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 うちの冷凍室は、冷蔵室の下にある。だから、背の低い僕でも中を覗き込むことができる。

 今、解放された冷凍室の前で、お姉ちゃんがぷるぷると肩を震わせていた。

 そこにアイスはない。あるのは冷凍食品と氷だけだ。


「誰か、あたしのボーゲンダッツ、勝手に食べたでしょ! ひどい!」


 冷凍室の扉を閉めたお姉ちゃんは、地団太を踏んで喚き散らした。

 それを宥めながら、お母さんが小首を傾げる。

「お昼ご飯を作ったとき、冷凍の唐揚げをそこから出したけど、アイスはちゃんと入ってたわよ。『あら、このアイス、お姉ちゃんのかしら?』って言いながら手に取ったの、誰か見てない?」

「ああ、確かにお母さんはそんなことを言ってたな。手に取ったアイスを冷凍室に戻すのも見た」

 応答したのはお父さんだ。

 そういえば、僕もお母さんの声を聞いてる。

 今日はパートがお休みだったお母さんがお昼ご飯の仕度をしたんだ。そのとき、家にいなかったお姉ちゃんを除いて、全員がリビングに集まってた。

 だからお母さんが『あら、このアイス、お姉ちゃんのかしら?』って呟いたあと、問題のものを冷凍室にしまったところをみんな目撃してるはず……。


「私はダイエット中だから、甘いものを控えてるのよ。誰が食べちゃったのかしら」

 お母さんは話しながらじーっとお父さんを見た。お父さんは慌てて首を横に振る。

「お、お父さんじゃないぞ! お父さん、アイスはサーティー・サーティーって決めてるんだ!」

 前にお姉ちゃんから聞いたことがある。サーティー・サーティーというのは、ボーゲンダッツと同じく、ちょっと高価なアイスの一つだ。

「じゃあ、誰が食べたの⁈ あたしのアイス!」

 お姉ちゃんが、また足をジタバタさせて悔しがった。

 すると、お父さんが丸い顎に指を当てて言う。

「今日、三時半ごろにジョギングから戻ってきて、麦茶をガブ飲みしたんだ。冷凍庫にあった氷を何個か出してグラスに入れたんだけど、そのときはもう、アイスはなかった気がする。……なぁサトル、お前も見ただろ?」

 少しかがんで僕の頭をひと撫でしたお父さんを見て、お母さんが一言。

「あなた……そんなことサトルに聞いても無駄よ。この子が見てるわけないでしょ」


 いやいや、お母さん、子供扱いしないでほしいな。僕はちゃんと見てたよ。今思い出した。

 確か、僕がお父さんを引っ張って外に出たのが三時。そのまま一緒に走って、戻ってきたのは三時半。

 家についてすぐ、お父さんは僕に冷たい水をくれた。自分のコップには氷と麦茶を入れてたんだけど、そのとき、冷凍室の中がチラッと見えたんだよね。

 僕の記憶の片隅に残っているのは今と同じ……冷凍食品と氷しか入っていない状態だ。お昼には入っていたはずのアイスが、影も形もなくなっていた。

 つまり――

「お昼から三時半までの間に、誰かがあたしのアイスを食べたってことね!」

 お姉ちゃんはぐっと腕組みをして、僕たちを順に眺めた。

 しばらくして、拳を握り締める。

「こうなったら『犯人』を見つけ出して、弁償してもらうから!」


「えぇ、犯人だって?!」

「そんな。大袈裟だわ……」

 お姉ちゃんの言葉に、お父さんとお母さんは揃って目を丸くした。

 僕もパチパチとまばたきをする。

「大袈裟なんかじゃないよ。だって、アイス、すごく楽しみにしてたんだもん。絶対に買って返してもらう! まずは時系列の整理をしよう。えーと、お昼にアイスが冷凍室にあったのは間違いなさそうだね」

 お姉ちゃんは電話機の傍からメモとペンを取ってきて、「昼ごろ、アイス無事、確認」と呟きながら手を動かす。

 ペンを手にしたまま、僕たちを睨んだ。

「お昼ご飯のあと、みんなはそれぞれ何してたの?」

 ああ、これ、いわゆる『アリバイの確認』ってやつだ。僕は時々お母さんと一緒にリビングで刑事もののドラマを見ているから、知ってるよ!

 お父さんとお母さんは一瞬怯んだけど、まさにテレビの中の刑事さながらの雰囲気を放つお姉ちゃんに押されたのか、徐々に真剣な顔つきになった。

 先に口を開いたのはお母さんだ。

「お昼ご飯を食べてから、しばらくみんな、リビングで寛いでいたわよ。もちろん、サトルも一緒。そのときは誰も冷蔵庫に近寄らなかったわ。だからまだ、アイスは残っていたはずよ」

 続けて、お父さんも説明する。

「三時になったところで、お父さんはサトルと外に走りに行ったんだ。そのとき、確かお母さんも一緒に席を立ったよな」

「そうそう。私、隣のお宅に回覧板を回しに行ったのよ。そうしたらお隣の奥さんと三十分くらい玄関先で話し込んじゃって……。うちに戻ってきたのは、あなたやサトルとほぼ同じ時間だったんじゃないかしら」

「ああ、確かそうだった。それで三時半にお父さんが冷蔵室を開けたとき、アイスがなくなってたんだ」

 二人の話を聞いていたお姉ちゃんは、メモにペンを走らせながら何度か頷いた。

「うんうん。だいたい分かってきたね。いったん、まとめてみよっか」


 犯人を捜すと宣言してからおよそ五分後。探偵役のお姉ちゃん自らの手で、メモが提示された。

 何が書いてあるのか僕にはよく分からなかったけど、お姉ちゃん自身が内容をまとめてくれた。

「あたしのアイスは、お昼にはまだあった。そして、三時まではみんなリビングにいた。その間はみんながお互いを監視していたような状態で、冷蔵庫に近寄った人はいない。つまり、『犯行』は三時から三時半までの間に起こったのね……」

「そういうことになるな」

 お父さんが相槌を打つ。

「三時以降、お母さんは回覧板を回しにお隣りへ。お父さんとサトルはジョギングに行った。あたしはまだ家に戻ってなかった。……ふーん、こうしてメモにまとめてみると、分かりやすいね。犯人はもう、一目瞭然じゃない。だって、我が家は――なんだから!」

 お姉ちゃんはそこまで言うと、ぴっと人差し指を立てた。


「三時から三時半までの間、!」


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