第5話 脱出 

「寝てる」

 膝の上にゼノンの後頭部を乗せ、漆黒の髪に五本指を絡ませていた。

 ゼノンが突然倒れたのは過労のせいだろう。相当なことをしたのだろう。

 自分はこの男の子が何をしたのかはわからない。

「ティア様、僕がかなら・・・むにゃむにゃ」

 なんか可愛い・・・稚児を見てる感じで。

 ティア様か、夢にまでも出てくるんだからさぞかし大切な人なんだろう。

 自分にもそんな人はいたのだろうか。

 そもそも、自分はどこから来たのだろうか。

 何を目的としてここにいるのだろうか。 

 昔は何をしていたのだろうか。

 何をしたいのだろうか。

 ・・・だろうか

 もう、微弱になっていた炎は、より一層の弱まり、みるみると影は二人を侵食するよう広がっていく。

 自分は、薪をくべて光を戻そうとしない。

 そう、なんとなく嫌だった。

 それはとてつもない睡魔に襲われたかもしれないし、わからない。


 暗黒の中で意識が覚醒し、闇を照らすものはなく、ただ、少々の熱と焦げ臭さは鼻腔につくき、篝火がすでに消えていることに気づく。

 そして、あるものに気づく。

 柔らかく、それでいてスポンジのように、弾力のあるような感覚が後頭部と接している。そう、今までに感じたことのない夢心地。

 大きな欠伸を一息、何がそのように至らしめているのかを確認するため、体を起こし手を伸ばした。

「なんだ、これ?」

 次の瞬間、ゼロ距離から放たれたのは驚愕の叫びだった。それと同時に炎が闇から姿を現させた。

「どこ触ってんのぉ」

「太もも、ていうか、何してたんですか」

「な、な、何もしてないわよ」

「じゃあ、なぜ僕の下にミサキの太ももがあるんですか」

 この質問に対して、狼狽を隠せずにいられなかったミサキは、開き直って質問を質問で返してくる。

「ゼノン、あなたは乙女の寝込みを襲って、貞操を脅かしたんですよ。どう責任を取るんですか?」

「責任って、冤罪ですよねそれ」

「後で、二つゆうことを聞きなさい。それで許してあげる」

 濡れ衣を着せられ、あまつさえ罪状の執行までされたゼノンは渋々妥協し、あきれ顔で妥協した。


 途切れることなく音を反響し、時折音が重なって放たれる地を蹴る音。二つの影は音の発生源から追跡をするように伸びている。

「ねぇ、ねぇってばぁ、どこに向かっているの。教えてくれたっていいでしょ」

 ゼノンとミサキ御一行はこの実験場ラボラトリーからの脱出を試みていた。

 ゼノンが何も言わずに歩きだしてから、それに着いていくというかたちで横幅に一人分しかない通路を松明を右手に進んでいた。

「ごめんなさい。ちょっと考え事していました」

 そう考え事とはここは本当に何の実験施設なのかを。

「じゃあ、いい加減話してよ」

「これは憶測ですが、僕はミサキと会う前にマックールとその部下達にここへ拉致されてきました。そして、ここに落とされる時にマックールの部下のマールと呼ばれる女はい言ったんです。ここは実験場だと。先ほどの怪物を実験していたのでしょう。それにここは魔窟ダンジョンを利用して作られています。実験場なら、魔窟の中にあるトラップは解除してあると思うんです」

「どうしてだい。解除されていない可能性だってあるじゃないかい」

「おそらくトラップは初見殺しがほとんど聞きます。だから先ほどの怪物が死んでしまったら、元もこうもない。だからトラップはありません」

 ミサキは進めていた足をピタリと止め、納得した表情を見せたがすぐに、小首をかしげさせた。

 そして、再び投げかけた。

「なら、闇雲の今進んでいるわけではないんだね」

 ゼノンは首を縦に振る。

 そして、その根拠を述べる。

「はい、罠は何かを隠すために設置されているものです」

「それは、そうなんだけど。その罠も惑わせるための罠じゃないのかい」

「その可能性はありますが、この壁を見てください」

 ゼノンが篝火を右手の壁に寄せ、それを指さす。

 ミサキの視線がその壁を一見したのを確認してから続ける。

「これは何かが焦げたような、赤銅色というべきかなぁ」

「そう、これは十中八九爆発痕と言えます。それに、この色あせてない感じ最近のものです」

 ミサキは二度三度頷き納得した様子を見せた後、数メートル先の闇を指さした。

「あれもそうじゃない?」

 指定された方へ急いでかけていく。

(確かに、トラップ発動跡だ。しかし、数メートル先はただの闇。本当に見えるのか。能力に関係しているのか)

 今は彼女に対しての詮索をする時ではないと、首を横に振り、脱出という目的を無理やり思い出させる。

「ゼノン、前方7m先にもあると思う」

 言われたとおりに照らしてみると、今度は先ほどとは異なり、その周りは青色の粘土状のものがついていた。

「ねぇ、ゼノンこの青のねばねば何かわかる?」

 膝に手をつき、腰をかがめて凝視していたミサキは、その粘土状の物質に手を伸ばそうとしていた。

「やめた方がいいと思います。何があるかわかりませんから」

 渋々、ゼノンの忠告に耳を傾けたミサキは飽きたように前へ進みだした。

 後ろから追っていく、間にも徐々に青のねばねばが通路を覆うようにして付着していた。

 ようやく、差を埋めたゼノンは奇異な光景に対して言う。

「なんかこの先はやばいって、感じがする」

「ゼノンが言うならそうなのかも」

 

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新魔王の元従者 落ちこぼれ貴族 @singindesu

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