31 闇の影

「さて、何のようかな? 生憎今の僕は決闘のことしか頭にない。頭が回るかは君の質問次第だ」


「な、何者なんだ、あの男は! あんな学生がいるはずがない!」


 目の前にいる尋問者を置き去りにして襲撃者は部屋を出て行った青年の話題をふる。それほどまでに辛うじて見えた彼の身体捌きは衝撃的だった。


「彼は僕の弟子だよ。まあ本気でやり合ったらもしかすると僕より強いかもしれないけどね」


 悔しさ混じりに鼻を鳴らし、ラースヒルズはそっぽを向いた。


「!? お前はラースヒルズ・ネクトだろ!?」


「いかにも」


「馬鹿な。ディール侵攻の英雄にしてフローラ最強のラースヒルズ・ネクトが敗北するほどの生徒がエーデルヴァルトにはいるというのか!?」


 男は狼狽し声を荒げる。ラースヒルズはため息を吐いて指を男の額に突き当てた。


「僕は自分のことを英雄だなんて思っていないし、最強だなんてほど遠い。上には上がいるというものだ。この学校を甘く見てかからないほうがいいよ。彼はこの学校の強者の一角にすぎない」


 低い声色でラースヒルズは男を脅すと共に彼の指を握る。


「さて、君の目的は僕の殺害か。僕を殺して何になるというんだい?」


「はっ……答えるわけないだろ……っ」


  震えながら男は口を閉ざす。それは次に来るに耐えるための歯軋りだったのだろう。


「そうか」


 ──バキッと。容赦なくラースヒルズは男の指を粉砕した。


「──ッッ! ッアア!!」


「分かってるだろう? 痛いだけだって。こんなことをする男が君には英雄に見えるのか? 僕は自己中でね。ただ自分のことしか考えてない。こうやってなぜ君が僕を狙ったのかを吐かせるためなら死ぬ手前までいってもらっても構わないんだよ」


 顔を近づけて普段は見せぬ黒い顔をラースヒルズは露わにする。


「……ッッ! 死んでも吐くものか……っ!」


 頑なに男は口を閉ざす。情報を吐くことを恐れているというよりも、彼の場合はの制裁に恐怖しているようにもラースヒルズは感じた。


「じゃあ、地獄に行ってもらおうか」


「ぐあああっ!!」


 次は2本。痛みも倍だ。それが限界が来ても続く。2本の次は4本、4本の次は8本。全て終わったらさらに細かく2周目へ。


「いやー、耐えるねえ。もう64本目だよ? もうすぐ骨全部無くなっちゃうんじゃないか? だって次は128。人間の骨は206だから次のフェーズを越したら君は死ぬだろうな」


 呆れたように笑いながらもラースヒルズは次の骨へと指をかける。本気でこの男は襲撃者が情報を吐くまでこの拷問を止める気はないようだ。


「フーッ……!! フーッ……!! 話せない……! 話したら俺の命は……!」


「うーん……あ、じゃあこうしよう! 話してくれたら君を治癒属性の番外エクストラのもとへ連れて行ってあげよう。でも話してくれないなら、僕は容赦なく君を殺す。どうかな?」


 悪魔の提案。襲撃者にとってこれ以上最悪な逃げ道があるだろうか? 話せば死ぬ。話さなくても死ぬ。しかし、話せば恐らく即死はしない。だが恐れるのは即死ではない。


「……い、嫌だ。話さない。話した後、をするか分からないんだ。そっちのが怖いんだ……!!」


  襲撃者の怯えようは異様なものだった。痛みを耐えて溢れ出る脂汗よりも今この瞬間に溢れ出した脂汗のほうが目に見えてと多いほどに。


「……そうかあ。でもそれだと死ぬしかないね。情報を吐かない襲撃者を置いておく理由がない。誰が主か分からない以上、人質にすることもできないし」


 絶望がその身を襲う。自分はこれから死ぬのだとその逃げ場のない感情で胸がいっぱいになる。反抗もできずに殺される。襲撃者は諦めるしかなかった。


「……やめなよ。とりあえずまだ殺さないでおけ。私が少し探ってみるから」


「……ほー、これはまた……お客さんだなあ」


 扉が開き、部屋に遠慮なく入る白コートの女……いや、男と呼んだほうが身のためか。体育で顔を合わせたあの少年によく似た面影だが、その目には彼が持つような優しさは全く灯っていない。ラースヒルズは最近の若者が辿ってきた道の険しさに嘆息を吐いた。


