第6話生徒会長に頼む!

「せんちゃん、副会長の動きを止めてくれ」


 らせんの唐突な要求を、旋律はなんでもないように「分かった、いいよ」と頷いた。

 対して影野は「舐められたものだね」と鼻をならした。


「僕も攻撃しないとは限らないよ? それに分かっているかな? 今の僕には君の文字なんてクッキーのように砕けるんだ――」

「分かってないのは、あなたのほうですよ――副会長」


 旋律はらせんから少し離れて、正面突きを行なう体勢になった。


「らせんくんからお願いされたんだ。できるできないじゃない、やるんですよ」

「……対等な立場だと思っていたけどね。実際は違うんだ?」

「対等ですよ。それにらせんくんは無茶なことを言うけど、無理なことは言わないんです」


 大きく息を吸って――旋律は異能を発動した。


「行きますよ――『おたけび』!」


 高速で射出される文字の大群。影野はそれらを避け、あるいは砕きながら考える。

 文字を連続に出せるのは限度があるみたいだ。今まで四文字から五文字の単語しか発してない。

 それに同じ文字――『ああああ』などは言わない。つまり連続で出せないと考えていいだろう。

 だとすれば――先手必勝!


「うおおおおおおお! 全開だああああああ!」


 影野の異能はらせんが見破った通り『超回復』だ。常人の数百倍の早さと効果を自身の身体にもたらす。その真骨頂が、自分で人間に備わるリミッターを外すことだ。


 人間は自分が壊れないようにある程度制限をかけている。

 殴った拳が砕けないよう、蹴った足が折れないよう、加減をしているのだ。

 リミッターを外す訓練をすれば人間、とてつもない力を発揮できる。だけど代償は重く、二度と拳を作ること、両の足で歩くことが叶わなくなる。


 だからこその加減なのだが――影野日向はあっさりと限度を超える。

 人間の耐久の限度を超えて――限界を迎える。

 無論、リミッターを超える訓練を手伝ったのは日暮夕暮であることは言うまでもない。


 影野はリミッターを超えて、自分の身体を壊すことで、さらに限界を迎える。

 まるで自らの尾を食らう、ウロボロスの蛇の如く――


「――待っていましたよ」


 限界を迎えたゆえに、回り道もフェイントもしない、一直線の影野の攻撃を、旋律は待っていた。


「流石にこれは無理だ――『くっさく』そして『へりくつ』!」


 比較的捕らえやすいひらがなの『く』と『へ』が混在する単語を叫んだ旋律。

 くの字とへの字の凹みは影野の首と胴体、膝下と足首に巻き付いた。

 そして『つ』と『さ』と『り』はそれぞれ影野の手足などを砕くことに成功する。


「はっ! 無駄だよ! すぐにこんな拘束――」


 影野は油断していたわけではない。

 しかし傷を負わせた嵐山らせんから目を切ったのは過ちだったと言えよう。

 いくら旋律が手ごわい相手とは言え。

 風紀委員長にとどめを刺したのは、らせんである――


「――ゲームセット、だぜ」


 らせんは床に固定された影野の額に、左手の指を置いた。

 その瞬間、影野は――」


「うわあああああ!? 目が、目がああああ!?」

「あんたが回復するのは、筋肉とか骨とかだろう? でも運動神経は鍛えられないみたいだな。俺らみたいな素人が見ても、動きが素人過ぎる」


 影野の視界が目まぐるしく『回転』する。

 スクリュー型のジェットコースターに乗ったときよりも高速に回転していた。


「推測が当たって助かったぜ。あんたの『三半規管』は鍛えられないし、超回復もしねえ」


 影野はらせんの解説を聞く前に、泡を吹いて気絶してしまった。

 旋律が「終わったの?」と訊ねると、らせんは指を放して「ああ、終わった」と答えた。


「危なかったねえ。二対一じゃなかったら負けてたよ」

「俺もそう思う。てか、この人にタイマンで勝てる奴、学園にいねえだろ」


 ふうっと溜息をついたらせん。

 旋律が「右肩、嵌めようか?」と訊ねた。


「あー、そうだな。保健委員会はどうせ治療してくれなさそうだし――」

「――凄いねえ。ひなくんに勝てるなんて」


 らせんと旋律が振り返ると、いつの間にか日暮がいた。

 ぱちぱちと拍手しながららせんたちの間を通り抜けて、影野の身体を拘束している文字を取り外し始めた。

