬間、この部屋にいる、全ての人物から少年は憐れまれていた。
「まぁ、そのまま追放しても、村近くで行き倒れるじゃろうな。」
一番奥の席に座る老人が概ねの報告を受けて、考えるようなそぶりをした後、口を開いた。
「そのふらつきようで何かができるとは思えんが…
道中、害をなす様な素振りはなかったか?」
ポエラが少年を凝視すると、碧色の目がうっすらと輝いた。
「…最初の時にも確認したが、こいつ全然
一瞬の一瞥で何かを確認したポエラが、長老たちに報告をする。
「寝込みを襲われたしても…俺は遅れを取る気がしないな。」
「兄貴の寝込みを襲うことは無いと思うけどね…。少なくとも僕も脅威には感じなかったですね。」
マグニフと呼ばれた兄が自信げに答えると、ベキシラフと呼ばれた細身の弟が呆れたようにため息をついた。
「ふむ。」
真っ白なあごひげをさすりながら、村長と呼ばれた老人は、顔色が悪くふらついている少年に話しかけた。
「そこの君、何か言いたいことはあるか?」
少年は突然話しかけられたことに驚いたのか、びくりと身体を跳ねさせた。
「連れて来ておいてこちらは名前も聞いておらんかったな。名は何という?」
「…?」
「自分に話しかけたのか?」と自らを指さして確認する少年に長老はそうだと頷いた。大勢に囲まれた状態で緊張しているのか、震えるように、恐る恐る少年は口を開いた。
「'$#+*/=|&%」
「…なんじゃて?」
「=|&$#"...」
「…」
「こいつ、多分言葉が通じてないぞ。」
よもや、会話が通じないという予想外の事態に、部屋の空気が固まった。
「ポエラ」
気まずい沈黙に包まれた部屋を、老婦人のはっきりとした声が切り裂く。
「捨てて来なさい。」
「…まぁ、そうなんだが。」
最初に行われていた、追放するかしないかの議論に、また回帰してしまった。
ここにいる全員が少年のことを不憫に思った。
だがしかし、特別規模が大きいわけでもないこの村で、これから来る冬の蓄えのことを考えると、見ず知らずの少年を理由もなく置いておくわけにはいかなかった。
名もなき少年は、彼らが話している言葉は一切分かりかねているようだった。
「&%=…」
しかし、このままでは村の外に放逐される運命にあることを、皆の表情から察したようだった。
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