第5話副会長と戦おう!
生徒会副会長、影野日向と風紀委員長を倒したコンビ、嵐山らせんと歌川旋律のバトル。
これは一見して魅力的なカードだが、二対一を考慮してもらせんたちのほうが不利だった。
何故なららせんと旋律の異能は、ある程度影野に知られているからだ。
回転の能力と文字の具現化。無論、奥の手を隠しているとはいえ、大部分は明かされているのも同然だ。
それに加えて、影野自身の強さも未知数だが決して油断ならない。今世紀最強の生徒会長の傍にいることは、並大抵の根性や努力では務まらない。日暮も彼の強さを認める発言をしていた。だから、数の優位を忘れてひたすら影野を倒すことだけを考えて行動しなければならない――
「……影野副会長。提案があります。ここは手狭ですから、屋上で戦いませんか?」
機先を制する――否、戦意を削ぐような提案をしたのは旋律だった。
ファイティングポーズのまま固まっている影野は「どうしてかな?」と理由を問う。
「高校一年生の僕でも、ここにある家具や調度品の値段が高いのが分かります。それらをいちいち気にして戦えません」
「へえ。案外、気を使えるんだね」
影野は構えを解いて「屋上で戦おうか」と二人に言う。
らせんはよく分からないまま「いいっすよ」と頷く。
旋律のほうも異存ないようだ。
「それじゃ、待っているから。作戦会議でもして、ゆっくり来なよ」
生徒会室から出ていく影野を見送ると、らせんは「屋上で待ち構えておこうぜ」と当然のように言う。
旋律は「天井に穴を空けてもいいですか?」と日暮に訊ねた。
「……あなたたち、悪いことをすぐに思いつくね。いいよ」
「せんちゃん。そんなことしなくても、窓から行こうぜ。空けることねえよ」
がらがらと窓を開けて、よじ登って上のほうにぶら下がる。
旋律は顔だけ窓から出して、上を向く。
「できるだけ、乗りやすい文字にしてくれよ」
「えっと……『のりしお』!」
旋律から発せられた文字の塊が、らせんを乗せて空高く上昇した。
素早く窓から顔を引っ込めた旋律は「僕は階段で行きます」と日暮に告げる。
「タイムラグがあったほうが集中力途切れますから」
「それは自由だけど。でもできる限り早めに行ってあげなよ」
「それは何故ですか?」
旋律の疑問に今世紀最強の生徒会長は笑って答えた。
「簡単だよ。ひなくんが一対一で負けたところ見たことないもん」
◆◇◆◇
影野が屋上のドアを開けて、数秒後。
出入口の建物の上にいた、らせんの奇襲を受けて、彼はくるくると回転しながらフェンスに激突した。
風紀委員長を一撃で倒した技である。三半規管がフィギュアスケート選手並みに鍛えられていないと耐えきれない。
しかし、影野はフェンスに寄りかかりながら、ゆっくりと立ち上がった。
タフさは学園一だなとらせんは思いつつ、手には野球ボールを持つ。
「……どうやって先回りしたのか分からない。奇襲を受けたことは僕の油断だと思って、甘んじて受け止めよう」
影野は首を鳴らし、身体をほぐしながら――らせんを睨む。
「だけど、物凄く――ムカついた!」
怒りを爆発させるように、直線的な動きでらせんに迫る影野。
らせんは身体を大きく捻った投げ方――風紀副委員長に行なったトルネード投法だ――で野球ボールを投げた。普通なら反応すらできない速度。それを影野は真正面に受け止めた。
「はあ!? 大丈夫かよ、影野副会長!?」
らせんが思わず心配したのは、野球ボールを受け止めた方法が異常だったからだ。
顔面に迫ったボールを両手と額で受け止める。
グローブがない以上、確実に安全に捕る方法などない。だから両手と額の三重で止めるしかなかった。
とはいえ、常人ならば両手が骨折し、額が割れて、脳が揺れてしまう。
危険すぎる捕り方――捕球方法だった。
まともに受けたら意識があるかさえ、分からない――
「敵の心配なんて、するんだね。血も涙もないと思っていたよ」
いまだに回転を続ける野球ボールを握りしめて。
武蔵会学園高等部の生徒会役員、副会長の影野日向は言う。
らせんは無事なのは影野の異能と関係あると悟った――
「お返しだよ」
影野は不格好なフォームで投げ返した。
らせんと比べ物にならない、素人同然の投法。
だけど、そのボールは一直線に――らせんに迫る。
は、速い! 避けられるか?