 全部の文字を取った日暮は影野を膝枕しながら「よく頑張りました」と彼の頭を撫でる。


「起きるまでこうしてあげる。あなたたち、今日のところは帰ってくれるかな? 生徒会入りの話は明日でもいいでしょ?」

「……あの、僕たちは」


 委員会連合に襲われるかもしれないと言おうとしたのを、らせんが「分かりました」と制して言う。

 日暮はにこりと微笑んで「ありがとう」と影野の頭を撫で続けた。


「ここの片づけはしておくから」

「はい。それでは失礼します」


 らせんは丁寧にお辞儀してその場を去った。

 やけに素直だなと旋律は思いつつ、らせんの後ろを追う。


「ねえ、らせんくん――」


 屋上の出口から出て三年生の廊下まで来てから、旋律が訊ねようとすると、らせんは尋常ではない汗をかきながら「危なかった……」と呟く。


「あの生徒会長、俺らと戦うつもりだったぜ」

「……戦意が分かったの?」

「ああ。ぷんぷん匂っていた……いや、ぷんぷん怒っていたって言えばいいのか」

「緊迫感のない怒り方だけど……」

「てめえの幼馴染が負けたからだと思う……もし戦っていたら危なかった。てか負ける」


 旋律はいまいちピンと来ていなかったが、今まで喧嘩をしてきたらせんには分かってしまった。


「理不尽にも程がある……」

「とりあえず、帰ろうか。肩を治してから」



◆◇◆◇



 そして翌日の放課後。

 生徒会室に来た二人を日暮生徒会長は「よく来たね!」と快く歓迎した。


「来なかったら再起不能にしようと思っていたよ」

「あの……昨日のこと、怒っていますか?」

「あはは。歌川くん。幼馴染がぼっこぼこにやられて怒らない女子がいると思う?」


 笑顔だったけど、目は笑っていなかった。

 らせんくんの言うとおりだったと旋律は声に出さずに呟いた。


「それで生徒会役員の就任だけど、今空いているのは会計、書記、庶務だね。好きなの選びなよ」

「うーん……らせんくん、どうする?」


 旋律が悩んでいるとらせんはにこやかに笑って「日暮生徒会長に頼みてえことがある」と言う。

 日暮は「まさか、生徒会長になりたいっていうわけじゃないよね?」と不敵に返す。


「ちげえよ。俺は生徒会役員にならなくていい。旋律だけ、就任させてくれ」

「えっ? ちょっと、らせんくん――」


 予想外な展開に焦る旋律。

 らせんは「はっきり言って、旋律を生徒会役員にさせるために、副会長と戦ったんだよ」と明かした。

 日暮は眉をひそめながら「その心は?」と問う。


「副会長の噂ぐらい、入学する前から知っている。旋律一人だけじゃ勝てないのは折り込み済みだ。それに俺は今までの日常で十分だ」

「まだよく分からないけど?」

「俺は『異能試験』で一位になって『全国異能大会』に出場したい」


 その言葉を聞いて「まだそんなことを言っているの?」と旋律は頭を抱えた。


「あのときの約束は――」

「俺は、約束を破るつもりはねえ。それと、頼みは旋律を生徒会に入れることだけじゃねえんだ」


 らせんは日暮に頭を下げた。

 つむじが見えるくらい、大きく深く下げた。

 日暮は興味深そうにその赤頭を見つめている。


「頼む。俺の異能を鍛えてくれ」

「…………」

「全国大会に出られるのは、生徒会役員から一名。委員会連合から一名。そして異能試験で一位を取った生徒の三人だ。正直、今年の枠を取るには、試験しかない」


 らせんはひたすら頭を下げ続けた。


「あんたは副会長をあれだけのレベルに育てた、名伯楽と聞いている。俺は自分の回転の異能を使いこなせていねえ。だから、どうすればいいのか、教えてくれ!」


 日暮はしばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。


「……君には無理だ。一年間、経験を積んでから出直してきなさい」

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クルクルクルル!! 橋本洋一 @hashimotoyoichi

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