30 飛んで地獄に入るただの虫

「よしよし……ふふふ、順調に入会希望者が来てるねえ……いいーね! いいーね!」


 ここは副校長室。校長室と対になるように専門棟に作られており、明言はされていないが一般魔法科は校長オースター・ネルソンの管轄、専門魔法科は副校長ラースヒルズ・ネクトの管轄となっている。


「ふむふむ……司と裕人には嫌でも入れとあれだけ言ったのに希望無しか……ま、いつか入ろうとするだろ……お! 名門クレイストン家の子がいるじゃないか!! こりゃ期待できそうだなあ!」


 一人ではしゃいでいるのはもちろん副校長ラースヒルズ。この部屋はもはや彼の家と言っても過言ではないほど彼の色に染められている。棚には決闘に関する戦術本や雑誌、中には絶版となった過去の物に至るまで彼のコレクションがびっちりと敷き詰められている。


 彼の事務机の前にはテレビが置いてあり、そこで毎日決闘の中継を見ている。さらには部屋の中にある大きなテーブルの正面にはスクリーンが設置されており、そこでは決闘の名場面集を何周にもわたって視聴している。異常なまでの決闘マニア、否、決闘中毒者である。


「おーい、入るぜ? ラースヒルズ」


「お、すまないね、昼休み中に。管理生の仕事もあるだろうに」


 一人の来客がやって来る。長身に管理生の専用ローブを着込み、緑のバンダナがトレードマークの生徒。五十棲利彦はラースヒルズに呼ばれてここにやってきた。


「なんか問題でも起きりゃ、とりあえずルーナに任せときゃいいんだよ。俺が行こうとしても多分アイツのが先に行くだろうしな」


「ルーナは真面目だからねえ。でもちょっと真面目すぎかな? もうちょっと弾ければもっと面白い戦いが出来るんだろうけどね」


「ああ、同感だ。つってもやっぱり保管剣使マハトハルトなだけあって他のやつとは一線を画す実力はあるけどな」


「……闘技会内だけでも剣使いの子はその力を使わせてあげたいんだけどね。でもみんな隠さないと生活に支障が出ちゃうもんね。僕や彼女みたいに剣使いの力を連合から認められていれば自由に使えるんだけどなあ」


保管剣使マハトハルト。それは魔法連合によって認められた「存続可能な剣使いの家系」としてその権利を得た一族のことである。大戦時代から存続するルーガの家系であるラースヒルズや、フローラの国王を代々支え続けてきた功績のあるエルヴィロード家などかそれに該当する。彼らは連合から直接、保管剣使の証明であるアルバン勲章を授かり、それを身につけることによって剣使いの力の使用を許可される。


「でもスパーダ君はいいだろうね。彼ほど剣使いとして認められるべき存在はいない。なんせ滅亡したリンドバーグ家の次男なんだから」


「そりゃな。それに知ってるだろうがあいつはゼロユージングだ。それこそ剣使いの力を使わねえとやってられんだろ。それにもしあいつの存在が明るみに出たら確実に闇の王が殺しにやってくる。そうならねえようにアンタがあいつを鍛えてやらねえといかねえだろう?」


 五十棲は腕を組んでダーツ台に背中をつけて話をする。ちなみにこのダーツ台もラースヒルズの私物である。戦闘時の投擲の練習にダーツはぴったりなのだとか。


「ああ、もちろん。ライちゃんと相談して教科の時間割りカリキュラムを組み直して、僕とマンツーマンで剣使いの授業を入れてもらおうかと思ってる」


事務机の前に束ねられた闘技会入会希望者のリストを見ながらラースヒルズは話す。


「へえ、アンタが付きっきりでスパーダの面倒をか。そんなの普通のやつが聞いたら恐れ多くて泡吹いて倒れるよ」


「まあ、暇だからねえ。副校長って言ってもやることないし?」


「アンタはこうやって部屋篭って、菓子食いながら決闘中継見てるだけだもんな」


 ふっと乾いた笑いほど小馬鹿にした笑いはない。だが言い返せないのもまた事実。


「ああ。その通りだ。校長はなかなか仕事を寄越さないからなあ。こんな生活をしていると中々インスピレーションが思い浮かばないんだよね。決闘の」


「アンタ、ほんとそればっかだな」


五十棲からため息が漏れる。この副校長は生徒のことを思ってはいるが、隠しきれない決闘への欲がある。強い生徒を育てて自分と戦わせようとする悪い癖があるのだ。


「そこで君の出番ってわけだ。君の決闘の極意を僕に教えてほしいのさ」


「えー? めんどくせえ。かえっていいかー?」


「まあ、そう言わないで。……僕のツテで可愛い子紹介してあげるからさ」


「……どんな子なんだ?」


吸い込まれるように五十棲はラースヒルズのもとへと向かう。ラースヒルズが決闘の話題に弱いように五十棲は女の子に弱いのだ。


「ホント君はすぐ女の子の話には食いつくなあ。言っとくけどウチの葵はあげないよ?」


「はいはい、葵ちゃんには手出ししねえよ。横に怖い兄弟が二人いるしな。あと女を好むのは俺のサガみたいなもんだ。本当は男ならどんなやつもそんなもんだと思うが」


「うーん……僕はあんまり興味ないけどなあ」


「……アンタにもそういう欲があるなら相手の嬢ちゃんたちが可哀想だ」


 冷たい目がラースヒルズを襲う。しかし無理もなかろう。こんな男に捕まったらベッドで共に寝るに至るまで決闘、決闘、決闘。口を開けばすぐ決闘だ。彼女たちは泣き寝入りを余儀なくされるに違いない。


