第2話 王子ゲラルト
「ゲラルト王子、お言葉ですが気持ち悪いです」
「ハハハ! そんなに照れなくてもいいじゃないかレヴィ!」
もちろん照れてるからそんなことを言ったわけじゃない。好意の裏返しと言っても限度があるだろうに……
だが、ゲラルトはそんなことを一切考慮しない。奴の中で女性とは自分に好意を抱いて当然だと心の奥底から思っているからだ。根底から考え方と言うものが違う。
「それに良いのかいレヴィ。次期国王の僕にそんな口を聞いて」
「そんな口を聞いて……それは私の台詞ですよ。まだ貴方はただの王子であり、私は大聖女。分を弁えていないのは貴方の方ですよ」
私は仕方なく、本当に仕方なくゲラルトの方へ向き直り眉根を寄せて言う。表情からも言葉からも態度からも、全身全霊を持って拒絶の意志を示す。
「そんなのは時間の問題だよ! 僕が王になるのは確実! 約束されたことなのだから!」
大仰に両手を振り上げてゲラルトは言う。自己肯定感の塊、いや化身ではないかと思う。
だが、それがただの大言壮語でないことは私でもわかっている。
王子にはまだ国を動かす政(まつりごと)への関与は認められていない。だが一部の者にしか知らないことではあるが、ゲラルトはその才をもって国王へ助言を行っている。
助言の多くは、画期的であったりするわけではない。ルールの裏を突いた屁理屈を通しているだけに過ぎない。
ルールの裏を突く。小賢しく、小汚く、小ズルいまでだが、そんな機転が政治を動かす。なるほど、一理ある。
だが現王がゲラルトの案を裁定しているからこそ、大きな問題は起きてなどはいないが、彼が王になった時どうなるかわからない。
「随分と自信をお持ちですが、継承戦争は始まってもいませんよ?」
「そんなもの、僕の才をもってすればやらなくてもわかるさ! 確約された未来、ただそれだけのこと。だが、僕にはまだ手に入れていないものが一つある」
右手を天高く掲げ、人差し指を伸ばして空を仰ぐゲラルト。恐らく私の相槌のでも待っているか、すぐさま言葉が出てこない。
ゲラルト様が手に入れていないものとは何なのでしょう。とかゲラルト様が手に入れられないものなどありはしませんとか言って欲しいそうだ。
無論、私が奴のご機嫌取りをする必要はまるでないし、あったとしても絶対にしたくない。
例え生死を彷徨うようなひどい折檻を受けてもやりはしない。
顏を空に向けたまま彼はチラリと目線だけこちらに向けて私の様子を伺う。何の反応もないことを確認してゲラルトは視線を戻す。
「そ、そう。それは君さレヴィ。僕の知力と君の強さを合わせれば、我がポリディア王国は世界統一さえなしえる強国となろう!」
これだから野心を持った馬鹿は困る。
ポリディア王国は世界有数の国力を持った大国であることは間違いない。
特殊な軍事力として聖女機関を有しているこの国の戦争能力は他の国と一線を画していると言ってもいい。
世界征服の一つくらい夢見てもしょうがないとも言えよう。
「王子それは無理な話です」
「無理などでは――」
「無理です」
私の強い否定に、小うるさい口がようやく閉じられた。そう彼には無理だ。その理由は至極簡単なこと。
「私は貴方と継承戦に出ません」
継承戦は王子と聖女の共同戦線。勝ち残った王子が王の座に、聖女が王妃の座に就く。故に、断られたゲラルトは私と共に継承戦にでることはなく、私が敵である限りまず勝ち目はない。
まぁ万が一にも、私を負かすようなことがあっても王妃には別の聖女が就くのだから、私の勧誘に失敗した時点で無理な願いと言うもの。
それを聞いたゲラルトは大きく口を開けて、大間抜けそのものの表情を浮かべている。私から言わせれば当然のことを伝えたまでなのだが……どうやら彼には私からの嫌悪や嫌味と言った負の感情が全く伝わっていないらしい。
そもそも女からそんなものをぶつけられたことがないのだろう。
と言う私もゲラルトに対してはっきりと言葉にして拒絶を示すのは初めてのことだ。これまで何度も誘いはあったがその度にてきとうな理由をつけて避けてきた。他の女共がゲラルトのことをどう思っていようが、私個人としては全く関わり合いになりたくない。
かと言って流石に相手は王子、一発ぶん殴ってわからせることもできない。
が、それが悪かった。「自分に甘い言葉を囁かれて堕ちない女などいない」そんなゲラルトの前に全く相手にしない相手が現れた。ワガママな人間ほど、自分の思い通りにならない物が欲しくてたまらなくなる。そもそも自分になびかない女がいる事実を受け止めることができるのだろうか?
「べ、べつに恥ずかしがる事もない。た、確かに君がこの僕と釣り合うかどうかを深く考えてしまうことは仕方ないことだ。それに……継承戦へ共に出て欲しいと言うのは言わばプロポーズ‼︎ 突然のことに気が動転して自分でも訳のわからないことを言ってしまうのも仕方がない。この僕‼︎ からの誘いだからね」
どうやらゲラルトは動転すると口数が増えるタイプらしい。
それに未だ私の謙遜だとか、遠慮だとか、自分の都合のいいように考えているらしい。いや、頭のどこかでは気がついているが認めたくないだけだろうか。
ゲラルト王子はどうしようもない愚か者ではあるが、馬鹿ではない――とは思っているのだが。
ここで何一つ言葉を濁さず真実をありのままに伝えてやるのが優しさであろう。
「この際はっきりと言わせていただきますが、私はゲラルト王子のことをこれっぽちも想っていません。むしろ嫌悪しかありません。恥ずかしいわけでも、遠慮しているわけでもありません。貴方のことが心底嫌いなだけです」
「な、なに、な、に……」
陸に打ち上げられた魚のように、口をパクパクとさせてはいるが次の言葉が全く出てこない。自慢話と擦り寄ってくる女への言葉は息を吐くようにでてくる癖に、暴言への対処はやったことがないらしい。
「それではこれで失礼いたします」
もう少し愛しのエーミールきゅんを堪能したかったところだが、これ以上ゲラルト王子の相手をするのも我慢の限界だ。
まったく、大好物の甘味の上を黒い害虫が這い回っていたような気分である。
後ろで何やら聞こえてくるが、今は本当に心底どうでもよかった。
嫉妬の大聖女 推しの王子が国王になれるよう奮闘します。 秋水 終那 @Akimizu_mikado
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