――駄目だ、当たる!
「うおおおおおお!?」
らせんは自身の異能が発揮できる範囲五メートルで回転の能力を発動した。
回転を無回転にする。もちろん、慣性の法則で球が止まらないが、少なくとも空気抵抗によって軌道をずらすことに成功した。
らせんの顔ぎりぎりに通り過ぎた野球ボールは、網のフェンスを突き破って、どこかへ飛んでしまった。
もし当たっていたら、顔面がめちゃくちゃになるだけではない。下手したら死んでいた。
「ゾッとするのは、まだ早いよ」
いつの間にか、眼前に迫っていた影野。
拳がらせんを襲う。
どう見ても素人の殴り方だ。
それなのに、風を切る音で当たれば砕ける程度ではないと分かる!
らせんの顔には当たらなかったが、避けきれずに右肩に直撃した!
「ぐあああああああ!」
らせんの絶叫。肩が外れた強烈な激痛でその場にうずくまってしまう。
影野は隙を逃さないように、右足を高々と上げて――かかと落としをする!
「らせんくん! 『あぶない』!」
具現化した文字がらせんと影野の間に入る。
鉄の硬度を持つ文字の塊を、影野はそのまま足で砕いた。
らせん諸共砕くつもりだったが、タックルの勢いで旋律がらせんを退避させていた。
「一体なんだ? あんなの反則じゃないか」
「俺が聞きてえよ……あいてて」
自分の文字が砕かれるのは何度もあったが、足でやられるのは初めてだった旋律。
らせんは「副会長の異能だが」と自身の見解を述べる。
「単純な肉体強化じゃねえな。いつの間にか怪我が治っている」
「自己回復能力も付いているの? どうやったら勝てるんだろ」
影野はゆっくりとらせんたちに近づく。
らせんは「せんちゃん、時間稼ぎして」と言う。
「副会長の異能を見破らないと勝てねえ」
「分かったよ……『こんにちは』!」
次々と文字の塊を発生させる旋律。
だが影野はそれらを砕き、避ける。
徐々に二人へ近づく――
らせんは影野の動きに疑問を抱いた。
砕くよりも避けるほうが多くなった
……いや、動きが速くなっている?
砕くよりも避けたほうの効率がいい?
……単純に避けられるから避けている?
「……なんとなく分かったけどよ。あの人無敵なんじゃねえか?」
らせんの言葉に旋律は攻撃を止めて「どういうこと?」と訊ねる。
影野も足を止めた。攻撃のチャンスだというのに、下級生が自身の能力に気づいたことが気になるらしい。
「ああ。つまり『超回復』が異能の正体なんだ――そうだろ? 副会長!」
影野は黙っている。
しかしそれは肯定に近かった。
「超回復って……筋トレした後に筋肉が増えることを言うんだよね?」
「ああ。筋繊維をずたずたにすることで、回復の際余計に筋繊維が太くなる。それが筋トレの原理だ」
「……そっか。つまり副会長はダメージを負えば負うほど、強くなるんだ」
最初はらせんの攻撃すら避けられなかった。
しかし今は旋律の音速の攻撃を避けている。
「でも無敵であって万能じゃねえ。超回復ゆえに筋肉量も回復しちまうんだ」
「本当に? 時間が経つと普通の状態になるの?」
「筋トレさぼると元に戻るのと一緒だ」
「……そういえば、会長との会話で『自分は特待生じゃない』って言っていたよね」
旋律は油断なく影野を見つめながら続けた。
「もし強い状態が続いたら『特別体育科』に所属してもおかしくないよね」
「それは気づかなかったけど、せんちゃんの言うとおりだと思うぜ――どうなんだ、副会長さんよ」
黙って聞いていた影野は――手を叩いた。
「凄いね。僅かな戦闘で見破るなんて。そんなことできるのは、ゆうちゃんぐらいしかいないと思っていた」
「意外とあっさり認めるんですね」
旋律は目をぱちくりした。
異能は隠し通すのが基本であり鉄則だからだ。
「うん。だって、分かったところで――君たちでは僕に勝てない」
「……それはどうかな?」
らせんは笑みを浮かべた。
まるで打開策が見つかったような笑顔だった。
「副会長。悪いけど、勝たせてもらいますよ」
「状況が分かっているのかな? 僕はもっと強くなる。もしかして、時間が経つのを期待しているのかな? 残念だけど弱くなるのには時間がかかるよ」
らせんは立ち上がって笑顔のまま言う。
「そんなに時間はいらねえ。すぐに片が付く」
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