飛び降りた少女は幽霊と行動を共にする。

「我は生前の記憶をほとんど持ち合わせていない。家族の名も友の名も抱いた女の名も生前抱いていた野望も記憶がない。だが、鮮明に覚えていることがいくつかある。我は22年の生涯の中で死ぬ時が最も孤独を感じたのだ。



 我が死んだのは太平洋戦争時。異国の密林で仲間と共に敵国の機銃掃射に遭い、刀を振るう右手を失うも、かろうじて我だけ生き延びた。だが、失った血の量があまりにも多く、我は仲間の亡骸と共に、迫りくる死を待つことしか出来なかった。



 そこでの死を待つだけの日々は恐ろしく孤独だった。日本の地で我の帰りを待っているはずの家族にも、戦争で離れ離れになった友にも看取ってもらえず、たった独りで衰弱しきる己の体を凝視するのが辛かった。挙句の果てに、同胞の亡骸に話しかけ、迫りくる孤独を紛らわしていた。孤独とは病と同義だ。万人に平等に降り注ぎ、平気で人を容易く殺めてしまう。



 だから、誓ったのだ。これ以上孤独で死ぬ輩を増やしてはならぬ。例え自殺を止められなくても、最期に看取るものがいなくても、我はそのような人に寄り添い続けると誓った。



 だが、今日まで誰も救えなかった。霊体故自殺を止められず、寄り添おうにも我の言葉は届かない。そればかりか、死して尚、現世の最期の誓いに縛られ、我はここに留まり続けた。そんな日々を我は何十年も独りで過ごした。恐れた孤独に包まれながらここに留まったのだ。


 そして、最近漸く理解したのだ。我は消えたくなかっただけだと。消滅すれば、永遠の孤独が待っているから、消えたくないだけなのだと。貴様と同じだ、死後の孤独から逃げ続けていただけなんだ。


 だが、誰も救えない現状は消滅と同じくらい孤独だった。月の暦が終える前に誰も救えなかったら、自我を捨て、現世を彷徨う選択肢も脳裏をよぎったった。だが、こうして貴様を救えた。同時に我も霊体として留まる活力が満ち始めている」




 そう語り終えた幽霊の輪郭ははっきりと形を帯び始めていた。より鮮明に体のパーツが浮かび上がり、生前の彼の姿となってゆく。まだ、体の大部分が半透明だが今そこで生きているような臨場感を覚えた。




「すごい。何で?」


「そなたが不思議な力を宿している他ないだろう」


「私に?」


「それ以外考えられない。我を識別できる霊感とやらが強い人間には多々会ってきたが、会話も接触も不可能だった。明らかに貴様は特別だ。そして、先ほど貴様は自分が無価値だと申したな。我はそうは思わない。貴様とこうして会話するだけでも、活力が満ちているようだ。もうじき数多の人間にも我を識別出来るようにもなるかもしれん。

 我は貴様が必要だ」


「……」



 面と向かって必要だと言われたのは生まれて初めてで、咄嗟に言葉が出てこなかった。しかも、その初めてが幽霊だというのも不思議でなんとも言えなかった。その「必要」という言葉が私の孤独な心に光をもたらしてくれるような気がした。




「どうだ? 貴様が望むのならば、今後行動を共にし、貴様の孤独を紛らわす手伝いをさせてもらえるか? そう過ごしている内に貴様の根源が分かるかもしれぬ」



 幽霊は立ち上がり私の方へ歩み寄った。そして、私の前に立ち、ある提案を持ちかけてきた。その提案は私にとっては朗報だった。話し相手が増えるのはいい。それだけで、一緒にいるだけで心の孤独が消えるのならば、軍服の幽霊が孤独から救われるのならば、いい。




「……うん。分かった。幽霊さん。一緒に行こう」


「聡明な決断感謝する。その代わりといっても失礼だが、我に名をつけてくれるか?」


「名前?」


「先ほども申したが、我は戦争で死んだ唯の一般兵。名乗る名もとうに失くした。今後はそなたと行動を共にする以上、新しい名が必要だろう」


「わかった……。生前に何か好きだったものとかある?」


「ふむ……我は戦時中、暇を持て余していた時は、よく月を眺めて、その微細な変化を書物に書き留めていたのだが……」


「うーんなるほど……」




 娯楽が許されなかった時代背景があるとはいえ、月を眺めるなんて古風な趣味を持っていると思った。私が今まで関わってきた人の中では、そのような人はいない。幽霊には悪いが、私は月を眺めても抽象的な感想しか思いつかない。



 だが、名を付けろと言われた以上、中学3年生の貧相な脳みそを絞り出して、名前をつけなければならない。私はスマホを開き、検索を始めた。そうしているうちに簡単かつよさそうな語源を発見した。




「ルナ。ルナなんてどう?」


「るな?」


「月をラテン語で読むとルナって言うの。女の子みたいな名前だけど、どうかな?」


「よかろう」



 男っぽくないと否定されると思っていたが、意外にもあっさり決まってしまった。その顔はそわそわしているような頬が僅かに緩んでいた。それを見て私も嬉しくなり、口角を挙げながら、ルナに向けて左手を差し出した。




「私はあかり。足立灯。灯って呼んで」


「承知した、灯。我はルナ。以後、我は灯の最も親しき友であり、灯を守る誇り高き剣として仕えることを誓おう」




 ルナはそう宣言し、私の手を握った。生気のない冷たい感覚が皮膚越しに伝わる。だが、そこに先ほどまではなかった暖かさが感じられた。

 こうして、ひとりぼっちとひとりぼっちが手を取り合ってふたりぼっちになりました。

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ふたりぼっちの死霊術師~こころとは何か。答えを探す現代ファンタジー~ 水野ぴえろ @WaterPierrot

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