「決闘の極意……ねえ……」


 顎に手を置き、質疑の解答を固めた五十棲は何かを思い出しているように答える。


「強いていうなら相手をことだろうな」


「……ほう? 『みる』か」


「『みる』って言ってもただ『見る』ことじゃねえ。相手は誰で、相手はどんな相手で、何を考えて戦っているか。戦いってのはただ敵を屠るための行為じゃなくて、敵であろうとも戦いを通して理解し合う行為なんだよ。敵も一つの命。命を背負って戦わなければならない。だから相手を構成する要因の一部であろうとも視ることを拒絶するってことは、戦いを放棄するということ。視ようとしない時点でそいつはもう負けてるのさ」


 不敵な笑みを五十棲は見せる。その顔は戦いの場数を踏んできた者の顔だった。しかしそれは正しい道を歩いてきた勇者のようなものではない。整備された道ではなく、それは人も寄り付かぬ獣道をくぐり抜けた者のような覚悟すら感じる顔。


「……まったく、君には頭が上がらないよ。その年にして一体どんな経験を積んできたんだか」


 微笑を溢しながらラースヒルズはカップを啜る。五十棲も同じように会話を楽しみ、微笑みを見せるが──すぐに顔を引き締める。それは何かに備えるように。


「……こんなのが日常茶飯事なのか? アンタ」


「……いいや、珍しいね。こんな決闘中毒者の巣に来るなんて物好きもいたもんだ」


 空気が固まる。そして暖める。それはを入れる火を炊くためだ。


 ──乱暴に開かれた扉。それはただの障害物で閉める必要はない。狙いは明白で、この部屋の主。握られているのは刃渡り二十センチほどのサバイバルナイフ。強襲で暗殺するためにリーチの長さは極限まで削り取る。


 流れるような体捌きは見事なものだ。部屋に入る前に下見がされていたのか、フードで顔を隠した黒服の襲撃者は迷いなくラースヒルズの椅子目掛けて入り込んでくる。ふと、その視線が横の青年へと向けられる。青年は呆然としていて、何が起きているのか分かっていないようだ。襲撃者はにまりと嘲笑い、彼が未熟な生徒の一人であると看破する。


 ターゲットも人形のように動かず椅子に座っているだけ。これならば容易く奴を殺し、この魔窟がっこうから逃げ出すだけだ。


「死ねっ、ラースヒルズ!!」


 完璧な必殺の型にはまり、確信を持ってにやける襲撃者。


 ラースヒルズは何をしている? フローラ最強とも名高い魔法能力者がなぜ一切の抵抗をとらない?


 なぜ、襲撃者は気づかなかった。


 ──ここには、その最強の魔法能力者を凌ぐ化け物がいるということを。


 すんでのところでナイフは止まる。握り止められたのではない。ナイフはあり得ない足捌きで


 驚く暇もなく組み伏せられる。顔を踏みつけられ、地面に顔を擦りながらその足の持ち主を見ると、それは何食わぬ顔で腕を組みボールを足で扱うように襲撃者の顔を踏みつけるバンダナの生徒だった。


「知り合い?」


「いいや、友達になりたいと思ってって来た子かもしれない。けど、なにも話を聞いてないね」


 ふーん、とつまらなそうな声を出した青年はニコニコとした太陽のような笑みを見せながら男の体を容赦なく蹴り上げる。


りにくるのはいいんだけどよ。ちゃんと話し合いしてから来てくれや。ほら、も用意すっからさ」


 反転する長身。捻りを加えられた強靭かつしなやかなその体から繰り出される蹴りは男の体を捉え、無慈悲かつ、心底丁寧に、まるで輪を回すように男を吹き飛ばした。


「ぐうっっ!?」


 そのまま壁に突き飛ばされ、激しくぶつかる襲撃者。一体何が起きたのか未だに彼は理解できていない。物のように扱われ、ただその甚振りの中でもらった脳震盪に眩むだけ。


「そこで話し合ってくれや。俺は外すぜ、ラースヒルズ。次は俺が酒の席を設けてやんよ。その時にじっくり話しかけてくれや」


「分かった。まあ話を聞いてくれそうな相手じゃないけどね」


 襲撃者は動けない。何故なら彼の体は。靡いた服の端を、彼が気づく暇さえ与えないほどのスピードで娯楽用のダーツによって突き刺されていたからである。アウトボードではあるがオーバーキル。飛んで地獄に入るただの虫。虫はこれから鬼のような責め苦を受けることになる。


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