「ようこそ、えーと、どっちの名で呼んだほうがいいかな?」


「呼ばなくて結構。この男に素性が割れるのは面倒だ」


 真っ直ぐにその人物は襲撃者の前に向かう。襲撃者の体はもうボロボロで、体のあちこちから折れた骨が突き出ていた。


「お、お前……まさか……」


「黙れ」


 質疑の一切を許さず、その細い手が襲撃者の頭を掴む。指先が彼の額に触れると共にバリバリと黒い稲妻が走り出す。


「ぐっあああ!?」


「やはり強力な『概念系』の能力か。かけたのは一体誰か……まあ、みてくれ。ラースヒルズ」


「ああ」


 もう一度ラースヒルズは襲撃者の骨を掴む。襲撃者の表情に今一度恐怖が交わりだす。


「ま、待て! 俺は話せないんだ!! 話したら死ぬように能力がかけられているんだ!!」


「ああ、もうその能力は君にはかかってないよ。私がから」


「……え?」


 ラースヒルズの指が少しずつ強張っていく。骨に引っ掛けられたその指は骨を持ち上げていき──


「──ッッアア!!」


無残な泣き声を上げながら真っ二つに折れた。


「ほら、痛いだろ? やめて欲しければ話してみなよ。もう君には誰かがかけた死の能力はかかっていない。素直に話せば全て治癒して帰してあげるからさ」


「……ぐっ……」


 襲撃者は屈辱と痛みに顔を歪める。しかしもう話すしか道はなくなった。ここで殺されるか、これから依頼主に殺されないように逃げ惑う人生ならとことん逃げてやろうと襲撃者は決意したのだ。


「……正直に話す。明確には話せない部分もあるが……」


「ああ。確実に嘘だと思える供述はしないでほしいけどね」


 聞く姿勢を見せつつもラースヒルズの指は襲撃者の骨の上にかけられている。偽りの情報でも吐こうものならさらに骨を折るぞと言わんばかりに。


「……私を雇ったのが誰なのかは分からない。名前は聞かされていないからだ。しかしそいつは男だった。そしてのローブを着ていたことは覚えている。それに確かラインが入っていたはずだ。与えられた仕事はただ一つ。副校長ラースヒルズ・ネクトを殺せと」


(ふむ……赤いラインということは今現在7年生の学生だな。大抵の7年はこの時期は工房アトリエの建築に精を出している頃だ。もう少し探りを入れてみるか)


「いつ、その命令を君は受けた?」


「……命令を受けたのは今から3ヶ月ほど前だ」


「その男子生徒の特徴は?」


「特徴……か。残念だが顔を見れていない。魔力障壁によってその姿の大半は隠されていたからな……だが、確かやつが魔力障壁を貼る寸前にの髪色が見えた」


 ラースヒルズは襲撃者の顔を視る。どうやら嘘はついていなさそうだ。五十棲に言われたことを思い出す。──相手を視る。この襲撃者は何を考えてこの仕事を受けたのか、その仕事を与えた者は自分を殺した上でどのような得があるのか。


「どこで君たちは落ち合った?」


「落ち合ったのは……」


 彼が答えようとした時、側で尋問の様子を見ていた白コートの女はこの部屋に近づく者の気配に気がついた。


「! ラースヒルズ! そいつを隠せ!」


隠匿ハイディング!!」


 ラースヒルズは杖を使わず詠唱のみで魔法を使った。襲撃者の体は一瞬で透明になり、彼を貼り付けていたダーツ台にはアウトボードに刺さったダーツのみが残った。


「あのー、ラースヒルズ副校長はいらっしゃいますか?」


 二人にとって聞き覚えのある声が扉越しに聞こえてきた。それと同時に姿の見えないこの男を今この場に居させてはならないことを二人は互いに確認する。


「悪いね、飛翔せよ、その意識フリード・コンシャス


またしても詠唱のみ。何もない場所に何かが倒れ込むような音がする。


「はーい、いるよー。入ってきてー」


 まるで何事もなかったかのように二人は表情を緩ませて来客を迎え入れることにした。二人にとってはこんな素性もよく分からない男の相手をするよりもよっぽど彼が来てくれるほうが嬉しいからだ。

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ER:Birth of the time (イア・バースオブザタイム) NAO @913555000

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